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「竹内君さあ……ちょっと、わざとボケてみない?」 「え? ボケ?」 「あ、いやいや違う。違うわごめん。わざとボケたのがいけないんだった」 ボケ殺しの中野遥ことなかちゃんが、初めての告白に間違った意味で破れた後。私と竹内祐樹はなかちゃんについて話をした。 なかちゃんが好きなのはあくまで天然ボケだということ、だから故意にボケるのは彼女を侮辱するということ。それを知った竹内はみるみると青ざめる。 「そんな、僕はそんなつもりじゃ……」 「まあまあ、ほら、知らなかったんだから」 しょうがないよ。などと宥めようとした途端、竹内はかがみこむようにして、かばんの中から妙な板を取り出した。折りたたまれた薄く四角い木のかたまり。竹内は青ざめながらも手馴れた様子でそれを開いて組み立てた。どこか湿った土の上に、持ち運び式らしいそれが姿をあらわす。 神棚。 「レバノンレバノンレバノンレバノンレバノンレバノンレバノンレバノン……」 祈るな祈るな祈るな祈るな!! 「た、竹内くん?」 竹内はその前にひざまずいて両手をひたすらこすり合わせる。白木でできた囲いの内部は極彩色。奥の奥に毒々しい謎の像がまつられている。やけに小さな金色の守り神。 「ハア〜シャンシャン! シャンバラーミーアティー、ヤ!」 「竹内竹内竹内竹内! いや祈るなよオイ!!」 小さな肩を強く掴むとそこでようやく祈りは止まった。竹内はハッとして、どこか呆然とした顔で私を見上げる。 「さばら?」 「いや違うから」 そこまで言うと、ようやく我に返ったようだ。急に顔を真っ赤にそめて、恥ずかしそうに棚を隠す。大きなかばんにそのまま入れたものだから、屋根の部分が丸見えだけど。本当にお前のかばんは何事だ。 「す、すみませんっっ。僕、ちょっと逆境に弱くて……」 弱すぎだ。 「いやもう宗教は勘弁してよ。まずいから。なんかしゃれになってないから」 本気で身を引きつつ言うと、竹内は不思議そうに小首をかしげる。 「え? これ、別に宗教とかじゃありませんよ? うちは全員浄土真宗です」 「いや、んじゃあ何なのそれ」 乙女じみた竹内は、照れくさそうに、どこか爽やかに頭を掻いた。 「僕の心の中に住むお笑いの神様です。ちょっとした願掛けみたいなものだから、宗教じゃないです」 人はそれを宗教と言うのではないだろうか。 いやまあ、うん、個人信仰なら……。うちも浄土真宗だし、とよく解らない理由で自分を抑えていると、竹内は何事もなかったかのように尋ねた。 「じゃあ……中野さんは僕が天然じゃなくて、わざとボケたから怒ったんですね。ネタがつまらなかったからじゃなくて」 「そうそう。ネタ自体は面白かったよ。爆笑しそうになったもん」 特に小鳥の歌のところとか。バホホとかタババとか。 竹内はそんな本心からの誉め言葉に、ぱっと顔を輝かせた。 「でしょう!? 僕も教えてもらった時からずっとわくわくしてたんです! 早くこれ中野さんに見せたいなって。面白いですよねあれ!」 興奮して話す言葉がひっかかった。違和感を感じる。……『教えてもらった』? 「ちょっと待って。あのネタ、あんたが考えたんじゃないの?」 「ち、違いますよー! 僕にあんな面白いこと考えられ」 は。と思わず口を押さえる竹内祐樹。どことなく芝居のような、それでも素直な乙女の仕草。 「い、いやあの。ええと」 ごまかそうとしているようだがもう遅い。教えてもらった? さっき演じていたネタを? 「誰があんたに入れ知恵したの?」 「いっ、言えませんっ。秘密にしろって言われたから……っ」 「んじゃ言わなくていいよ。確認ね。あんたは誰かから“中野遥をオトすために演じるネタ”をもらった。そうなのね?」 竹内はおずおずと頷いた。私は思わず眉をしかめる。何それ。一体どういう状態なの? 竹内はその“誰か”をかばうように言う。 「でも、本当に面白かったでしょ!? 僕にはあんなの思いつかないから、だから助けてくれたんです! だって考え付かないよ、茶そばをポン酢で食べるなんて!」 「まあ、それはそうだけどねえ」 「そうですよ! ふつう焼肉のたれで食べますもんね!?」 待て。 「……やきにくのたれ?」 「へ? はい。食べますよね甘口で。僕んちはいつも『肉ったれ』です。近所のスーパーでしか売ってないんですよ」 いやそうじゃなくて。問題はそのスーパーのネーミングセンスでもなくて。 「茶そばを? ……焼肉のたれにつけて?」 「はい。『肉ったれ』の甘口で」 私の中で何かがコトリと音を立てた。パーツがぴたりとはまる音。 「ブリの刺身が一緒に入ってたのは」 「ああ、すみません本当はあれもボケにしたかったんですけど、やっぱり、お昼ご飯ぜんぶボケ通すのは辛かったから……」 「じゃあ普段からあんなおべんと食べてるの!?」 感情のまま思わず大きく叫んでしまうと、竹内は驚いた様子で言った。 「何言ってるんですか。ごく普通のお昼でしょ?」 私は胸に込み上げてくるものをこらえながら更に聞く。 「そば湯は」 「ああ、あれももちろん欠かせませんよね。日課ですから」 「パパイヤは」 「え、あの時も見てたんですか!? うわあ、僕食堂だけかと思ってたから、思いっきりのんきに過ごしちゃった! すみません素の行動で!」 「小鳥の歌は」 「えっ、ああ!? 歌ってました!? ああっ恥ずかしい、お天気がいいとついつい歌っちゃうんですよ。キャー、どうしよう恥ずかしい!」 真っ赤な頬を乙女のように押さえる竹内。私は最後の質問をした。 「じゃあ、あの神棚は」 「あ、あれはただの習慣ですよー。すみませんホントつまんない奴で」 竹内はもじもじと手をいじりながら、乙女の上目遣いで言った。 「……こんな普通すぎる男、ちっとも面白くないですよね」 どうしよう、なかちゃん。 私たち、本当にすごい人材を見つけちゃったみたいだよ……。 あ然とする私の耳に、いつも通りの予鈴が届いた。 その後は慌てて少し情報交換なんかして、チャイムに急かされ教室にかけこんだ。 そしてなかちゃんが教室でちょっとやばくなっちゃってたり、嵯峨野が妙な動きをしてたり、私が手紙をなかちゃんに届けたりして今に至るというわけだ。 |
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授業が終わって少しすると、なかちゃんからの返事が来た。 私の手紙の裏面に、カクカクと尖った字で短い詩が記されている。 ふかわノ堕チルトコロガ見タイ 企画ニモ負ケ 視聴者ニモ負ケ 逆ギレシテハ堕チテイク ソンナふかわりょうガ見タイ 母ニ「りょうちゃん」ト呼バレ 番組内デ差シ入レヲサレ ソンナネタニ頼ラナケレバ ヤッテイケナイ自分ヲウラム ソンナふかわヲモット見タイ デモ出川ハ別ニ要ラナイ そうとうキている。 私は裏面となった自分の手紙を読み返した。 『サガノはウソばっかりついてるよ! 竹内くんは本当に天然なのに、そうじゃないように仕組んでるの!! だから、サガノの言うことは絶対に信じないように!!』 やはり、説明が足りなかっただろうか。要するにこういうことだ。 竹内は天然。なかちゃんは天然が好き。そのままだと二人はうまく付き合い始めてしまうだろう。だが嵯峨野はそれが許せない。純粋な恋心からくるものなのか、それとも妬みがそうさせるのか。解りはしないがとにかく邪魔をしたいらしい。 だから嵯峨野は竹内が天然ではないように装わせている。きっと「中野はボケる奴が好きだから、思いっきりボケてこい」などと言ったのだろう。竹内が言っていた“ネタ提供者”の謎もこれで解けた。 二人は放送部で繋がりがある。竹内は自らなかちゃんの取材に立候補したわけだから、嵯峨野が彼の恋心を見抜いてもおかしくない。 竹内は馬の被り物について少し教えてくれた。あれは尊敬する人がアドバイスしてくれたネタだから、被っていると安心する。告白には使わなかったが、あれを被っているとなんだか別の自分になれるようで嬉しいのだ、と。ああ見えてもどことなくカリスマ性がなくもない嵯峨野部長に、竹内が憧れるというのはとても自然なことに思えた。 とすると、あの馬のお面やポン酢なんかは嵯峨野のネタということになる。 (……結構面白いじゃん) 嵯峨野部長、ダメ芸人と罵られている割には、小ネタは意外に輝いているような気がする。それでもそのボケが故意のものである限り、なかちゃんの心は動かないと言うことか。憐れだなあ嵯峨野。ちょっと同情してもいいかも。 ぼんやりと思っていると、背後から声をかけられた。 「ずっちん」 誰がだ。 振り向くと、当の嵯峨野が後ろの机に腰掛けていた。ほんとに好きだね上にのぼるの。 「……ずっちんって。なに、嵯峨野くん」 私は“できるだけ深く関わりたくありません”という顔で奴に訊く。嵯峨野は見上げる私の顔の前で、パン、といきなり両手をあわせた。 「中野のメルアド教えて」 「やだ」 友の私が情報漏洩してどうすんの。 「いいから教えて。つか教えろマジで」 「よくない。知りたいなら自分で訊けば? あそこのモーゼ・中野さんに」 「近づける状態なら頼まねーよ」 なかちゃんはまだ延々と机に文字を書いているので、その回りだけ面白いほど人がいない。近づいて話し掛けても何ひとつ喋らないし、机の上には新旧吉本芸人の名前がしりとりで連ねられてるし。そんな職人芸を目の当たりにしては言いたいこともきれいに吹っ飛ぶ。 「そもそも教えてもらえるか。もう何十回訊いたと思うよ」 「本人が教えたくないもんを、私が勝手に教えられるわけないでしょー?」 「いやホント頼むって。今回だけ! な、お願いします!」 「今回だけって、“今回”ってなに……」 が。と、訊きかけたその時、教室のスピーカーが音を立てた。 放送が入る前のかすかなノイズ。すぐに野太い声が続く。 《ピンポンパンポン♪》 なんで口で言うんですか。 《放送部からのお知らせです。明日、午後一時からの全校集会にて、ビデオ撮影を行います。放送は土曜日の生徒例会にて、内容は『未成年の主張featuring樫田学園〜さわやかな明日に向かって〜』。全校生徒の前でどうしても言いたいことがある人、何か主張したい人は、明日の昼休憩までに放送部に来てください》 すらすらとアナウンサーのように続く喋り。ここまでは真面目な人の声だった。だが唐突に別の人へと切り替わる。放送部お笑い担当部員の声だ。いつも通りの高テンションではしゃぐように宣言する。 《それではここで、『どう主張したらいいの?』『何を言えばいいの?』というあなたにお贈りする竹内祐樹の絶叫講座ァーー、イエーーーー!!》 待て! だが心で叫んでみても放送がとまるわけはなく、教室前部のスピーカーからいやに明るい竹内の声が響いた。 《イエーイ竹内デース! みんな、心にナイフを抱えているカナ?》 馬面被ってやがるな竹内。 《ボク? それは秘密だよ持ってるけどね! むしろ自爆寸前さ! それが何かというと、So,恋の病……熱く煮えたぎる活火山のような恋心が心臓を焼いてしまいそうだ! というわけでそんな時はシャウト! シャウト! シャウト! 思いのたけを校庭にむけて、むしろ全校生徒と先生方と、校長先生の胸ポケットからいつもチラリと顔を出しているバーバリーのハンカチに向けて叫ぶんだ! 『布のくせに高けぇんだヨーーーー!!』》 この人は馬面の中に何人キャラを匿っているのだろうか。 《ちなみに明日はボクももちろんシャウトするさ! みんな、楽しみに待ってろヨ! じゃ、明日の昼休憩はボクと一緒に放送室でレェエエーッツ・シャウト準備! じゃあまた明日な、サイツェン! ……パンポンペンポ〜ン♪》 だからなんでそれ口で言うの。 「痛!」「アイタ!」「イタタタタ!」「寒ぅ!」 教室のあちこちから素直な反応。うわあ、みんなナイス感想。それぞれがまるで寒気を感じたように、自分の肩や腕を抱く。 「さて」 ぼんやりしている私の肩に、ぽん、と嵯峨野が手を置いた。 「知りたくねぇ? 放送部の裏方事情、あーんど明日何が起こるのか、竹内がどんな準備をしているのか。部長謹製明日の部活計画表、中野に喋らないなら特別S席待遇で先にバラしてやってもいいかなー。もちろん交換条件で」 ……断言しよう。嵯峨野はやり手だ。 「よし、乗った」 「おぬしもなかなか悪よのう」 だからまあしょうがないということにしよう。だって竹内が何をするつもりなのか気になるじゃないか。こんな放送で、“告白予告”なんかしてしまって。そして何をするかはきっと竹内が考えるわけじゃないだろう。嵯峨野がシナリオを書くに違いない。 それならば、嵯峨野の悪巧みが直に解る方がいい。竹内とはメールアドレスを交換してある。嵯峨野の企みを読み取って忠告すれば、悪い事態を事前に防げるかもしれない。 「ただし、なかちゃんのメルアドは教えない。私のアドレス教えるからそこに送って。転送してあげるから」 「えー? プライバシーの侵害ー」 「侵害になるような話は直にしなさい。わかった? ほら、なんか紙出して!」 嵯峨野はしぶしぶポケットから、折りたたんだクラス報を取り出した。私はそれを受け取って、裏に自分のメールアドレスを書き記す。休憩時間、竹内にも教えたのとおなじアルファベットの並び、型の古い携帯へと繋がる住所。 はい、とそれを嵯峨野に渡し、私はひとつ決心した。 あさってにでもアドレス変えよう。 |