第三話「嘘と抱擁」
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「……今度はどういうつもりなんだろうな」
 サフィギシルは体をソファに投げ出して、大きなため息をついた。
「今は俺たち喧嘩なんてしてないし。引き合わされる筋合いはないのに」
 そうだろ、と同意を求めて振り向くが、背後の椅子に座るシラはすぐに返事をしなかった。戸惑うような間があって、そのあとで初めてぎこちない笑みを浮かべる。引きつったその顔に、サフィギシルは不審そうに眉を寄せた。
「何。なんか心当たりでもあるのかよ」
「別に。あなたこそ何か心当たりはありませんか? あのひとが意味もなくこんなことをするはずがないじゃない。きっと、思うところがあって私たちを合わせたのよ」
「カリアラの思うところって言ってもな」
 だがサフィギシルは思い返すように遠くを見つめ、不安に顔を曇らせた。
「あいつ、最近おかしいよな。調べてみたら、体の中がぼろぼろになってた。胃の中身はろくに消化できてないし、睡眠不足で体全体に魔力が行き渡ってないし。完全に心因性だ。女二人の戦いに挟まれて苦労してたからさ、それが原因だとは思うけど……」
 そこまで聞いて、シラは痛ましげに口を結ぶ。サフィギシルはそれにも気づかず陰鬱な声で続けた。
「やっぱり、ジーナさんがここに来るようになったせいだよな。俺が怪我しなきゃよかったんだ。あいつがジーナさんの子分になって苦労してたのも、俺が人質みたいになってたからだろ? 家の中に問題ばっかり持ち込んでさ。やっぱり、俺があの時ひとりで帰らなきゃよかったんだ。そしたら怪我をすることもなかったし、みんなが苦労することも……」
「どうしてそうなるのよ」
 驚いたようなシラの声にサフィギシルもまたびくりとして振り向いた。シラは呆れに言葉を詰まらせて、ため息まじりの声を出す。
「あなたは本当に……もう。カリアラさんはそんなこと気にするひとじゃないでしょう。あなたが勝手に申し訳なく思ってるだけじゃない。そんなことよりも、自分でなんとかしようとしなさいよ」
「しただろ。ジーナさんに、もうここには来るなって言った」
「後悔してるくせに。見え見えなのよ、誰が見たって解るわよ」
「別に、後悔なんかしてねーよ」
「嘘ばっかり」
 あからさまな強がりは通用しない。シラは向けられた彼の背中に棘のある言葉を投げる。
「あの人に言われたことが気になっているんでしょう。生まれてこなければ、ってやつ。ずっと気にしてうじうじと落ち込んで、そうやってまたひとりで沈んでいくくせに。いつまで経っても同じことの繰り返しじゃない。ちょっとは成長したらどう?」
 サフィギシルは何も言わず、彼女に背を向け続けている。シラは口を手でふさいだ。弱る瞳はこんなことを言うつもりではなかったのに、と呟いている。だが振り返らないサフィギシルにそれで伝わるはずもない。たっぷりと続く気まずい沈黙。息苦しいそれを破るように、シラは囁くように言った。
「ねえ」
「なんだよ」
「抱きしめてあげましょうか」
 サフィギシルは動揺をあらわにしてたちまちに振り返る。
「は!?」
「ぎゅうって。少しはいい気分になるかも」
「な、ならないよ、いいよそんなの! なんだよ急にっ」
 近づいてくるシラを避けてにじり下がるが、彼女はさらに間合いを詰める。ソファの上に乗り込んで、彼の手を優しく取った。
「いいじゃない、減るものでもないし。ほら」
「ほらじゃなくて! なっ、だっ、だめ!」
 だが言葉とは裏腹に、サフィギシルは握られた彼女の手を振り払うことができない。顔が赤く染まっていく。動揺と戸惑いに表情が揺れていく。
「なんでそんなこと……」
「だって、私にはこんなことしかできないんだもの」
 シラはどこか拗ねたように口の先をとがらせた。わけが解らずぽかんとするサフィギシルを見て、悔しげに顔を歪める。
「私はあなたを修理することもできないし、料理も掃除も洗濯も下手くそで、まともな食事を持ってくることすらできないし。せめて敵が来た時には戦おうと思ってたのに、怒らせてひとりで家に帰らせて、大怪我までさせちゃうし。敵も捕まえられなかったし……慰めようとしてもこうやって失敗して。本当に、ただの役立たずな居候じゃないの」
 切々と続く独白は、呆然とした耳を伝う。サフィギシルはむくれる彼女におそるおそる尋ねかけた。
「……もしかして、ジーナさんに言われたこと気にしてる?」
「悪い?」
 睨みつけるがその頬はほのかに赤い。サフィギシルはますますぎこちない様子になる。
「いや、なんか、そういう風に気にしたりしないで、ずっと強気なままだと思ってたから。あっ。そういえば最近全然酒とか呑んでないのも、それで?」
「二日酔いであの人と渡りあえるわけがないでしょう。……ねえ。しても、いい?」
「い、いいって聞かれてもそんないやあの、……いいよっ。好きにしろよ!」
 上目づかいで見つめられて甘える声で言われてしまい、真っ赤な顔で降参した。シラはくすくすとおかしそうに笑みをこぼす。サフィギシルはからかわれていることを嫌というほど実感しつつ、覚悟を決めて固く目と口を閉じた。同じく固くこわばる体にやわらかな腕が回される。あたたかい熱を感じた途端、優しい力で抱きしめられて怯えるように小さく震えた。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。ほら、力抜いて。前はもっと積極的だったじゃない。甘い香りを出しましょうか?」
「……毒で酔わせてどうするんだよ。別に、緊張なんかしてねーよ」
「震えてるわよ? 体は嘘をつけないの。そんなに深く考えないで、ただのふれあいと思いなさい」
 シラは楽しそうに笑いながら、力いっぱい頭をなでる。サフィギシルはどんな顔をすればいいのか解らなくて、赤面したままきつく口を結び続けた。身を固くしてこのあたたかい嵐が去るのを待つ。だらしなくゆるみそうな顔を意地になって引き締めた。縮こまる彼を抱きしめて、シラはかすかな声で囁く。
「ごめんね」
 驚いて上げかけた彼の顔を肩に押しつけ、表情を見せずに言った。
「あの時、ひとりで帰して大怪我させちゃったこと。あなた、さっき悪いことの原因は全部自分みたいに言ってたけど、元はといえば私が悪かったのよ。だからずっと謝らなきゃと思ってたのに、なかなか言うことができなくて……ごめんなさい」
 密着する彼女の体が、背をなでる仕草が、嘘ではないと訴えている。そっとすり寄せる頭、ごく近くで響く声。シラは全身で感情を彼に伝えた。足りない言葉を補うように、これ以上馬鹿な軽口を叩かないように。サフィギシルは目を閉じて、鼓動に震える声で言う。
「……別にいいよ。忘れてたぐらいだし。それが言いたいからこんなことしたのかよ」
「それもあるけど、単に私がこうしてみたかっただけよ。だってあなた、こんな風に抱きしめられたことなんてないでしょう?」
 サフィギシルは何も言わない。シラはそれを答えとして続ける。
「ふれあうのは苦手なんでしょう。みんなで一緒にいる時も、ひとりだけ少し離れてる。前にあなたが死にかけたあとで泣いたときも、しがみついたり抱きしめてこなかったでしょう。抱き方も、抱かれ方もよく知らないんじゃないかと思ったの」
 あたたかい手のひらが、ゆっくりと彼の背をなでていく。サフィギシルは黙ってそれを受け入れた。
「でも、どこかで願望があるような気がしてたのよ。私とカリアラさんがこういう風にしてる時、あなた自分がどんな顔してるか知ってる? 悔しそうな、拗ねたような、仲間はずれにされた子どもの顔。近寄ってみればいいのに、その方法が解らなくて、最初から諦めて目を逸らしてるみたい」
 力を抜いて沈み込む彼の頭を支え、シラは耳元に囁きかけた。
「本当は、ずっと誰かにこうしてもらいたかったんじゃないの?」
「……別に」
 だが言葉と違って素直な体は彼女から離れない。シラは楽しそうに笑いながら強く彼を抱きしめた。サフィギシルにもはや抵抗する様子はなく、彼女の熱にとろけるように力の抜けた息をつく。あたたかい。思考がぼやけてしまうほどに。
「ほら、教えてあげる。腕を回して。私と同じようにしてみて」
 悔しそうな顔をして、言われるがまま腕を回す。ためらいを殺すように、ぎゅっ、と彼女を抱きしめた。戸惑いながらもされたことをなぞるように、ゆっくりと背をなでてみる。シラは子どもを誉めるようにそっと彼の背中を叩いた。サフィギシルは赤い顔を伏せたまま、独り言のように言う。
「初めてじゃないはずなんだ。……ただ、覚えてないだけで」
 唐突な話についていけない彼女の髪を、指でもてあそびながら続けた。
「俺の魂はジーナさんが形成したって聞いた時から、ずっと気になってたんだ。カリアラみたいに元からあるものを移すんじゃなくて、一から作り上げるのってどんな作業なんだろうって。それで、爺さんの知識使って調べたんだ。そしたらさ、ずっと抱きしめてるんだって。魂の元になる意識のかけらを、ガラスの球の中に入れて、さらに籐の籠で包んで。それを、完成するまで肌身離さず抱きしめ続けるんだってさ。……何日も、何十日も」
 しなやかな金の髪が指をすり抜けていく。サフィギシルはぼんやりとそれを見つめながら語る。
「信じられないよな。あの人がそんなことするのかって。俺がそうやって作られたのかって。ただでさえ技師は自分の作品をすごく大事にするもんだって言われてるのに、そんな風に作られてさ。……じゃあ、俺、なんで嫌われてるんだよ」
 触れる髪を握り締める。行き場のない感情を託すように、頭を肩に押し付けた。
「生まれなければ良かったとか。そんな、自分が作ったくせに。あんたが作ったんだろ、あんたが百日近くも抱きしめて生み出したんだろ、ってさ。言えばよかった。わかんないんだ。あの人が何考えてるのか。そんなに大事に作ったんなら、なんでそんなに俺のこと嫌うんだよ……」
「嫌ってなんていませんよ」
 彼の頭をなでながら、シラはそっと呟いた。顔をあげたサフィギシルを哀しげににらみつける。
「……あなたたちは、どうしてそうなの」
 歯がゆさに苛立つような顔。サフィギシルは一体何が起こったのか尋ねようと口を開く。
 だが、その動きはドアの開く音で途絶えた。
「あ、ふたりとも仲良くなったな。よかったな!」
 飛び込んだ明るい声に、サフィギシルは固まった。シラもまた凍りついた。二人は同時に入り口を見る。視線の先には嬉しそうに笑うカリアラ、引きつった顔で見つめるピィス。そしてノブを握ったまま、石像のように硬直しているジーナが佇んでいた。

          ※ ※ ※

 中を覗き込んだ途端に抱き合う二人が目に入り、カリアラは思わず笑顔になった。よし、これで二人は仲良くなった。第一の作戦は成功だ。だがシラもサフィギシルもこちらに気づいて固まった。どうしたのかと思っていると、ピィスが小声で「うわあ」と呟く。カリアラもすぐにその意味に気づいた。
 ――ジーナが、怒っている。
「何をしてるんだ」
 押し殺した声の影に、さまざまな感情や言葉たちが見え隠れする。ピィスがたまらず一歩退いた。サフィギシルも逃げようと身じろぎしたが、シラがそれを拒むように彼の体を抱きしめる。サフィギシルはぎょっとして彼女を見た。
「何って、見れば解るでしょう? 二人で仲良くしてたんですよ」
 シラはサフィギシルの首に取り付き、いかにも仲が良さそうにべたべたと肌をなでる。ジーナはドアノブを壊れそうなほどに握りしめ、強く歯を噛みしめた。シラは怒る彼女に向けて、ここぞとばかりに鮮やかな嘲笑を浮かべる。
「別にいいじゃありませんか。こういう仲なんですから」
「ちょっ、は、離せよ。なんだよこういう仲って」
「やだ、もう恥ずかしがっちゃって。さっきはもっと大胆だったくせに……」
 逃れようとするサフィギシルをはがいじめに抱きしめて、耳元で甘く囁く。動揺して力が抜けたその隙に、わざとらしい音を立てて赤い頬にくちづけた。
「うああ!? ちょ、今、うわあ……っ!」
 頬を押さえる彼を支えてさらに体を密着させる。カリアラにはどうしてそんなに赤くなるのかまったく理解できないが、ピィスもまたサフィギシルと同じように動揺して声を出す。うわあうわあと騒ぐその場を一喝する怒声が響いた。
「離れろ!!」
 突然の大音量にカリアラはびくりと跳ねる。開かれたままのドアがびりびりと震えていた。
 だがシラは顔色ひとつ変えず、いやらしい笑みを浮かべる。
「どうして? あなたには関係ないでしょう?」
 ジーナは勢いを失って、あからさまにうろたえた。シラはさらにたたみかける。
「好きじゃないとか嫌いだとか言うわりに、嫉妬心が強いんですね。どうして?」
「それは……っ。お、お前に話す筋合いはない! いいから離れろ!」
「わけも解らず引き離されるなんて嫌よねえ。そちらこそ、邪魔だから消えてくれます? それか、あなたが代わりにこの子を抱いてくれるのかしら。それがいいわ、だって魂を作り上げるときは、ずっとそうしていたんでしょう?」
「そ、それとこれとは別で……なんで今、そんなこと!」
 ジーナは言葉を詰まらせて、たどたどしく言い返した。シラの顔から笑みが消える。
「本当は抱きしめたいくせに。大切に思ってるなら本人に言えばいいのよ。簡単なことなのにうじうじといじいじと二人して想い合って! 見てるとイライラしてくるのよ、巻き込まれる方の身にもなりなさいよ!」
 彼女の言葉は最後はほとんど怒声になった。部屋の中の全員が驚いて目をみはる。シラは苛立ちを隠しもせずにソファから身を乗り出した。
「私だって最初はすぐに謝るつもりだったわよ。でもその言おうとした先から『サフィギシルに謝れ』だの『お前は自分が何をしたか解っているのか』だのとぐちぐちと……解ってるわよ私が挑発したせいでこの人は死ぬところでした! 私は役立たずの居候です! 毎晩毎晩酒を呑んで絡んでくる酒乱です! 自分で解ってても毎日毎日説教されちゃたまんないわよ! いびっていびって私を追い出そうとして……それが全部この子のためになると思ってるんだからやりきれない!」
 溜まりに溜まった鬱憤は喋るほどに加速する。呆然とするジーナを示してサフィギシルに語りかけた。
「いい? この人はね、あなたを大事に想うあまりに周囲の悪因を片っ端から取り除こうと思ってるのよ。そういうあまりにも遠まわしすぎる愛情表現で十分だと思ってるの。馬ッ鹿じゃないの、そんなことより喋りなさいよ、抱きなさいよ! 若い娘じゃあるまいし、恥ずかしがってんじゃないわよ!!」
 後半は立ちつくすジーナに向けられている。シラは本心のおもむくままに怒鳴り終えると、大きな大きな息をついた。苛立つ顔でジーナをにらむ。ジーナは最初の怒声の勢いも消え、弱々しい表情で彼女を見つめ返していた。カリアラもまた呆然とそれぞれの顔を見つめる。
 くい、と腕を引かれたかと思うと、ピィスがかすかに囁いた。
「……どうするよ」
「どうしよう」
 まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。そもそも、ジーナが居間にやってきたのも計算外のことだったのだ。ジーナを作業室で待たせておいて、そこにサフィギシルを入れる。そういう計画だったのに、まさかジーナが気まずいのを承知でサフィギシルに鍵のありかを訊きに行くとは。シラが、こんなことをしでかすとは。
 カリアラは必死に頭を動かした。考えろ考えろ。この場を何とかする方法。元々の計画通り、サフィギシルとジーナをふたりきりにする方法。きりきりと脳が鳴る。きりきりきり、きりきりきり……。
「そうだ。ピィス、すぐにあっちに行ってくれ。おれ、やってみる」
「な、何を?」
「やるんだ」
 カリアラは強くそれを握りしめた。ピィスがぎょっとするのが解るが答えてはいられない。胃が縮むような気がした。青ざめるほどの緊張を抑えるように、頭の中でくりかえす。これはいいことだ。これはいいことだ。これはいいことだ。カリアラは立ちつくすジーナの傍を抜け、怪訝な顔のシラを避けて、隣に座るサフィギシルの背後に立った。
「……なんだよ。どうした?」
 尋ねられるが答えない。ただひたすらに言い聞かせる。
 これはいいことだ。これはいいことだ。みんなのためにやることなんだ。
 そして握りしめた金づちを振りかぶり、力いっぱいサフィギシルの肩に打ち込んだ。

 全員が、絶叫した。

「何をするんだ――っ!!」
 誰よりも早くジーナが叫んでカリアラの顔面に拳を打ち込む。カリアラが吹きとばされて壁で頭を打ったころ、シラとピィスが悲鳴をあげた。サフィギシルの右腕が外れてぶら下がっている。被害を受けた本人は痛みのあまりに初めは声もなかったが、混乱のまま床に転がると遅まきながら苦痛にあえいだ。
「落ち着け! 痛覚を切る!」
 ジーナはソファを飛び越えてサフィギシルの体に取り付き、素早い動きで痛覚を切る。そこでようやく痛々しい悲鳴はおさまり、サフィギシルは涙目で荒い息を繰り返した。誰もが混乱する中で、ピィスはすぐに我に返って居間のドアを大きく開ける。
「こっち! 早く直さなきゃ!!」
 そして一足先に作業室へと駆け出した。ジーナはサフィギシルの体を起こして立ち上がり、ほとんど抱えるようにして必死にピィスの後を追う。作業室の入り口はピィスによって開かれていた。ジーナはあせりに眩む頭でサフィギシルを中へ入れ、作業台の上に乗せる。
 がたん、と重い音がした。
「……え?」
 振り向くとドアが閉まっている。なにやらとてつもなく嫌な予感がして、ジーナはそこに飛びついた。だがノブを回しても、押しても引いても開かない。ドアを殴りつけていると、痛みも消えて落ち着いたサフィギシルが声をかけた。
「なに、鍵?」
「いや、ここはたしか内側からしか……」
 ジーナはドアを揺らして答える。内側の鍵を回してみてもドアはまったく動かない。それに、これは鍵のせいというよりも、何かかんぬきのようなものが引っかかっているような……。
「あ――っ!?」
 ジーナはカリアラたちが行なっていた“修理”を思い出して叫んだ。
「ジーナさーん。サフィー。聞こえますかーっ」
「聞こえないわけがあるか! 馬鹿、早く開けろ!」
 閉ざされたドアの向こうから、笑いを含む声が聞こえる。怒声を上げても相手はますます笑うばかり。楽しそうなそれを割って、カリアラのいやに真面目な声が届いた。
「あのな、これすごくがんばって作ったからな、何やっても開かないぞ。だからな、お前たちは仲良くしろ」
 笑いのない喋り方は、冗談ではないことを嫌というほど教えてくれる。カリアラはあくまでも真剣に、きっぱりと言いきった。
「仲良くなったら開けてやる。それまで絶対開けないから、がんばって仲良くするんだぞ」
 それをさかいに明るく笑うピィスの声も、質問するシラの声も足音と共に去る。サフィギシルと共に取り残されてしまったジーナは、呆然と、振り上げていた拳を下ろした。


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