第四話「目醒めの夜」
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 天高く隠れた月を求めて海は空へと躍り上がる。そんな伝承が生まれたように、新月の夜は波が高い。白月と土の惹かれあいが休息して制御がつかなくなるとも言われる。ましてやこんな寒い夜だ。航海中の船はともかく、地元に住み着く漁師の船は岸壁に繋げられて闇色の海をたゆたっている。カリアラはそれを覗き込んで、また海の先を見た。
「シラだ」
 確信している。カリアラはピィスに教えるためまっすぐに前を指した。
「あれ、シラだ」
「あれって言われても見えねーよ。お前ほんっと変なところで目がいいよな。大丈夫か?」
 不安げな問いかけは正気かどうかを問うものだがそれがカリアラに伝わるはずもない。ピィスは抱えたシラの服を見て、またカリアラの示す先を探すがすぐに首をかしげてしまう。
「オレにはただのまっくら闇にしか見えないんですけどー。そりゃ河口に服があったってことは海に行ったってことかもしれないけどさ。そもそもなんで脱いだんだろ。泳ぎにくいからかな」
 カリアラはピィスがどうしてシラの居場所に気づかないのか、それがどうしてもわからない。彼の目にははっきりとシラの首から流れていたのと同じ水草が視えていた。白く、気を抜けばすぐに透明となって消えてしまう淡い帯。掴もうとしても手の中で消えてはまた同じ場所に現れる。カリアラは鼻をくすぐる先端を見逃さないよう眼を凝らした。彼自身でも気づかぬうちに、きり、と“脳”を動かした。
 その瞬間、色が弾ける。視界中で一斉にさまざまな色が現れて、膨らんで、霧のように広がった。カリアラは鼻先を叩かれた気分でびくりと退く。だがシラの水草だけは逃さなかった。カリアラは彼女に繋がる草を見つめる。うす紫へと変化した、ひるがえりゆく儚い帯を。
 カリアラはうす紫の先をたどった。水平線に黒い塊がこびりついている。ピィスによるとそれは小さな無人島のひとつらしい。カリアラはそちらに一歩を踏み出した。
「おい、行くなよ? 今親父が船を借りに行ってるから……行くなってば!」
「でもあそこにシラがいるんだ。助けに行かなきゃだめなんだ!」
「そうだけど泳いでいけるわけないだろ! 海だぞ? 塩からいの苦手じゃねーか。お前自分が元淡水魚ってこと忘れてないか? 第一ここでも寒がってるくせに。水はもっと冷たいんだぞ!」
「大丈夫、がまんする。泳いでいけばすぐだ」
「近くに見えても遠いんだよあそこは! まっすぐに目指して到着できる距離じゃねえんだって。……ちょ、引くなよ」
「数が足りない。一緒に行くぞ」
「はあ!?」
 敵はひとりだがシラでさえもやられた相手だ。少しでも多くの群れで向かわなければ勝ち目がない。カリアラは当然のこととしてピィスの腕を引くのだが、彼女は足を踏みしめて逆に引き止めようとする。待て待てと繰り返すがカリアラにはその言葉こそがわからなくて、嫌がる彼女を担ごうと抱えかけたところで、目の前が白く光った。
 殴られたと気づくまで時間がかかった。頭を巡らせる前に、カリアラの体は海に突き落とされていたのだから。大量の沫が口から耳から関節から垂直にのぼりつめる。カリアラはしばし沫たちとは逆方向に落ちていたが、到着した海底を蹴って跳び上がった。水面に、顔を出す。
 どろりとした暗い影が居た。岸壁に立って、カリアラを見下ろしていた。
 ピィスがそれの体を揺すって抗議しているのがわかる。彼女はカリアラに駆け寄ろうとするが黒い腕がそれを止めた。騒がれても影は動かない。ただ、カリアラを見下ろしている。目を離せば夜に同化してしまいそうなそれは、いつか台所で顔を合わせたピィスの犬だ。
「なな! 離せ!」
 カリアラは身動きが取れなくなるほど冷たい水に浸かりながら、首をねじまげる勢いでもたげた。そうしなければ高い場所に立つ犬の影を見ることができないからだ。だが、声も遠く感じるほどの高低差がカリアラの頭を打った。得体の知れない感覚を呼び起こした。

 あれを落としたい。
 この冷たい海に引きずり落とし、滅茶苦茶に噛みついて深く沈めてしまいたい。

 ゆら、と視界が動く。目が眩むほどの感情にカリアラは息を止めた。
 だがすぐに背を向ける。こんなことをしている暇はないと思い出したのだ。ここでピィスの犬と戦うのは時間を無駄にするだけで何ひとつ得にならない。そう言い聞かせながらも、泳いでいく身体は奮えた。カリアラは騒ぐ肌を叩きつけるように進む。遠くからピィスの制止が聞こえるが、あえて背いて水を蹴った。そうしなければ身体の内側を這う熱にそそのかされて、すぐにでも犬に飛びつきそうだった。


「カリアラ! ……馬鹿、何やってんだよ行っちゃっただろ!」
 ピィスは取り付いたななの服を揺さぶるが彼は身じろぎひとつしない。銅像か灯台にでもなったのだろうか、夜の海を臨んで立つ。聞く耳をもたない様子にしびれを切らしたところで海上から爆発音。
 小型の花火に海面が照らし出された。隠れていた島影があらわとなり、傍に船があるのも見える。照明は一瞬で夜に消えたが間違いない、あれはハクトルの船だ。その方角はカリアラが示したものとぴたり合致していた。
 ピィスは驚愕に息をのみ、すぐに父を探して走り出す。肉眼では見えないはずのものがなぜカリアラには見えたのか、考えるのはやめにした。知ってしまえば、彼との距離が開いてしまうような気がした。

※ ※ ※

 荒ぐ息が再びの闇に響く。肺を苦しめるそれとは正反対なハクトルの声。
「……もったいねーなー。せっかく花火師のおっさんがオマケしてくれたのに」
「喋るな」
 サフィギシルは彼に櫂を突きつけて、低く脅した。
「船を戻せ」
「お前あれ買ったらいくらするか知ってるか? それをまあわざわざ無駄に飛ばしちゃって。海上でもこの辺じゃうまく咲かねえのに」
「喋るな!」
 えー。と不満の声。ハクトルは両手を挙げながらも恐れている様子はない。彼は真剣なサフィギシルに向かって「大丈夫?」と問いかけた。サフィギシルは大丈夫なわけがあるかと怒鳴りたくなる。心臓石に繋がる糸は千切れそうなほどに振れているし、指先だって負けないぐらい震えている。それでも彼は恐怖心を殺すように柄の長い櫂を構えた。
「今すぐに船を出せ。陸に戻すんだ」
「戻さないと、どうするって?」
 ハクトルは愉しげな笑みを浮かべる。
「どうするんだよ。言ってみろ」
 続く笑いはかすかな声を伴なった。嘲笑だ。馬鹿にされていることを知ってサフィギシルは櫂を振った。ぴた、とハクトルの喉元に添える。先は鋭利とは言えないが力を込めれば苦しめることができるだろう。難しいことはない。あと少し、前に動かすだけで。
「お前に人が殺せるのか?」
 櫂の先が大きく揺れた。サフィギシルは向かい合う男を凝視する。
「殺しをやる覚悟はあるのか。なぁ、お人形さんよ」
 動揺による震えが手のひらから得物に伝わり、ハクトルは喉元で揺らぐ櫂を見て笑う。彼は姿勢だけは降参のまま、悠々と喋りだした。
「積んであった花火に火をつけて、敵が驚いた隙をついて脅す。ついでに陸に仲間がいれば場所を伝えることができる、か。わかりやすい作戦だ。しっかしわざわざマッチなんか使わずとも魔術で点けりゃいいだろうに。もう手も口も使えるだろ?」
「あっ」
 考えもしないことを言われて正直な声が出た。笑われるのが悔しくてしどろもどろに言い訳をする。
「ち、近くに道具があったらそれを使うだろ。なんでマッチだってわかったんだよ」
「さぁてなんででしょう。ところで、仮に今お前が俺を殺したとするよ。絶対にないけどな。しかしそしたらどうやって街に戻るつもりだ?」
 船は花火が爆ぜた時点で止められていた。碇を下ろしていないために、少しずつ波に流されている。だがそれだけでたどり着けるほど港も陸も近くはなかった。人家の明かりは星と変わりないほどささやかな点と化している。一列に並ぶ光を見てサフィギシルは途端に心細くなった。相手に知られないよう、顔つきを平坦にする。
「……船ぐらい動かせる。それだけの知識はある」
「生意気だな」
 吐き捨てるような笑み。続く声は皮肉に濁る。
「ジジイの知識がありゃ安泰か。呑気だねえ、そのせいで売られるところだってのに」
「やっぱりそういう目的なのか」
「まあ半分はそうだろうな。えっらい羽振りのいい客がいてよ、そいつが俺に言ったんだ。サフィギシルを一体、知識の入った心臓石を含めて渡せば金をやるってな。相当の家柄らしくて足元に使影までひかえてやがった。ま、そんな奴は他にもごろごろいるはずだ。言うなれば今のお前は危険性のないビジス・ガートンだからな。利用したくない奴はいねえ」
「……その客よりも金を出すと言ったら?」
 出せるだけの額を数えながら持ちかけるが、ハクトルはふてぶてしい笑みを見せた。
「残念。金じゃ買えねえ理由もあるのさ」
 蛇を従える目が、ふとサフィギシルの髪を見る。怪訝に眉をひそめられてサフィギシルはぎくりとした。
「なんだそれ。三つ編み?」
 すぐさま隠したい気分になるが手は櫂を握っている。サフィギシルは耳に触れる小さな三つ編みを恨んだ。左右にそれぞれひとつずつ。目を逸らすサフィギシルを隅々まで眺めたところで、ハクトルは「ああ」と笑った。
「っへえー。へえー。なるほどねえ」
 カリアラお前帰ったら覚えてろよ。編んだのは紛れない彼自身なのだが、恥による怨念は遠い家族に向かう。ハクトルの笑みはにまにまとますますゆるみ、眼下の蛇は酔いどれたように踊る。
「かあーわいいねえ。あいつとは大違いだ」
「あいつって。……“前の”?」
 何気ない一言が、ハクトルの顔つきを変えた。
「何が“前の”だ。そんな呼び方すんじゃねえよ、人間に前も後もあるわきゃねえだろ」
「ご、ごめんなさい」
 冷ややかな色に怯えて謝罪するがハクトルは止まらない。嫌味たらしく口を動かす。
「今生きてる方はいいよなあ。みんなにちゃんと呼んでもらえてよ。なあサフィギシル?」
 サフィギシルは武器を突きつけたまま、ごめんなさいごめんなさいと弱々しく繰り返した。途端に機嫌の悪くなったハクトルに、恐る恐る問いかける。
「……友達、だったんですか」
「なんで敬語なんだよ」
 いえなんとなく、と口の中で呟くとハクトルは「けっ」と吐き捨てた。その態度も表情もどこかで見たことがあると思えば、コウエンによく似ているのだ。父子なのだから当たり前のことなのだが面白く感じられて、まじまじと見るとにらまれる。
「親父にそっくりとか思ってんだろ」
「うん。あ、いや、えっと……はい」
「お前バカだろ。まあいいや、俺とあいつが友達だったかって?」
 ハクトルは自分の心に問うかのように、夜空を見た。眉がひどく寄せられる。
「……どうだろうな。少なくとも親友なんかじゃねえし、たいした付き合いでもなかったよ。もし知り合いが崖っぷちに一列に並んで命の危機です、誰から助けますか? とか聞かれても一番最後まで放っておくぐらいの存在だ。俺からだけじゃなく、あいつから見た俺もそうだっただろうよ。そのぐらいのうっすい友人関係だ。ま、そもそもあいつにゃそんな知り合いしかいなかったけどな」
 顔つきがにまりとゆるんだ。他人の恥を暴露する時の笑顔。
「あいつ友達いなくてさあ。うちの姉ちゃんにばっかりべたべたとくっついて、他に遊ぶ相手もいねえの。だから俺、あいつと仲良くしてやってくれって頼まれたんだ。ビジス爺と姉ちゃんとミドリさんの三人に!」
 サフィギシルはこの奇妙な男に三人が頭を下げている光景を想像して、目を丸くした。笑うべきなのだろうがそれよりも驚いてしまう。ハクトルはそんな相手にも構わずに、けらけらと子どものように笑った。
「そんとき俺ら十七だぜ? いい歳した男がよ、孤立してるからって友達になるよう頼まれてやがんの。それもただ同い年だからってだけで俺が選ばれてさ。どうしようもねえよな。でも三人にことごとくお願いされちゃしょうがねえから、たまに遊びに連れ出したんだ。俺はずっと旅回りだから、こっちに帰ってきたときだけな。そしたらさ、最初は大人しい奴かと思ってたのにだんだんろくでもねえってわかってきて」
 ついこの間味わったばかりの衝撃を思い出してぎくりとする。ピィスからはずっと善人と聞かされてきたので、“前の”サフィギシルは優しげな、自分とは正反対の人間だと思い込んできたのだ。幼少時の刷り込みが剥がれていくのは心臓に悪い。だがハクトルはサフィギシルの恐れなど気にもせずに続けた。
「酔うと本性が出ていろんなことを喋るんだけど、その内容が暗い暗い。あれが嫌だこれが憎い、ああいう奴らが妬ましい。そんな怨念の結晶みたいな性格で、こりゃ友達もできねえわと思ったね。そもそも人間と交流しようとしてなかったんだよな。この世の全てが敵だとばかりにいつも尖って警戒してた。笑えるよな、表面上は優しげな好青年なのに中身は劣等感の塊なんだから」
 劣等感の塊という言葉が頭に残り、サフィギシルの胸を騒がした。彼は“前の”サフィギシルに無条件で親近感を抱く。櫂を握る手がゆるんだが、自覚はなかった。
「孤児だったからだろうな。自分の出自がわからないことをずっと不安に感じてて、落ち込むたびにどこにも居場所がないって言ってた。技師たちにも馴染めない、友達ができるはずもない、家族とも上手くやっていけない。……それなのになあ」
 忘れていた櫂に浅黒い手が伸びる。気づいた時にはもう遅く、ハクトルは強い力で櫂を掴むと顔を寄せて低く嗤った。
「それなのに、なぁんでお前は笑っていられるんだろうなあ」
 息を飲む。ハクトルが一歩近づく。サフィギシルもまた同じだけ足を引いた。
「ひっでえ話だよな。てめえが苦しめて追い出しておいて、死んじまったあとは新しく代替品を作るってか。あいつが受けきれなかった能力を搭載して、今度のは成功だ。前のような失敗はしなかったって、今までのことをナシにするのか。ろくでもねえ。ああ、ろくでもねえ」
 青ざめたサフィギシルの顔に、なあ、と生温い息で囁く。
「その力を手に入れるために、あいつがどれだけ苦しんだと思う? 生身の人間には耐えられないことを知りながら、あのジジイはやりやがったんだ。正常でいられる方がおかしいぐらいの事なんだよ。気が狂うほどの事なんだ。それをただ適格者だからというだけで押しつけて、二度と元には戻れなくする! その挙句に失敗したら何もなかったことにするのか。人型細工なら可能だった? じゃあ最初からそうすれば良かったんだ。初めから人形に頼ってりゃ誰も苦しむことはなかった!」
 ハクトルは高く叫んだ。皮肉に歪む目が示すのは右胸の奥。予備として稼動する、ビジスの知識を呑んだ魔石。
「お前の体にはそれだけのものが眠ってるんだよ。生きていた人間の苦しみと怨念が詰まってるんだ。それなのにお前は笑うんだな。あいつと同じ顔で、声で、あいつが手に入れられなかったものを全部抱えて! そうやって悠々と生きていくんだ」
 ハクトルが一歩近づく。サフィギシルも同じだけ足を引いたところで、踵が船べりを叩いた。凍えるような潮風が、背を、首すじをなでていく。ハクトルがさらに踏み込む。今度は腰が海水に濡れた壁に当たる。もう、後はない。ハクトルが押し合う櫂に体重をかけた。
「お前に罪はないんだがな、見てると虫唾が走るんだよ」
「それだけで潰すのかよ。友達だったわけでもないのに自分が気に入らないってだけで? そんなの勝手すぎる!」
「ああ勝手だとも。これは私怨だ。世界一非合理的な行動理由だ」
 ハクトルは居直った顔で笑う。
「人間の、真骨頂さ」
 その瞬間、サフィギシルは悲鳴を上げて泣きたくなった。号泣して喚きながら何もかもを捨てたくなった。だがここで死ぬわけには。諦めてしまうわけには、いかない。

 誰か自分ではない者がサフィギシルの身体を動かしたように思えた。手を離し重心を低く落としてハクトルをよろめかせたところでその腕を取り、引き落とす。足元に倒れかけた背を踏みつけて取りこぼした櫂を奪い甲板へと走り去る。機関室の前は狭く戦うのに向いていない。サフィギシルは操られるようにして、広く開いた甲板へと跳んでいく。着地した床を踏みしめて振り向けば敵意を見せるハクトルが向かってくる。サフィギシルは、櫂を棒術の姿勢で構える。
(爺さん)
 彼を呼んだ。
(爺さん、次はどうすればいい)
 右胸がかすかに震える。今はもう彼は居らず抜け殻が残されるのみ。だがサフィギシルは父に問うた。彼から与えられた大量の知識に、次の動きを求めた。ハクトルを見るサフィギシルの目にはすでに弱さなどなく、必ず生きるという強い意志だけが在る。
 ハクトルが笑った。それは好敵手を前にした者の顔だ。
「戦うのは初めてか。……そりゃ光栄だ」
 彼もまた備え付けられていた櫂を手にしている。二人は三度打ち合った。夢中で動くサフィギシルを見てハクトルは悦びに叫ぶ。
「軌道は正確、ビジス・ガートンそのものだ。だがなあ!」
 ふ、と笑みが走った。
「経験が足りねえ」
 柔らかい熱が顔を叩いてサフィギシルの視界が暗転する。動揺のまま引き下がったところで顔面にぶつけられたそれが、ハクトルの巨大な髪だと気づいてサフィギシルは仰天した。
「かつら!?」
「定価七八〇ラードになりマス!」
「安!!」
 勢いを削がれてどうしていいかわからないまま黒髪を握りしめる。使い古されたモップにも似たそれは、かつらというより人型細工の毛髪素材のようだった。サフィギシルは手の中の毛を凝視していたが、戦いの途中だったことを思い出して顔を上げる。
「え……」
 その姿勢で、固まった。
「友達だったわけでもないのに、か。お前からしちゃ不思議だろうなあ。どうしてそんな相手のことで、ここまで怒っているのかって。でも実際のところはもっと簡単な理屈なんだよな」
 ハクトルは笑っている。子どものように無邪気な顔で。
「俺もあいつと同じだからだ」
 彼は自分自身の頭部を示した。
 髪はない。その代わりに巨大な瘤が突き出している。
 肉色のそれは丁度、不自然な毛髪素材と同じほどの高さがあった。
 ハクトルの笑みが皮肉に歪む。
「俺も生身であるがために“力”を継ぐことができなかった、実験体だからだよ」
 サフィギシルは、ただ言葉を失った。


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