第二話「魔術技師協会」
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「どうしたんですか?」
 家の中に入れるなり、ペシフィロは驚いたように言った。サフィギシルは青ざめているらしい自分の顔に手をあてる。
「……別に。ちょっと、寝不足で」
「ああ。……こんな状態ですが、国も私も、なんとか敵を捕まえようと全力で動いています。まだ安心しろとは言えませんが、せめて安全でいられる場所ではゆっくりと休んでください。心配して体を壊しては意味がありませんから」
 いやあんたの娘が真夜中まで眠らせてくれなかったんですが。と言ってしまえば、彼が必死で頭を下げるのは目に見えているので、大人しくうなずいておく。どちらにしろ原因の半分はシラにあるうえ、いま顔色が悪いのは彼女たちのせいではない。
 ペシフィロは心配そうに尋ねてくる。
「今日も外に出るんですか」
「うん。技師協会まで行かなくちゃいけなくて。でも、護衛の人がついてくれるから」
「ええ。ですが、一応」
 彼はそう言いながら鞄をさぐり、布で包んだ細長い塊を取り出した。
「……あまり、こんなものは持たせたくないんですが。護身として使ってください」
 受け取ると、ずしりと重く手に沈む。布をほどくと、装飾のない鞘に収められた短剣が現れた。柄にも凝った飾りはなく、暗い色をした布がきつく巻いてあるだけだ。あくまでも実用のための小さな凶器。抜いてみると、包丁などとは全く違う、磨き尽くした鉄の色が恐ろしく目に染みた。
「シラさんは、刃物は扱えますか」
 サフィギシルは焦るように鞘の中へと戻しつつ、迷いもなく頷いた。多分自分の何倍も上手く使うことだろう。ペシフィロは先ほどのものよりも一回り小ぶりな剣を差し出した。
「ではこちらも渡しておいてください。カリアラ君は……やめておいた方がいいですね」
「うん、何があっても持たせちゃいけないと思う。ピィスのは? もう渡してあるの?」
 受け取ると、やはり重い。緊張を見取られないよう平然と尋ねれば、ペシフィロは気まずそうに緑の目をさまよわせる。
「いえ、あの子は、刃物は。……できるだけ、それは見せないでやってください」
 いつも穏やかな顔の上に、暗い影が差しかかったような気がした。不思議に思って見つめると、ペシフィロは弱めた瞳で馬鹿正直にこちらを見つめ返してくる。困り果てた表情にはさまざまな想いや言葉が浮かんでいて、ああこの人は隠し事ができない人間なんだな、と思った。
 なんだか申し訳ないような気がして、話の筋をわずかにそらす。
「あいつ昨日から平気で外に出てるけど、いいの?」
 こんな状況だというのに、ピィスはごく普通に家と外とを行き来している。昨日の朝もこの家までひとりで歩いてきたというし、泊まりのための荷物を取りに自宅まで戻っていた。サフィギシルと違って直接に狙われているわけではないが、こちらに深く関わっているため危ないことに変わりはない。
 だがペシフィロは苦笑して言った。
「あの子には、私なんかよりもずっと強い人がついていますから」
 その笑みは見慣れた優しいものとは違い、自嘲気味に歪んでいた。
 言葉の意味を尋ねる前に、彼は態度をひきしめる。
「いいですか、敵が来たら全力で逃げてください。その剣はあくまでも非常手段です。今はまだ戦って勝つ見込みはない。絶対に、無茶だけはしないように」
 いつになく真剣な言葉に背筋が伸びた。サフィギシルは息を呑み、重くうなずく。ペシフィロもまた確認のようにうなずくと、ほっと小さく息をついた。
 それにつられて緊張がするりと抜ける。こわばっていた体が随分と楽になる。
 これがあるからペシフィロとは気楽に顔を合わせることができるのだろう。ジーナはいつも気を張りつめていて、接するこちらも不安な気持ちになってしまう。彼女はけして息を抜かない。少なくとも、自分の前にいる時は。
「ところで、ジーナはどうしていますか」
 思わずぎくりと肩が揺れた。ペシフィロは更に尋ねてくる。
「どこか具合が悪そうだったり、つらそうだったりしていませんか」
「そんなこと言われても、あんまり、よく見たりしてないし……でも、元気なんじゃないの」
 質問に答えられるだけの記憶がないことに気づき、語尾は弱くしぼんでいった。気まずくなって目を落とす。ペシフィロは困ったように黙り込むが、しばらくの間を置いてゆっくりと語り始めた。
「普段から元気そうに見える人の方が、実際には脆かったりするんですよ。彼女は思いつめる性格ですから……怖がらないで、少しずつでもいいので話をしてあげてください。難しいとは思いますが、あなたたちにはそれが必要なんです」
 そうなのだろうか、と思う。だが認められるだけの情報はなく、思い出すのは自分に対して厳しく当たる気の強そうな彼女の顔だけ。脆い、と思える姿は今まで見たことがなかった。
 不安なまま顔を上げると優しい笑顔に迎えられる。ペシフィロは穏やかにこちらを見つめて言った。
「受け入れてあげてください。あの子は、あなたのためにここに戻ってきたんですから」
 思いもしていなかった言葉に、サフィギシルはぼんやりと彼を見つめる。視線の先でペシフィロは励ますような顔をしている。昨日ピィスが見せたものと同じものだ。小さな子どもに優しく対する大人の表情。そう考えて、ふと、彼がジーナを『あの子』と呼んでいることが、なんだかひどく不思議に思えた。
「あのさ、ジーナさんって」
 だが続く言葉が見つからず、開いた口を弱く閉じる。
「なんですか?」
 訊きたい事はたくさんあった。彼女のこと、ビジスのこと、“前の”サフィギシルのこと。だが解らない事があまりにも多すぎて、どれも形を作る前にするりと手を抜けていく。
「……なんでもない」
 結局は、もどかしさから逃げるように考えることを放棄した。具体的な悩みは消える。残されたのは二人に落ちる気まずい空気。ペシフィロは迷うようにしていたが、ふと時間を気にするようにドアを見た。
「では、すみませんがこれで。……もうしばらくは警戒が必要です。私もあと何日かは時間を取ることができません。あの、その間、あの子をここに置いてやってくれませんか」
「うん。別に、いつものことだし」
 どちらにせよピィス自身もそのつもりでいるようだ。騒がしいが家の中を賑やかにしてくれるので、不安を紛らわすのには丁度よかった。
「ありがとうございます。本当に、十分に気をつけてください。くれぐれも無茶はしないように」
 うなずくと、ペシフィロは深く頭を下げる。そして短く別れを告げると封印の外へ出て行った。
 彼の姿が消えた途端、手の中の剣が重みを増した。サフィギシルは同じだけ沈む気分を胸に抱えて踵を返す。ピィスもシラもまだ奥の部屋で眠っている。ひとまずは二人を起こし、言われたことを伝えなければ。ひとりでは耐えられないほど不安になっていることに気付き、指の先が小さく震えた。
 恐怖心を抑えるように短剣を握りしめる。だが生まれて初めて手にした凶器は、逆に重く腕を引いた。

     ※ ※ ※

 外へと送り出されるがまま、二重にかかる封印の術を抜けた。二つの壁を越えてしまえばもう家は見えなくなる。すぐそこにあるはずなのに、目が眩むほどに濃密な霧が姿を隠してしまうのだ。彼らを守るための術が働いていることを確認し、ペシフィロは息をついた。
 ここ数日で空気はかなり冷え込んでいて、風が吹けば鳥肌が立つほどだった。この息が白くなるのもそう遠くはないだろう。ペシフィロは周囲を軽く見回すと、静かな声で“彼”を呼んだ。
「なな」
 背後でかすかに空気が揺れる。素早い動きで振り返り、慎重に気配をさぐるが人影どころかささやかな呼吸でさえも感じることはできなかった。誰もいない。少なくとも表面上は。
 ペシフィロは誰もいない空き地に向かって話しかける。
「いるんでしょう。……そのままでいいので聞いてください」
 夏の間に伸びた草が風をうけて小さく揺れた。音はない。ペシフィロは高く生えた草溜まりを見つめて言った。
「彼らを守ってくれませんか。ピィスだけではなく、他の子たちも」
 願うように、囁くように。だがささやかな呟きをかき消すように、かすれた声がその場に響く。
「あなた達は我々の主ではない」
 異常なまでに抑揚のない、低く途切れる男の声。冷たい風に混じるそれに寒気を覚え、ペシフィロは硬く身を締めた。緊張する肌を撫ぜるように、硬質の声がその側を通り過ぎる。
「我々は主の言葉しか耳にすることが出来ません。ご理解を」
「……解っています」
 頭が自然と下を向くのはやるせなさのあらわれだろうか。それとも、気持ちとは逆に何も言えない無力さへの悔しさからか。ペシフィロはさまざまな言葉を胸のうちに押し込んで、短く、小さく、吐き出した。
「ピィスを頼みます」
「言われずとも」
 耳元で呟かれる声に感情はなく、まるでただ風のうなりが通りすぎたように聞こえた。
 ペシフィロは強く拳を固める。そして虚空を睨みつけると、やり場のない感情をぶつけるように早足でその場を去った。

    ※ ※ ※

「なーにが多忙だ! あのッ腰ぎんちゃくが!!」
 執務室のドアを開けるなり、ジーナは激怒あらわに叫んだ。部屋の中で待っていたカリアラはびくりとして鉛筆を取り落とし、アリスはのんきな声で訊く。
「まーたネチネチ苛められたんですか」
「ああ苛められましたとも。『外出届は何枚でも喜んで出しますよ。でもたかだか一体の作品ごときに部屋をあてがうなんてねえ。貴女でもお人形に入れ込むことがあるんですね』だと!」
「あらー、絶好調」
 怒涛の如くに愚痴を吐いても、アリスはただのんびりとやる気なく流すだけ。ジーナは怒りが治まらないまま室内を見回して、学習机にきちりとついたカリアラに目をつける。がさつな動きで彼の隣に椅子を置き、力強く座り込むと一方的に喋り始めた。
「いいかカリアラ。今夜お前の寝床がないのも、食事が異様に粗末なのも、夕食が出ないのも、きっちりと時間を決めて危険な外に放り出されてしまうのも、全部技師対策第一課のフィダー課長のせいだからな。覚えておけフィダー・ヨーズだ。くせ毛を無理に濡らしてなでつけて、額まで薬でべたついているにやにや笑う小男だ。そいつが意地悪をするから色んなことが滞るんだ!」
「そうか。おれ今日は寝るところがないんだな」
「問題はそこじゃない。もっと話の全体を聞け全体を!」
 ジーナは苛立ちのまま机を手で激しく叩くが、カリアラはどうして彼女が怒っているのか解らずに首をかしげる。いやに遠く離れた場所からアリスが歌うように言った。
「ようするにー、先輩はカリアラ君のために動いたけど全部却下されたのよー」
「そうなのか?」
 カリアラがきょとんとして見つめると、ジーナは気恥ずかしそうに口を結んだ。
「まあ、そうだ。言っただろう、部屋ぐらいはなんとかするって」
「でもだめだったんですねー」
 容赦のないアリスの言葉に、浮かびかけたジーナの気分はまた怒りの中に沈む。
「そうだ。余ってるんだから仮眠室のひとつぐらい貸してくれてもいいじゃないか。こっちが腰を低ーくして頼んでるのにあのくされ脂性! 『ビジス・ガートンもいないのに、いつまでもお姫様扱いはしていられないんですよねえ』だと! 誰が姫だ、私は正規の手順をふんで、ごく普通に申請したんだぞ!? 今までだってビジスの権威を振りかざしたことなんて、一度も…………」
 そこでふと何かを思い出すかのように、視線を上の方へと飛ばす。ジーナはいやに弱い顔をして、取り繕うように言った。
「よ、四回ぐらいしかないぞ?」
「ありすぎですー」
「四回は多いな」
 数字に弱いカリアラにすら否定されて、彼女は引きつる頬を押さえて気まずく目をうつろわせた。
「あ、あるなぁ。結構あるなあそう言えば。『いい部屋に置かせて貰ってるんだから相手をしろ』としつこい上役がいたから、あえて奥の部屋に誘い込んでベッドも出てきてさあ身の危険! というその時にビジスが出てきて間男成敗。とか」
「うわあとってもドタバタ劇ー」
「他にも色々とやったなあ……。ビジスもわざわざ立ち位置まで計算して出てくるし、ってそれはいいんだ。そうじゃない、そうじゃなくて……ああ、フィダーたちには気をつけろと言いたかったんだ」
 ジーナは迷わせていた目をカリアラに向け、真剣な顔で語り始める。
「覚えてるか。初めてここに来た夜、お偉方に挨拶をしただろう。上の階の広い部屋だ。そこにいた中でも、特にしつこくねちっこく触ってきた親父がいるだろう。やたらと大きな黒いひげをしている奴だ」
「ああ、あの腕とかずっと叩いてきたやつか」
 思い当たった彼の言葉に、ジーナは強くうなずいた。
 ここに来た一日目、カリアラは上層部の人間たちに挨拶をさせられている。したことといえば言われた通りにお辞儀をして元気よく名乗っただけだが、それでも外見だけなら完全に人に見える彼は驚きをもって迎えられた。とりわけ黒々とした口ひげが目立つ男は、サフィギシルの腕を確かめるためか、カリアラの体をしきりに点検していたのだ。
「それがオルド副会長。組織の中では二番目だが、反ビジス派としては総長のようなものだ。協会中のビジス派を一掃しようと企んでいて、つまりはサフィギシルを不利な立場に追い込んでいる元凶と考えていい。ようするにお前たちの敵だ。覚えとけ」
「そうか。そいつが邪魔なのか。倒した方がいいのか?」
「駄目だ。私としてもブン殴りたいのはやまやまだが手は出すな。サフィギシルに迷惑がかかる」
「そうか。わかった」
 素直にうなずくカリアラに、ジーナもまたうなずき返す。彼女は真面目な顔で続ける。
「最初に言ったフィダー課長はそいつの手下で、権力に小回りが効く分直接的ないやがらせをしてくるからな。そっちにも気をつけろ。でも絶対に噛みついたりするんじゃないぞ」
 真剣な彼女の様子に答えるように、カリアラは真面目な顔で言った。
「わかった。残さず全部食えばいいんだな」
「違う! そんなまっすぐな目で黒いことを言うな!」
 野生じみた解釈にジーナは身を引いてしまう。カリアラはきょとんと彼女を見つめて言った。
「えっ、違うのか? だって昨日、出された飯は全部食えって」
「人間を全部食ってどうする! ああもう、これだからピラニアは……」
 青ざめたまま彼から距離を置こうとして、ジーナは目をやった先に一枚の紙を見つけた。質は悪いが大きなものだ。その上にはへびかミミズがもがき苦しんだような、不気味な形の線が数本。
「お前、それは何のつもりだ?」
「字だ」
 カリアラは支給された鉛筆を手に断言する。
「もう一度訊く。この素敵に幾何学的な紋様は何事だ?」
「字だ」
 彼は冗談のかけらも見えない顔で力強く言い切った。
 ジーナは紙に広がる奇妙な字と同じぐらいに曲り曲った顔をして、カリアラと彼の手もとと紙の上をじっくりと見比べると、表情を緩めないままぎこちない声で言った。
「どうやって書いたか見せてみろ」
 カリアラはこっくりとうなずくと、鉛筆を両手のひらで挟んで持つ。そしてそのまま腕を伸ばし、ぷるぷると震える手つきで紙に文字を描き始めた。
「お、お前はどこの誰の動きを見てそういう結論に至ったんだああ?」
 ジーナは魂を吐くように言う。脱力する彼女の後ろでアリスが呑気に手を挙げた。
「すみませーん、あたしが教えちゃいましたあ」
 絶句して見つめるジーナにアリスはとろけた声で言う。
「だってほらー。面白いほうがいいかと思ってー」
「こんな不気味な面白さを求めるなーっ!」
 振り向いて叱っていると、背後からカリアラの奇妙な歌声がする。
「いちという字はあ〜、ゆっくりとー、線を引いて〜」
「なぜ歌う!?」
「だって歌いながらの方が覚えやすいかと思ってー」
「そのせいで線を歪ませてどうする!」
 だが怒鳴ってみてもアリスに気にする様子はない。カリアラはまだ歌いながら震える線を引いているし、自分の動きの間違いに気がつきもしないようだ。上層部どころか協会内のいたるところで反ビジス派が大きな顔をしているし、こちらが対抗しようにも、サフィギシル自身もその作品もこれほどなく頼りない。試験まであともうひと月もない。今夜はろくに寝る場もない。
「……ペシフィロに逢いたい……」
 ジーナは机の角に伏せて嘆いた。弱々しい声で続ける。
「呑み屋に連れ込んで延々と愚痴を吐きたい。無理やりに酒を飲ませて弱らせて遊びたい。のしかかって服の中に手をつっこんですけべ親父のような台詞で辱めた挙句に丁寧語で優しく叱られたい」
「せんぱーい、それは実話ですかー?」
「実話どころか昔はほぼ週一で。でもペシフのくせにえらくなって、仕事も忙しいし娘は現れるしで全然遊んでくれないし。私よりもピィスの方が大事とか言いくさって。まあそういうところがいい所なんだが、それでも長く逢ってないと寂しくなるし。ああ生きた精神安定剤として側に置いておきたい」
「先輩にとってペシフィロさんって何なんですかー?」
 ぶつぶつと呟く言葉にアリスが呆れた声を出す。ジーナは顔を上げるときっぱりと言い切った。
「子分だ」
「うわー、子分ですかー。カリアラ君、ペシフィロさんは子分なんですってー」
 わざとらしく言うアリスを見てカリアラは首をかしげる。だがジーナはそんなからかいにもひるまない。
「本人が子分でいいって言うんだから子分だろう。そもそも奴はビジスが私にくれたんだ。でも後でやっぱり返せといわれて、結局は二人で半分こということになってしまった。今考えたら完璧に物扱いだが、まあこれも私たちなりのペシフに対する愛の形だ。好意がある上での行為だからな」
「先輩はペシフィロさんのことが好きなんですかー?」
「ええもう大好きだとも。人生で二番目に好きだ」
 ジーナは恥ずかしげもなく言いきると、ゆっくりと体を起こす。愚痴に飽きてしまったのか、その表情に弱さはなかった。疲れを追い払うように腕を伸ばす。アリスはそれをぼんやり見上げながら尋ねた。
「一番はビジスさん?」
「そうだ。言っておくが私にビジスを語らせたら長いぞ。夜が明けても語り続ける」
「結構ですー。じゃあ、前のサフィギシルさんは何番目なんですか?」
 伸ばした腕がぴくりと揺れた。ジーナの顔が凍りつく。彼女は嫌なものを見る目でアリスを睨みつけていたが、小さな声で吐き捨てた。
「最下位」
 苦々しい毒に触れてしまったように口元は大きく歪む。雰囲気が暗く濁る。
 ジーナは気を落ち着かせるようにしきりに膝をなでていたが、ふと指にはまる指輪を見ると哀しげに目を弱める。指輪をした中指を隠すように手で包み、ぐっと強く拳を固めた。
 カリアラは心配そうに彼女を見つめる。アリスは無関心な瞳で二人を眺める。ジーナは目を膝の上に向けたまま、取り繕うように言った。
「……仕事をしよう。無駄話をしている時間はない」
 だがそう言ったあとも、しばらくの間彼女の視線は手の上から動かなかった。


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