第二話「魔術技師協会」
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 カリアラの修理が終わる頃には、もう夜も明けかけていた。窓の外が闇色から明るい青へと変化していく。少しずつ朝が近づいている。サフィギシルは台所の手前にある小さな通路の奥に座り、一日が始まるのをぼんやりと眺めていた。明け方の空気が肌を冷やし、体を麻痺させていく。恐ろしい考えから逃げるように、彼は小さく体を丸めた。
「……サフィギシル?」
 突然に飛び込んできた声と気配に顔を上げると、ペシフィロがひどく心配そうにこちらを見ていた。どうやら台所の奥にある裏口から入ってきたらしい。
「どうしたんですか、封印も掛けないで……カリアラ君は?」
「直った。もう、大丈夫」
「あなたはどうなんですか」
 ペシフィロは膝を折り、目の高さを合わせて顔を覗き込んできた。サフィギシルは虚ろな目でそれに答える。表情には力がない。ひどく青ざめているのを見て、ペシフィロは悲しげに顔を歪めた。
「眠っていないんでしょう。どうしてこんな所に……せめて、ソファか椅子に。ここは寒いでしょう、もっと体を暖めた方がいい。ベッドが空いていないんですか?」
 連れて行こうと手を引くが、サフィギシルは動かなかった。呟くような声で訊く。
「ペシフさん。あの人は?」
「刺客のことですか? ……生きてますよ。まだ意識は戻りませんが」
「よかった」
 それならばカリアラは人を殺したことにはならない。それに、いくら殺されかけた相手でも死なれるのは嫌だった。ささやかな安堵が顔に出ていたのだろうか、ペシフィロは困った顔をしてサフィギシルの手を離す。
「亡くなっても、正当防衛になります。……敵に同情するのはやめなさい」
 彼は床に座り込み、正面から向かい合う形を取った。逃げようとするサフィギシルの目を捕らえるように覗き込む。
「あなたは殺されるところだったんです。もしカリアラ君が助けに入っていなければ確実にやられていた。これからもこういうことは起こります。その場で必ず仕留めなければ、後々の危険を招くような相手も出てくる。そういう時は優しさを出してはいけません。情けをかけるべきではない状況というものも存在する」
 語る声は穏やかだが内容に甘さはない。ペシフィロは大人の言葉で言い聞かせる。
「あなたが人を死なせたくないのは知っています。でも、そうは言っていられないこともあるんです」
 サフィギシルは、ペシフィロにはいろんなことを話していた。病んだビジスを死に至らしめかけたこと。それ以来、記憶を封じられている時ですら、人の死にひどく恐怖を感じていたこと。だからこそ共に陸にさらわれ尾を裂かれたシラを助けに向かったのだ。ビジスのことがなければ、見知らぬ人魚を救いに行くなど絶対になかっただろう。そういった感情の理屈まで、彼には全て話していた。
「夜のうちに、街で騒ぎを起こしていた犯人も捕まりました。取調べの結果、あなたを襲ったジェイク・フロウの偽者とも関わりがあることを吐いています」
「あの人、協会員じゃなかったの」
「ええ。本物のフロウ氏は街の隅で拘束されていました。護衛の仕事に向かう直前に襲われ、指輪と腕章を盗まれたそうです。偽物とその仲間は街中で作品を暴走させ、あなたを守る警備が手薄になるよう仕組んでいたようです。敵の姿が見えてきました。昼からは、また彼らに問い詰めて、更なる調査を進める予定になっています」
 事態は快方に向かっているはずなのに、ペシフィロの表情は暗かった。顔色はサフィギシルと変わりがないほどに悪く、目の下にはくまができている。ほとんど眠っていないのだろう、座り込む姿勢にすら疲労がこびりついて見えた。
 ペシフィロはうつろな仕草で眉間を押さえる。振り上がった服の袖に、赤いしみがついていた。わずかに泥の混じるそれは不穏な気配を漂わせる。サフィギシルは何気なく聞き流していた言葉の意味にようやく気付いた。――吐く。問い詰める。
「……血の臭いがする」
 身を引きながら呟くと、ペシフィロは動揺して素早く服のしみを隠した。それがなによりの肯定だった。
 サフィギシルはペシフィロから逃げるように距離を置く。穏やかな彼が捕まえた者に何をしたのか想像すると、今まで信じてきたものがすべて嘘だったような、騙されていたような気持ちになった。怯える瞳で彼を見つめる。ペシフィロは悲しげにこちらを見つめ返してくる。
 彼は一度目を閉じて、自分の中で一区切りをつけるように息を吐いた。
 顔つきから疲労を消して、強いまなざしをこちらに向ける。
「サフィギシル、優先順位をつけなさい」
 鋭く胸に飛び込むような、はっきりとした声だった。ペシフィロは迷いのない言葉を次々と重ねていく。
「あなたの一番大事なものは何ですか。絶対に失いたくない、渡せないものはなんですか。それを考えて、ひとつひとつ周囲のものを上から並べていきなさい。必ずあるはずです。これだけは、他の何に代えても奪われたくないものが。自分の中の意志でもいい。誰か周囲の者でもいい。絶対の優先順位をつけるんです。カリアラ君は、シラさんは、ピィスは、あなた自身は。刺客よりも上に位置しているはずだ」
 逃げ場もないほど直接に伝わる喋りはいつもの彼らしくなかった。サフィギシルはまるで両肩を押さえられているように身じろぎひとつできなくなる。
 ペシフィロはサフィギシルを捕らえたままはっきりと言いきった。
「守りきれないものは捨てなさい。あなたにはまだ全てを庇うだけの力はない」
 サフィギシルは泣きそうになるのをこらえた。握りしめていたものがほろほろと崩れ落ちて、手の中からこぼれていくような気がした。拳を固める。それでもまだ砂が流れていくように、何かが手中を去っていく。強くなればこれを引き止められるのだろうか。殺意を怖れず、血を怖れず、迷うことなく戦うことができるようになったなら。
 だが、どうしてもそんな強い生き方ができるような気がしなかった。
 怖かった。恐ろしかった。向けられた刃物と殺意が、壊されていくカリアラが、肩を抉られ血を噴きだした人の体が。戦うどころか、おそろしくて身動きすらできなかった。
 サフィギシルは改めて目の前の大人を見つめた。人当たりがよく、いつも困ったように笑う優しい人。話を聞いた今でさえも、それは変わらないように思える。ビジスならばともかく、彼が戦う姿など想像もつかなかった。
「ペシフさんは、一番大事なものを守るためなら、人を殺せる?」
「ええ」
 短い答えに迷いはなかった。サフィギシルは更に尋ねる。
「怖くないの」
「怖いです、とても」
 ペシフィロはきっぱりと言いきった。ぽかんとしたサフィギシルに向かい、真剣な顔で続ける。
「怖くてもいいんです。……恐ろしく感じなければいけないんです」
 翳りを感じる言葉と共に、表情にも憂いが落ちた。ペシフィロはふと視線を落とし、驚いたように言う。
「どうしたんですか、それ。右手」
「え、ああ。あいつの修理に魔力ほとんど使い果たして……」
 サフィギシルは布張りの木肌と化した手を背中に隠した。嘘をついたわけではない。カリアラの修理にあるだけの魔力を費やしたため、自分の外観を整える余力がなくなったのだ。睡眠を取れば元に戻すことができる。家を囲む封印も再びかけることができる。
 だがこの手は見られたくなかった。サフィギシルは腰に回した右手を左手で包み込む。ペシフィロは疑うような顔をしたが、すぐに諦めたように息をついた。
「少しでもいいから休みなさい。昼までは私も時間があります。封印がなくても、敵が来たら私がなんとかしますから」
「ペシフさんは寝ないの」
「寝ますよ。侵入者があれば目が覚めるように軽く術を掛けておきます。だから安心しなさい」
 気がつけば彼の言葉はやわらかい命令調になっている。これ以上逆らったらどうなるだろう、この人でも怒ることがあるのだろうか、と少し興味をそそられたが大人しくうなずいた。
「ごめん、ソファでもいい? もうどこも空いてなくて」
「ええ。では、術をかけてきます」
 ペシフィロはそう言って立ち上がるが、疲れた体は頼りなくよろついた。食器戸棚に手をついて少し恥ずかしそうに笑う。
「もう歳ですね、私も」
 サフィギシルもつられて苦笑するが、実際のところ三十六というのはどのぐらい歳を感じるものなのか、ビジスばかり見てきた彼には判断がつきかねた。



 眠れるものならとっくの昔に眠っている。サフィギシルは胸のうちで呟いた。
 体はもう限界まで疲労を抱えていた。少ない魔力は部品の動きを悪くする。腕をふれば関節がみしりと軋んだ。足元がふらついてまっすぐに歩けない。ペシフィロを笑っている場合ではなかったようだ。いつも通りの家の廊下が今日はいやに長く感じる。
 だがそれでも眠れなかった。頭の中がさまざまな想いでいっぱいで、どうしても寝付けなかったのだ。ため息すら出ないほどに胸のあたりが重苦しい。体よりも気持ちのほうが何倍も疲れていた。
 カリアラの負った傷はあまりにも酷かった。刃を差し込まれた外皮自体の傷は小さい。だが乱暴にかき混ぜられた体の内部は大部分が破損していた。血管にあたる特殊な糸はことごとく断ち切られ、木製の細かい部品は無惨なまでに潰されていた。動力源となる魔石にはひびが入り、割れている部分すらあったほどだ。
 体の中を剣でかき回されたのだ。どれほどの激痛だっただろう。どんなに苦しかっただろう。
 それなのにカリアラは目を覚ましても怒らなかった。
 怪我を負った原因の上、助けもせずに傍観していたサフィギシルを責めなかった。

 ――よかった、無事だな。

 カリアラはそう言って、傷ひとつないサフィギシルを見て嬉しそうに笑ったのだ。
 サフィギシルはどうしていいか解らなかった。お前、なんで笑うんだよ。刺されたんだ、死ぬところだったんだ。痛かっただろ苦しかっただろ。そんな言葉が頭の中をぐるぐる回って何も言えなくなってしまって、胸がつまって喉の奥までいっぱいで、呼吸すらできないほどに苦しくて悲しくて。
 泣くのを我慢していると、カリアラは体を起こして心配そうにこちらを見つめた。
 サフィギシルはあまりにもまっすぐなその目に耐えられなくて、衝動的に彼の体を突き飛ばした。
 修理の終わったばかりの体は勢いよくベッドに倒れる。サフィギシルはどうしていいか解らなくて、その場にいられなくなって、振り向きもせずに逃げ出した。逃げて、逃げて、ふらつくままに居間を抜けて短い通路にたどりつき、崩れるように座り込んだ。ふるえる体を抑えるように、小さく小さく丸まった。
 そして、朝が来て、ペシフィロが来て、今に至る。
 どうしても謝らなければいけなかった。傷を負わせてしまったことと、突き飛ばしてしまったことを。
 謝って、助けてくれてありがとう、と言わなければいけなかった。
 だがそれなのに作業室を目の前にして一歩も動くことができない。近づいて、ドアを開けて、更に奥のカリアラがいる部屋まで進まなくてはいけないのに。
 サフィギシルは開けるべきドアの前で立ち尽くす。ノブを見つめる。そうしていても開かないことは知っているのに、と自嘲したその時。唐突にノブが回り、勢いよくドアが開いた。
 驚いた視線の先には同じぐらい驚くシラが立っている。そういえばカリアラが起きたことをまだ伝えていなかったのに、いつの間に下りてきたのだろう。上の階でピィスと共に眠っていると思っていたのに。
 ノブを握るシラの顔はみるみると怒りの色に染まっていった。またしても驚いて何事かと見つめると、シラはふいと顔をそむけて早足に去ってしまう。義足の調子が悪いのか、いやにきしむ音がした。後で直さなければと思う。
(……俺、怒られた?)
 しかし原因はどこにあるのだろう。思い当たる節があまりにも多すぎて逆に悩むが、結局は思いつく限りの理由すべてなのだろうと考えた。気の重さが何倍にも増加する。
 だが、ドアは開いた。修理を終えてそのままの、嵐が通り過ぎたような作業室が見えている。サフィギシルは覚悟を決めて中へと入った。限りなく静かにドアを閉める。物音を立てないように、転がる道具や部品たちを迂回して進んでいく。抜き足、差し足。
 カリアラのいる奥の部屋のドアは閉まっていた。サフィギシルは目的地を前にして進路を変える。壁に添ってぐるりと部屋を一周した。それでもまだ落ち着かなくて、もう一周、更に一周。
 そこまでするといい加減に体の疲れが限界を超えかけて、ようやくドアの前に立った。
 ノックをしようと伸ばした手がぴたりと止まる。ただでさえ苦しい胃が石を詰めたように重くなった。手が動かない。ただ木の板を軽く小突くだけなのに、どうしてもそれができない。
 かと言って、いまさらどこかに逃げたくない。
 サフィギシルは悩んだあげく、ドアに背を預けて座った。音を立てないよう、そっと静かに。
 だが座り込んだ途端、中から声をかけられる。
「サフィ、何やってんだ?」
 きょとんとした表情が目に見えたような気がした。努力を水に流されて、サフィギシルは思わず大きな声を出す。
「なんで解るんだよ!」
「うろうろしてた」
 回答はあまりにも簡潔で、ああそうだよなこういう動きをするやつは俺ぐらいのもんだよな、とやさぐれた気分で頭を抱えた。どうしてこいつはこんなにも耳がいいのだろう。そして何故いつも通りの喋り方なのだろうか。調子が狂って仕方がない。
「こっち来ないのか? おれが行こうか?」
「いい、来るな!」
 思わず鋭く拒否したあとで、しまった、と口を押さえる。カリアラは何も言わない。こちらも言葉が見つからない。重苦しい沈黙が二つの部屋に降りてきたような気がした。背を預けたドアの向こうが重くのしかかってくるような気がする。胃まで重い。胸が苦しい。
 あまりにも馬鹿な自分が嫌になってうなだれたその時。
 ドア越しに物がぶつかる音がした。続けざまに、すぐ側からカリアラの声がする。
「シラに何か言われたのか? 大丈夫だったか、怒ってただろ」
 その言い方があまりにもいつも通りで、薄いドア一枚挟んだだけの至近距離から聞こえてきたので、ふいにとてつもなく泣きたくなって、強く歯を噛みしめた。心が落ち着くだけの時間を置いて、できるだけ平然とした声を出す。
「別に、怒られてはいないけど。何があったんだよ」
「おれは怒られたんだ。後で謝らなきゃいけない」
 カリアラもまたドアを背にして腰かけているのだろう、声がすぐ耳元に伝わるのがむずがゆくて落ち着かない。足を伸ばして姿勢を低く崩してみると、相手の声は頭上に響いて丁度いい具合になった。声は上から降ってくる。まるで背の高い人と会話しているようだ。
「何やったんだよ、お前」
「シラがな、無茶するなって言ったんだ。でもサフィは守れたぞ、って言ったら怒られた。それでな、シラがな。おれと、シラと、サフィだったら、どれを一番守らなきゃいけないと思うかって聞いてきたんだ」
 どきりとしたのはペシフィロの言葉を思い出したからだ。優先順位。何を一番大事にするか。
「それで、なんて答えたんだ」
 当然の如くシラだろうと予測をつけて尋ねると、カリアラは当たり前のように答えた。
「サフィだって言った。そしたらものすごく怒られた」
 瞬間的に、それは怒られるに決まってるだろうと考えて、その後でとてつもなく驚いた。
「はあ!? なんで! なんで俺!?」
 唐突な大声に、ドアの向こうでカリアラがびくりと固まる気配がする。サフィギシルは困惑のまま早口でまくし立てた。
「そんなこと言ってるから敵にやられるんだよ! 何やってんだよお前自分のことも考えろよ、シラのことも考えろよ! あんな大怪我してまだそんなこと言えんのか!? 痛かっただろ死ぬところだったんだぞ! なに無茶やってんだよ、いつもそうやって無謀ばっかりで、怪我して、死にかけて、あんな、あんな体ぐちゃぐちゃになって……」
 喋るうちに趣旨が変わり、胸が詰まって喉までいっぱいいっぱいになり、思わず深呼吸をする。続けた言葉はしぼり出すようになった。
「なんでそこまでするんだよ。……なんで俺を守るんだ」
 カリアラは迷いもせずに答え始めた。
「だって、」
 その後に続いたのは、短くて、簡単で、あまりにも当たり前の理由。サフィギシルは目をみはる。じっと手のひらを見つめた。縫い合わせた人工皮には血がこびり付いている。指のまたは破れて木肌が見えている。木にも血が染みついて、既に茶色く変色していた。カリアラを刺した敵の血だ。随分と前に治療したシラの血も混じっている。
 血は嫌いだ。何よりもおそろしいから。だから、倒れるカリアラを前に躊躇してしまったのだ。
 カリアラはそんなことなど覚えているかも危ういほどに、しがらみなく話を続ける。
「あのな、おれはどれだけやられてもいいんだ。お前が直してくれるから。目が取れても、足が取れても、お前が絶対直してくれる。だからおれはどんなに噛みつかれてもいい。お前が生かしてくれるから」
 頭の上から聞こえる声は悲しいぐらいに暖かかった。まるで背の高い大人と話しているようだ。自分が小さな子どもの背丈になったようだ。カリアラは淡々と言葉を続けた。
「痛いのは我慢する。だからな、お前もシラの文句を我慢してくれ。それはおれには止められないから」
 ああ、確かにシラには山というほど怒られそうだな、と思った。カリアラを盾にして、奥に隠れて守ってもらって。そうやって、自分だけは無傷のままのうのうと生きていく。シラでなくても怒るだろう。
 誰だってそんな生き方は嫌だ。絶対に。
「カリアラ」
 口を開くと涙が滲んだ。喉から声をしぼり出す。
「俺も戦いたい」
「うん」
 相づちはひどく力強くて、暖かくて、抑えてきたものがこらえきれずにどっとあふれた。視界が水の中に沈む。涙が顔を濡らしていく。泣きじゃくりながらも言い足りなくて、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「戦いたいんだ」
「うん。おれも、ずっとそう思ってたんだ」
 落ち着いた彼の言葉の意味には思い当たるものがあって、それに気がついただけで涙が次々あふれてしまう。どうしようもなくなって、サフィギシルは嗚咽を上げて泣きじゃくった。
 泣き始めると本当に子どもになったような気がする。背も縮んで、ちっぽけな体になってしまったようで、自分のあるべき大きさはこれぐらいだと嫌でも思い知らされる。
 まだ声を殺して泣くすべを知らない。小さな小さな子どものような、無様な泣き方しかできない。
 伝えたいことがあるのに、言わなくてはいけないことがあるのに、何も言えなくなってしまう。
 だから泣くのは嫌なのに。
「サフィ、大丈夫か? どうしたんだ、そっち行こうか?」
 泣きながらも開けさせまいと必死になってドアを押さえた。がちゃがちゃと騒がしく動くノブを懸命に逆に回す。サフィギシルは声を上げて泣きながら、何やってんだろうと馬鹿馬鹿しくなるぐらいに真剣な攻防を繰り広げた。
 だがしばらくするとカリアラは諦めて大人しく座り直し、サフィギシルもまた線対称に座り込んで泣き続ける。やがてそうしているうちに、疲れが出たのか二人揃ってそのまま床で眠ってしまった。
 昼になってピィスに発見されるまで、夢も見ずにぐっすりと眠りこけた。


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