「オレとしても、無茶な話だとは思う。何を考えてるのかあの詩人は、とか言いたい気分だ。でもな、お前がどんなに嫌がっても、親父の仕事がさらに増えても、これはご主人命令なんだ。いいか、十数える間に覚悟を決めろ。十……九……八……」 なんだなんだと全員が顔を寄せる中、ピィスは腕を組んで踏ん張ったまま虚空へと語りかける。声を向ける対象は、彼女自身にも見えていないらしい。どこにいるのだろうかと、父親譲りの緑の瞳がせわしなく動いている。 カリアラは「犬だ。犬だ」と皆に向けて繰り返す。一体何を言うのかと本気にされず追いやられるが、それでも彼は頬を照らして登場する場所を探した。 「犬、出てくるのか?」 「三……二……一っ」 数読みはそこで終わる。部屋に変化は訪れない。いつもと同じ、魔術技師協会の技師対策第十四課執務室だ。派手な鳥も会長も出て行ってしまったため、立ち並ぶ面々も昨日までと変わらない。舌打ちをして見回すピィスにつられて、カリアラだけでなくサフィギシルたちも床や壁を視線でなぞり……悲鳴を上げた。 「うわあ!?」 しりもちをつきかけたサフィギシルに教えられ、全員がそちらを見る。 髪から服から靴の先まで黒く揃えた男が、気配もなく立っていた。 「どこにいたんだっ、誰だこの人!」 「犬じゃないぞ!?」 心から驚くカリアラの発言を気にかける様子もなく、男はかすかに一礼した。まだ心臓が飛び跳ねている者たちも、つられて浅く礼をする。だがすぐに顔を上げなければいけないほど、黒服の男から目を離しがたかった。 ピィスは、男を庇う位置で引きつった愛想を浮かべる。 「えーと。これが、うちのななです」 「いや……そんな身内みたいな紹介されても……」 逃げ腰で後じさりながら、サフィギシルは誰だ誰だとピィスに対して全身で訴えている。それとは逆に、カリアラはピィスが慌てるほど男に顔を近づけた。 「犬の臭い、しないな。尻尾もない。人間なのか?」 「そしてお前はさっきから何を言ってるんだ……」 もう何もわからないサフィギシルが訊ねても、カリアラはななと呼ばれた男から目を離そうとしなかった。今までは床や海から見上げてばかりだったので、こうして水平に並んでみると、思っていたよりも背丈がないことに驚く。だからこそカリアラは、一瞬、これは以前とは別の犬かと考えた。あの時のような敵意もなく、闇に隠れるでもない。だが指先すら隠す黒い服と、唯一あらわにした顔は知っているものだった。青ざめた肌も、短く刈った黒髪も、刃物を滑らせたような目も台所で見たのと同じだ。 今はあの時とは違い、どろりとした黒目はどこを向いているのかわからない。カリアラは、起きているのだろうかと改めて顔を覗き込む。不気味そうにうかがうサフィギシルと比べるまでもなく、ななには生き物らしい躍動や熱というものがことごとく欠けていた。呼吸すら、しているのか怪しい。 「……これ、人間か?」 触れてみようと手を伸ばすと、ピィスが「だめ!」と素早く止めた。びくりとしたカリアラに、叱る顔で言い聞かせる。 「嫌がるから触っちゃだめだ。前に言っただろ、じっと見つめるのもよくないって。人間に慣れてないんだから」 「こいつ、本当に前と同じやつか?」 もてあました指で示すと、ピィスは不可解そうに答えた。 「当たり前だろ。オレのななはこいつだけだ」 「でも、なんか違うぞ。こいつおかしくないか? 全然動かないし、息もしてない。生身なのか? 人型細工じゃないのか?」 「呼吸は、人に気づかれないやり方なんだよ。多分」 「一応、細工物でもないな」 専門家として、サフィギシルが遠巻きに鑑定する。カリアラは納得がいかなくて、禁止されたにも関わらずじっとななを調べ続けた。それでも相手は動かない。喉や胸の動きも見えず、ただ輪郭の危うい体を地上に伸ばしているだけだ。ぐにゃりとしたそれは、どこか粘土のように見えた。 「なんかこいつ、人形みたいだ。この前ジーナが作ってくれた、中に砂が入ったやつ」 「まあ、使影というのはそういうものだからな」 「シエイ?」 近寄ろうとしないジーナに、同じく離れがちなシラが訊ねる。 「そういう種族……とは違うから、職業だな。アーレルではあまりないと思うが、歴史ある国には多いそうだ。護衛だとか、情報収集だとか、身分の高い人間の手足として動く影役で、普段は姿を現さない。奴隷の一種だから、まっとうな人間として生きることは許されず、一個人としての感情を持たないよう徹底的に訓練される。……と、ビジスが前に教えてくれた」 「なんだそれ。酷いじゃないか」 「昔の話だ。今はほとんどの団体が独立していて、君主に仕えるのではなく、金銭を介して雇い主と契約で働くらしい。どこかの国では、賃金が少ないからと待遇の改善運動を始めた影もいたはずだ。ヴィレイダには労働組合もあるし」 「使影の労働組合……」 サフィギシルはななを見て複雑な顔をする。 「……一応言っておくが、組合に入るような使影はいつも普通の格好だぞ」 「えっ」 そこら中に集合する、ななのような男たちを想像していたのだろう。サフィギシルは恥ずかしげに口をつぐんでしまった。 「まあ現代の使影事情がどうであろうが、こいつの場合は違うんだろう。ポートラード家は保守らしいからな。これも古式の使影として仕えてきたはずだ。主人の命令に決して背くことはなく、勝手な行動は許されない。だから、こうして指示が下るまではじっと待機ばかりしている」 言葉を裏切ることはなく、ななはまるで彫像のようにただそこに立っている。カリアラは、ピィスが泣きそうな顔をしているのに気づいた。棘を飲み込んでしまったかのように、痛ましく眉を寄せている。 かけようとした声は、懐かしむジーナの言葉に消された。 「あまりにも動かないから、昔はよくクラゲを投げつけたものだ」 「何やってんの!?」 驚いたピィスに問われても、ジーナは当たり前に答える。 「クラゲ攻撃」 「そのまんまな名称はいいよ! 人んちの部下になに非道なことしてんの!」 「だってこいつ、ペシフの監視とかしてたし。いつごろだったかなあ、お前がこの国に来る前だ。いきなりペシフの部屋に住みついて、一日中後をつけたり、ビジスに遊ばれたり、ビジスに遊ばれたり、ビジスに遊ばれたり……」 「遊ばれてばっかりか」 「あれはあれで楽しかったなあ。こいつが隠れていると、ビジスが引きずり出して街中に放り投げるんだ。白の道の中央だから、とにかく人が多くって。こいつ、人と関わるのが苦手だからおおわらわになってたなあ」 「いじめるなよー! 真面目に仕事してんだよー!!」 本気で取りつくピィスを無視して、ジーナは憎く吐き捨てた。 「なーにがピィスを預けるにふさわしいかどうかの調査だ。ペシフを疑うやつはみんな敵だ」 「すごい愛だな……」 冗談ではなく本心から言っているのだと、だだもれにした敵意が語っている。そこから逃げるようにして、サフィギシルはななを見た。 「しかし、動かないな。これだけ話にのぼってるのに」 「燃料が切れてるんじゃないですか?」 「だから機械じゃないって」 だが、魔術技師の作品だと偽っても誰もが信じてしまうだろう。それどころか、おがくずの詰まった作り物としても違和感はないはずだ。それほどまでに生きている気配がなく、ななは風にも反応しない態度で部屋の中に居るだけだ。 先ほど鳥を探っていたのと同じ目で、カリアラがななを見つめる。大抵の生き物であればたじろぐほどにまっすぐな視線。熱はなく、ただじっと向かうそれにも反応はない。 カリアラは突然声を上げた。 「わん!」 下手くそな、とても真似とは思えない犬の吠えらしきもの。わからない周囲を置いて、彼は棒読みで続ける。 |
「わんわん! ウオオーきゃんきゃん! グルルルル、わん!」 「大丈夫かお前。頭打ったか?」 心配するサフィギシルに全身を確かめられ、カリアラはされるがままの格好で説明した。 「だってこいつハイデル語喋らないんだ。でも犬語ならわかるかもしれない」 「いや、ハイデル語もそれなりに通じるけどね。滅多に喋らないだけで」 「そうだな。私もこいつの声は『助けてください』ってヴィレイダ語で言ってるのぐらいしか聞いたことがない」 「ジーナさんひどすぎない!?」 ピィスはもはや涙ながらに彼女を揺すりかねない。昔の話だ。とジーナが逃げていく傍で、サフィギシルはななの変化を見つけている。 「……なんか、心なしか土気色になってないか」 「うわんわんわん。ワオーン」 「やめろよ追い詰められてるだろ! 話しかけられるのには慣れてないんだよ!」 はじめから青ざめていた顔色はまるで砂のようになり、今にも病で倒れそうだ。震えこそないが弱々しく見える彼を背に庇い、ピィスが本気で抗議する。 「最初はちょっとずつ慣らしていかなきゃだめだろ! もういっぱいいっぱいなんだから。お願いだから、気遣ってあげてくれよ。本当に、人間と触れ合うのは苦手なんだよ……」 「それは使影としてもまったく使えない性質じゃないのか」 「言ってやるなよ! 何よりもオレが傷つくだろ!」 「まあまあ」 痛々しい雰囲気をなんとかして止めようと、サフィギシルがジーナとピィスの間に入る。そのぐらいにしておいて、と穏便にジーナをなだめた。 「飼い始めの動物だって、少しずつ部屋に慣らさなきゃいけないみたいだし。大変なのは事実なんだから、酷いことはやめよう。カリアラ、お前も見るな。何がそんなに気になるんだ」 「あのな、こいつ前の時と全然違うんだ」 どうしても納得のいかないカリアラは、ななから目を離すことができない。見返すどころかにじり動くこともない使影の男は、部屋の隅に放置された家具にも似ていた。こんな、物体じみたものは以前の彼とは違いすぎる。引き剥がそうとするサフィギシルに抵抗しながら、カリアラは忘れられない場面を繰り返し思い出す。 「前に見たときは、俺のこと縛ったり、蹴ったりした。にらんだし、ちゃんと喋ってたんだぞ。なんで今はそうしないんだ」 サフィギシルの動きが止まる。 「お前、あいつに何されたって?」 「ええと、縛られて、気絶するまで蹴られて、あと海に落とされた」 過去の事実を正確に伝える。 サフィギシルが、止めようとする手を引いた。 「……へぇー」 「目つきが変わった!?」 ピィスが怯えるのも無理はなく、彼はもはや今までのサフィギシルとは違う冷ややかさでななを見下ろす。ふと振り向いたカリアラがびくりとするが、それで止まるはずがない。さァどうしてやろうかと企む顔で黙り込む。 「ち、ちが、正当防衛で……いや過剰だけど、一応は理由もあって」 首筋を凍らせるほど鋭い声が、ピィスを押して彼に続いた。 「そうですか。ではとりあえずここに跪かせてください」 「こっちにもいた!」 あたたかい笑みを浮かべてシラがななに歩み寄る。花びらのようなそれは、危険な台詞を幻聴かと疑わせるが、足取りには敵意が満ち満ちていた。床を毛羽立てるようにして、シラはななの前に立つ。 「クラゲ好きな方じゃありませんし、大事なお客様に酷いことはしませんよ」 にっこりと微笑んで、彼女は低く叩きつけた。 「ピィスさん。塩水持ってきてください」 「何する気!?」 方法が見えない分、なにやら余計に怖ろしい。怯えるばかりのピィスを置いて、カリアラの保護者たちは敵意を持ってななを囲む。今にも惨状を起こしかねない迫力に、カリアラは言葉も忘れて二人の腕を引っ張った。だめだ、だめだと首を振る。それでも危険な空気は変わらず、シラがとうとう口を開く。 だが漂いかけた甘い香りは、外の空気にかき消された。ノックとほぼ同時にして、部屋の扉が開いたのだ。なな以外の全員が見つめる先で、大量の書類を抱えたペシフィロがきょとんと目を丸くする。 「どうかしましたか?」 「親父ぃぃ……」 崩れるほどに安堵した娘の姿に驚いて、せわしなく周囲を見回す。同じくほっとするカリアラ、不満げなシラとジーナ、悪事を見つけられた子どものように目をそらすサフィギシル。そして岩のように佇むななを順に確かめ、何があったのだろうと訝るしぐさで中央へと進み出る。抱え込んだ紙類を机に下ろしながら訊ねた。 「ジーナ、会長のサインはもらってきましたか? 城行きの書類、本日付で提出ですよ」 「あ、うん。もらってある」 ジーナが引き出しを漁るのを待ちながら、ペシフィロはいくつかの紙を取った。 「サフィギシル、すみませんがこれとこれと、あとこちらも確認をお願いします。明日までですが、簡単な内容なので、できれば今読んでください。忘れないうちに城まで持ち帰りますので。一昨日渡した契約書、持ってきましたか?」 「あ、うん。ちょっと待ってて」 荷物へと急ぐサフィギシルの後姿を確かめて、ふと、相変わらず微動だにしない黒服の男を見る。ペシフィロはわずかに眉を動かしたが、特に何も言うことはなくジーナへと向き直った。 「はい、確かに。それではお預かりいたします」 受け取った書面を確認して、持参の封筒に入れる。彼の動きはそこで止まった。若干の硬直の後、ペシフィロは勢いよく振り返る。 「なな!?」 「遅いよ!」 いくつかの声が重なった。 ペシフィロは動揺のあまり封筒を落としてしまうが、それでもななは反応しない。凝視する父親に、ピィスが言葉で飛びかかる。 「気づけよすぐに! というか見てただろ何回も!」 「いや、だってこんなに普通に出ているとは! ……なな、ですよね」 「なんだよ親父まで。間違いなくななだよ」 不機嫌に濁る彼女の態度も、今のペシフィロにはよく見えていないのだろう。彼は荷物を拾うことも忘れてその男と対峙した。まるで、他の何もかもの存在を忘れてしまったかのように、まばたきもせず真正面から彼と向き合う。 ペシフィロはぎこちなく声をかけた。 「……背、伸びました?」 反応はない。くじけずに言葉を続ける。 「ご飯、ちゃんと食べてますか? お腹が空いたら、うちのものはいつでも食べていいんですよ」 周りからしてみれば、彼は銅像に話しかける奇行者に見えなくもなかった。心から浮かべていたであろう笑みは引きつり、ペシフィロは突然ななの両腕を掴む。 「えいっ」 そう言ってはみたが、立ちつくす男はぴくりとも揺るがなかった。ペシフィロは相手の目の奥を探る。わずかにでも動くものはないか、慎重に確かめるが思うような反応はなく、彼はただ無感情に見返されて悲しげに手を引いた。 「ペシフ、どうしたんだ?」 「あっ。いえ、なんでもありませんよ」 カリアラに呼ばれてようやく我に返ったのだろう。恥ずかしげに顔を赤らめながら、不自然に多く手を振った。勢いづいてしまったのか足がもつれて転びかけ、机に縋りながら笑う。 「すみません、ちょっとびっくりしたものですから。しかし、どうしてななが出ているんですか?」 何故か、ふらりと椅子に座ったペシフィロに、それぞれが説明をする。伯爵から手紙が来たこと。天遇祭をすることになり、サフィギシルが主催として開催の宣言をすること。出来事をひとつ伝えるだけでペシフィロは「ええっ」と驚き、その様子がおかしくて、みんなは声を立てて笑った。 「私がいない半日の間に、どうしてこれだけのことが起こるんですか」 「伯父上が手紙くれたからだろ。遊びに行くからヨロシクねって」 城との中継を受け持つ都合上、祭りを開催するとなれば仕事は倍増するのだろう。ただでさえくたびれた肩をさらに落とし、ペシフィロは眉間をつまむ。 「来るんですか……」 「うん、止められなくてごめんね……」 まったく同じ表情でピィスが父の肩を撫でる。親子の絆についていけないカリアラが、わからないままに訊ねた。 「ピィスのおじさんが来るの、いやなのか?」 「嫌ではないんです。嫌ではないんですけど」 強く主張するが、それ以上の否定は思いつかないらしい。ペシフィロは苦しげに考えた末、ため息混じりに呟いた。 「悪い人ではないんですよ……」 予想外の疲労ぶりに、サフィギシルの気分も曇る。 「なんだろう。すごく嫌な予感がする」 「その伯父さんは、ハクトルさんとどちらが強烈ですか?」 知っている三人は顔を合わせ、うなずいてジーナが答えた。 「ある意味五分だな」 「そんなに!?」 あれと同等なのかと驚く声が、出さずともサフィギシルの顔に浮かぶ。ペシフィロは否定せず力ない笑みをもらした。 「でも、ちょうどいい時期かもしれませんよね。もう随分逢っていないから、寂しがっていましたし。この子をとても可愛がってくれているんですよ」 「ちょっと過剰なぐらいにな」 うんざりとしたピィスに、まあまあとなだめかける。 「ななにしても、大変でしょうがいい機会かもしれません。ジーナももう大人ですから、昔のように悪さはしないでしょうし」 子どもたちに見つめられて、ジーナが気まずく指を動かした。ペシフィロはななに微笑みかける。 「なにより、ビジスはもういないんですから。安心してくださいね」 その言葉にジーナが嫌な顔をしたが、背を向けているペシフィロはそれに気づくことはなかった。 「……今日は余計に疲れたな」 技師協会からの帰り道、三人で歩きながらサフィギシルが愚痴をもらす。間髪をいれずシラが乗った。 「部屋の中にあんな人がいるんだもの、三倍は疲れますよ。もう、なんとかならないのかしら」 カリアラは、さんばいってどのぐらいだろうと指を折りながら歩いた。一、二、三。大体、三日ぐらいのことだろうか。サフィギシルとシラは、夕日も見ずにななの文句を連ねている。けなす言葉ばかりとはいえ、ぴたりとあった呼吸が耳に心地よい。 「お前だって、酷い目に合わされたしな!」 「何がだ?」 内容までたどってはいなかったので、呼びかけの意味がわからない。サフィギシルはいつも通りの「しょうがないな」という顔で、わかりやすく口を動かした。 「怪我。蹴られたんだろ。あと縛られたとか、海に落とされたとか……。裁判に持ち込んだら、普通に勝てる問題だぞ」 まあ今は無理だけど、と悔しそうにひとりごちる。カリアラには裁判というものが何なのかはわからなかったが、人間資格をもらわなければできないのだとは知っていた。サフィギシルが、文句としてよく呟いているからだ。 「そうですよ。それなのにどうして庇ったりしたの」 「だって、ななも群れに必要だろ」 怪訝な顔をする二人に、カリアラはまっすぐな目で語りかける。 「ななは群れを手伝うんだ。そうしなきゃいけないって言われてるんだろ? だったら群れの中のひとつだ。喰ったらだめだし、ちゃんと仲良くしなきゃいけない」 「結局また群れのためか」 サフィギシルが息をつくと、シラが諦めたように笑った。 「なあ、蹴られたのっていつのことだ? 今日だってこっそりと何かされてるんじゃないのか?」 「あのな、いつかはわかんねえ。でも今日はないぞ」 「本当か?」 襟を引いて中を覗くが、初めからないものが見つかるはずもない。カリアラは毎日のこととして、されるがままに調べられた。街中なので不審げに見る者もいるが、彼らをよく知る人は、「また転んだのかい」などと笑いながら声をかける。 カリアラは屈みこむサフィギシルの頭に尋ねた。 「なんか、ペシフ変じゃないか?」 「何が」 見上げられても答えは出ない。助けを求めてシラを見るが、彼女も不思議そうにするだけだった。 「忙しそうですから、疲れているなとは思いますが。でも、あの人は前からずっとそうでしょう」 「そうなんだけどな。なんか、……なんか」 カリアラは頭にあるものを説明しようと試みるが、ちょうどいい言葉がわからず結局は口を閉じた。 「まあ、お前が考えなくても先にピィスが気づくだろ。それかジーナさんか」 「そうですよ。あの人、ペシフィロさんのこと好きすぎるもの」 二人の話は軌道をそらしてジーナの話に変わっていく。カリアラはそれを遠巻きに聞きながら、体中に広がる違和感の元を探していた。もしこれを口に出すことができれば、きっとそこからもやが抜けて気分が晴れていくのだろう。だが知っている言葉をどんなにたくさん並べても、ちょうどいいものはない。カリアラは言いようのない気持ち悪さを感じながら、家に続く道を歩いた。 |