携帯電話が振動し、嫌というほど耳になれたゴジラのテーマが鳴り響く。 私はゴジラが雄たけびを上げる前に、素早くボタンを二度押した。受信したばかりのメールがぱっと画面に開かれる。 《どうしよう…やっぱりドキドキして眠れないよ(>_<) 》 短い言葉とかわいい顔文字。そして送信元の登録名は。 「だからさっさと布団に入れよ『馬面乙女純情派』!!」 私は思わず折りたたみ式の携帯に向かって叫んでしまう。その内容をあくまでソフトに打ち込んで送信しようとしたその時、またしてもゴジラが街に歩み寄る音楽が流れて書きかけの画面はかき消える。 「あーもう返事書きかけだってのにー!!」 怒りのままに確認した新たなメールの送信元は『エセお笑いプロデューサー』。 《明日は中野をギャフン☆キャフンと言わせてやるよ》 「だから言わないってあんたの作戦じゃ! 寒いから寒いから寒いから!!」 と叫びながら今度はその言葉をそのまま送ることにする。もうこの自信家すぎるエセ芸人にはそのぐらいで丁度いいのだ。先にこちらに返信しようと同じ操作を行うと、またまたゴジラが大都市にやってきてしまう。 送信元はひねりはなくそのまんまで『中野遥』。 《最近のふかわりょうは番組に飲み込まれて生活どころかスタイルまで改変を余儀なくされて哀れなことこの上ないところが魅力的でもあったのだけどもいい加減にそろそろ本来の彼を取り戻して欲し》 全部は読まずに捨ててしまうことにする。 私は携帯を持ったままぐったりとうな垂れて、疲れきった指先と目を休ませた。 その夜の私の携帯のせわしなさといったらなかった。 何しろ個性と主張の違う三人を同時に相手にしなければならないのだ。 明日の告白がどうしても不安で仕方がなくて、何度も泣き言を送ってくる竹内祐樹。 明日の企みをばかばかしい文章で補足説明する嵯峨野たかし。 そして明日に向けてひどく無意味な愚痴メールを送り続けるなかちゃんだ。 「だー! もう次から次へと送ってくんなよ!!」 もちろんこの場合携帯以上に私の方が何倍も忙しい。この人たちはどうしてこんなにメールがマメなのだろう。そしてなぜこんなにも返信が早いのか。パケット代は大丈夫なのか。ささやかなメールの文章でもとろとろとやけに時間のかかる私にすれば信じられないほどの速さだ。 特になかちゃん。お笑い芸人の光と闇について論文調の長文メールを送ってくるけどあなたの指は何事なのか。そうこうしているうちにまたもや竹内の泣き言メール、嵯峨野の調子に乗りすぎた自信メール、なかちゃんの論文メールが矢継ぎ早にやってくる。ゴジラも街にやってくる。 「ていうかせめて着メロ変える時間ちょうだーい!!」 一時の遊び心で設定なんかしちゃったせいで、さっきからゴジラのテーマが鳴りっぱなし。超速でメールを開いてなんとかゴジラの雄たけびまでには止めているが、それでも毎回チャララッ チャララッ チャララララララララッ と煩わしくて仕方がない。 もう私このままじゃゴジラノイローゼになりそうです。 苛立ちを通り越して涙目になりつつも、私はとにかく三人相手にメールを送って送りまくった。 そもそもどうしてこんなことになっているのかというと、何もかも明日行われる放送部の行事『未成年の主張featuring樫田学園〜さわやかな明日に向かって〜』と、そのトリである竹内祐樹の愛の告白のせいに違いなかった。 私は嵯峨野から入手した明日の行事進行表を読み返す。放送部の予定しているプログラムが並ぶ紙だ。 それによると、まず一般生徒が校舎の上から校庭に並ぶ教師や生徒たちに向かって心のうちを絶叫する。名前の通り「未成年の主張」そのものだ。去年もやったしおととしもやったので恒例の行事なのかもしれないが、今更感は否めない。だがまあそれは置いておこう。 問題はその次。『放送部員による叫び・ネタ披露』という箇所だ。 どうやら一般生徒の叫びが全て終わった後で、放送部のお笑い組がネタを披露するらしい。この紙には各部員たちのコンビ名しか書かれていないので、普通ならそのネタの内容までは解らないはずなのだが。 ヤスandカモ ダンディー植野 名前を見ただけで何のネタか解るのはある意味ですごいことではないだろうか。 ていうかパクリじゃねえか。 《ねえこれもしかしてアレなの? マジでやる気??》 私はこの表を見たとき、速攻でこんなメールを嵯峨野に送信したのだが。 彼から素早く返ってきたのはこんな短い文面だった。 《 (σ・∀・)σ ゲッツ!! 》 やる気だ。 《だめだよこんな安易なパクリばっかりしてたらなかちゃんまた怒っちゃうよ》 と私は返信したのだが、嵯峨野たかしは気にも止めずこんなメールを返してくる。 《なんでだろう〜なんでだろう〜ずっちんが怒ってるのなんでだろう〜♪》 うわあコイツむかつくなあ。 とてもとてもむかつくなあ。 むしろこのまま無視してえ。 と思ってはみたものの、パクリ疑惑以上につっこまずにはいられない箇所があったのでもうしばらく我慢した。その間にも竹内は《どうしようどうしよう、すっごくドキドキしちゃう…(;>_<;)》とか女々しすぎるメールを次々送ってくるし、なかちゃんは最近の松本人志について延々と語り続けるしで大変なのだが、それでもそこにつっこまずにはいられなかった。 放送部員によるネタ披露のラスト、トリの位置にあるこの一言。 竹内祐樹によるふんどし先生(オチ) オチってなんだ。 ていうか今更ふんどしかよ。 《あのさあ。もう原田泰造も服着ちゃったことだしさあ……》 と控えめなコメントを送ってみても、返ってくるのは自信に溢れた嵯峨野文。 《いやいや。今だからこそあえてふんどしなんだよ。告白にはぴったしカンカン》 ペスだってとっくの昔に母親になったのに、この男の思考回路はどうしていちいち古いのか。なんだぴったしカンカンって。お前の世代じゃないはずだろう。 と思っているとまたもやゴジラがやってきて、素に戻った中野メールがご到着。 《今テレビにやっさんが出てたよ!!(^▽^)V》 ああこの人も旧世代の住民なんだなあ。 自分でテープ編集してやすきよ漫才名作選とか作ってるしなあ。 それを私に延々と見せるしなあ。思い出すと悲しくて泣けてくる。 なかちゃんのメールは無視してともかく今は嵯峨野に尋ねる。 《でも本当にふんどし一丁でやらせるの?竹内にできるの?》 《そこがミソなんだよ。恥ずかしさをおしてふんどし一丁になり、女々しさをうちはらう! 漢らしいところを見せて相手を魅了させてしまえって作戦ですよ》 《でもネタ古いよ》 と送信しつつ、なかちゃんには逆効果なんじゃ……と心中で呟いてハッとした。 すぐにゴジラがやってくる。開いてみると嵯峨野たかしのこの一言。 《それもまた一興。あいつにはお似合いさ》 もしかして。 いや、もしかしなくても、こいつ。 《まさかそうやって竹内がふられるように仕組んだんじゃ》 そうか、そうだ! そういえば嵯峨野は竹内となかちゃんが上手くいくのを快く思っていないのだった。むしろ二人の仲を裂くために行動してるんだったじゃないか! メール交換の忙しさとネタについてでうっかり忘れるところだった! 《さあーて。それはどうかねえ?》 返ってきた嵯峨野のメールで疑惑はぴたりと確信に変わる。こいつ、わざとつまらないネタを竹内に仕込んだんだ。しかも竹内の女々しい乙女心には随分と勇気のいる難題を。 《明日のネタ変更しなよ!だめだよふんどし先生なんか!!》 私はすぐに竹内にメールを送った。《でも部長が…》という弱々しい返事に喝を入れるように励ましの言葉を連ねた。部長を信用するな。頼りにしちゃダメだよ。恥ずかしいしまだ寒いでしょふんどし一丁なんて。なかちゃんはそんなパクリネタより素の竹内君の方がタイプだよ。 だが竹内はあまりにも弱気な返事をかえすばかり。 《でも……ボクなんてゼンゼンつまらない男で、ネタもさえなくて》 《ネタとかじゃないよ、竹内君はそのままで十分に面白いんだから! もっと自信持ちなよ!》 《そんな、ボクなんてスゴク平凡で(・.・;)》 《非凡だよ非凡非凡。私こんなに面白い人初めて見たもん。だからそのまま勝負しなよ!》 《でも…ちゃんとやらないと、部長が》 「いいからさっさと諦めろよこの乙女系!」 とメールの文面とは百八十度違う素の声をあげながら、時計を見ると時刻は既に夜の二時。 またもやゴジラが鳴り響く。 受信。 ゴジラ。 受信。 ゴジラ。 「もう嫌――!!」 私はとうとうメールたちを放棄して、携帯電話の電源をブチ切った。 もういい。もう三人がどうなろうがどうでもいい。 私はひどくやさぐれた気分で携帯をクローゼットの奥に隠し、さっさと布団に潜り込んだ。 その夜見た夢は、最初から最後まで竹内と嵯峨野となかちゃんとテツandトモとダンディー坂野とダウンタウンとやすきよとふかわりょうが総出演で、まったくもって眠った気がしなかった。 |