第3話「ビジス・ガートン」
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 シラの指が、体の中を這うようにして探っていく。すぐに小さな装置へとたどりつき、軽い音で胴体の痛覚が切り離された。呻き声や暴れた手足がぐったりとソファに沈む。元々、石の重みで抵抗にまでは至らない、ささやかな反応でしかなかったが。
 残ったのは痛みから来る荒い息と、呆然とした表情だけ。苦しみの余波を受けて落ちた涙を拾うように、シラはそっとサフィギシルのこめかみにくちづけた。
 上げられた彼女の顔には勝者の余裕。サフィギシルは自分の立場を改めて思い知らされる。狩る者とその得物。表情には悲しみと諦観が混じり合い、消え入るほどに弱っていく。
「……さ」
 開いた口はまごついた。石の重みに顔が引きつる。彼は声をひねり出した。
「最初から、わかってたって」
「ええ」
 シラは彼の髪をつまむ。目を伏せて眺めながら、ゆっくりと指でとかした。
「若くしての白い髪は、色素が薄いか魔力無しか二つに一つ。そしてあなたの目は深い青色。体の方もそれほど弱くはなさそうですし、後者の方がぴったりと来る。でも魔術を使っていた」
 手はサフィギシルの髪を離れ、彼女自身の服の中に入れられる。取り出したのは折りたたまれた紙が二つ。シラはその一つを開き、中身をつまんでサフィギシルに見せつけた。
「あの時切ったあなたの髪です」
 長く切られた白い髪。だがそれは、目を凝らせばほつれた繊維が見て取れる。綿をよって作られた糸。魔力をはらめば人の髪に酷似する素材。シラはもう一つの紙を開く。中に入っているのも同じ、作り物の髪の毛だった。金色のただの染め糸。
「これがカリアラさんの髪。時間が経ってしまって、同じように魔力が消えているでしょう? これが推測の決定打になりました」
 サフィギシルの口から、かすかな吐息がこぼれた。彼は絶望によどむ目で力なく彼女を見上げる。もう、抵抗を考えることすら諦めてしまっていた。
「少しは疑いを持ちましょうね。誰が何を狙っているか解らない。字は読めないなんて嘘を信じて、やすやすと資料室にも出入りさせて。無用心ですよ」
 シラは役目を終えた髪を放るとサフィギシルの体を降り、床に膝をくつろがせる。腕を彼の体に添わせ、のんびりと、服の裾をもてあそぶ。
「雑誌に、前のサフィギシルのことが書かれていました。その経歴から死した年まで何もかも。資料室には遺された設計図や端書までぞんざいに置かれたままだったから、人型細工の仕組みを知るには便利でした。もちろん、カリアラさんの修理作業からもしっかりと学びましたよ」
「でも、修理は途中までしか……」
「ええ」
 ささやかな抵抗を奪うように、やわらかい笑みを見せる。
「私が知りたかったのは、壊し方だけですから」
 表情とは違う冷ややかさに、サフィギシルはびくりと震えた。シラの指が彼の左胸に触れる。
「神経が脈打つのは、石に向かう魔力の動きが頻繁になったから。血液と同じですね。内部もほとんど人間と同じように作られている。そしてこの循環を断ち切れば、あなたの体は動かなくなり、命は溶けて消えはじめる」
 笑みが零れる。サフィギシルの恐怖を養分にでもするように、シラはますます喜色を濃くして美しさを増していく。
「後悔しないで。最初から、あなたが私に勝てるはずはなかったのだから」
 被害妄想などではない。明らかに顔色が変わっていた。頬にはほのかな紅が乗り、瞳は熱い潤みによって輝きを帯びていく。楽しげに上げられるくちびるは、鮮やかな艶をたたえた。
「人魚の主な栄養源は、人間の精力です。人の魔力と生命力、子を産むための雄の種。それがなければ生きていけず、種を繋げることも出来ない。何よりも生きるため、人魚の体は人狩りに都合のいい作りになっているの」
 微笑むと、甘い香りが漂った。サフィギシルの目がふと遠くに飛びかける。シラはそれを阻むように、彼の頬に手をやった。
「私の野生はあなたに強い」
 冷たい指の感触に、離れていた意識が戻る。彼の顔に何度目かの恐怖がよぎった。
「これは、香りの毒」
 耳元で熱く囁く。冷えていく彼の首筋に舌を這わせた。
 何かが焼ける音。サフィギシルは鋭い熱に反応するが、わずかな動きも石の重みに食い止められる。精一杯の抵抗は震えへと変わっていった。シラは彼の肌を舌先でなぞっていく。残るのは、焼けただれた赤い痕。鼻につく臭いが白い煙と共に立つ。
「これは水の毒」
 顔を上げ、サフィギシルに解るように舌を出した。その先から透明な液が粘り気を持って垂れる。落ちた先で彼の喉を軽く焼いた。苦しむ声は詰まり、咳き込む。
「香りは人の意識を奪い、判断力を無くす媚薬。人魚はこれで男を誘惑し、虜にさせて水の毒を飲み込ませる」
 シラは道のように伸びた傷跡を指でたどる。苦痛に歪む彼の顔を嬉しそうに眺めつつ、世間話をするかのように淡々と解説する。
「水の毒は人間の体を内部から溶かす強い毒。作り物の体だと焦げるんですね。本来は、あっという間に人の体を液体に変えてしまう。骨ですら残りません。私たちはそれを飲み、浴びて人の命を吸収する」
 サフィギシルは目を見開いた。シラは彼の言葉を読んで微笑む。
「そう。あの人たちもこうやって『狩った』んですよ」
 彼女を捕らえ、足を斬った人間たち。生暖かい水の張った手術室。無人と思われたそこは……。
「全部で五人。時間がなかった。それでも隙を見て、辛うじて飲用水に毒を混ぜた。運良く全員飲みました。でも薄れた毒が効果を出すにはとても時間がかかるんです。彼らが溶け始めたのは、私の足を裂いた後のことだった」
 サフィギシルが今までにない恐怖をあらわす。震えは音を立てるほどに、顔色は水面に墨を落としたように。こわばる目は落ちついたシラの顔に釘付けになる。
「苦しみながら怯えながら、暴れながらも彼らの体は確実に水になっていきました。もう私の方には目もくれず、血も肉も骨も全て溶かして消えてしまった。……でも、足りない」
 シラは静かに語り続ける。
「何も覚えてないというのは嘘。本当は全部覚えてます。私を連れてきたのは違う人。受け取ったのも違う人。全てを命じていたのも違う人。彼らはまだ平穏に生きている。どうして? 私はこんな体にならなければいけなかったのに。尾を切り開かれて、足をむりやり付けられて、こんなところに閉じ込められて。どうして私が人間にならなくちゃいけないの。どうして私が“食べ物”と一緒の体にされなければいけないの」
 その目は既にサフィギシルを見ていない。ただ虚空に向けられたまま、憎悪に歪む。
「人間は嫌い。大嫌い。どうして人間にならなくちゃいけないの。私は今まで通り平和に暮らしていたかったのに。川の中でずっと一緒に幸せに生きてきたのに。あのままで幸せだったのに、どうして壊されてしまったの。私の幸せは奪われたのに、どうしてあの人たちは笑っていたの」
「シ……」
「『大丈夫、怖くないから』ですって。何が大丈夫なのよ。『食べ物も暮らすところも心配ないよ』ですって。保護、観賞、歓迎される? 信じられない。あげくに手柄を先走って、経験もないくせに、足を付ける手術なんて。『失敗してしまったら、その時は環境に対応できずに死んでしまったことにしよう』『こんな無茶な話なんだ、何が起こっても諦めて下さるさ』『人魚なんて見つかったこと自体が奇跡なんだ』『泡になって消えてしまったことにしようか』『いいな。まるでおとぎ話のようじゃないか』」
 彼女の話はそこで切れる。静まった部屋の中に、重い空気が降りてきた。
「……何がいいのよ」
 うつむいた顔には疲れがこびりついている。サフィギシルは彼女を見ることができず、目をそらした。
「許さない」
 炎に炙られたように、シラの目に危険な色が浮かぶ。
 口の端がきつく上がった。
「もういいでしょう。足は動くようになった。ここを包む霧のしくみも、解く方法もわかりました。後は実行するだけです」
 床に置かれた鉄ばさみを手に取った。サフィギシルに目を向ける。その表情は憐れみに染められて、罪悪感がかすかに覘く。
「感謝の気持ちは本当です。あなたがいなければ私はきっと死んでいたし、生きていても、カリアラさんとは離れ離れのままだった。彼を人間にすることもできなかった」
 サフィギシルの服をめくる。彼は先を察して逃げようと必死にもがく。だが体は動かずわずかな震えが走るだけ。
「ペシフィロさんにも本当に感謝しています。あの頭の悪い人間たちを止めようと、懸命に動いてくれた。結局止めることはできなかったけど、あなたを連れて助けに来てくれました」
 刃が彼の肌を挟む。
「でも私は、彼の主君を殺しに行く」
「殺すって……そんなことしたら」
 歯切れのいい音がして、人工皮が切り開かれた。痛覚の消えた体の上で、刃先は平布を裁断するかのように、平然と皮を裂いていく。サフィギシルは直視できず目をつむる。
「ええ、何もかも壊れてしまう。復讐には少し大きすぎるでしょうが、そんなことは知りません。この場所がどうなろうと、人間たちがどうなろうと、私には関係ない」
 刃の擦れる音がした。シラは切り終った皮膚を開き、晒された体の内部を確認する。
「あなたにしたのと同じように取り入って、最後にはすべて溶かしてしまいます」
 指先で触れたのは、青く沈黙する魔石。点在する他の石よりもひときわ大きなそれは、人型細工の心臓部だ。左胸に隠されていた命の源。粘着めいた白い糸が包むように貼りついている。繭のようなその端に、はさみの刃が向けられる。
「だから、ごめんなさい。封印を解くためにはあなたの意識が邪魔になる」
 シラは、魔力を運ぶ神経を少しずつ断っていく。サフィギシルが悲鳴を上げた。シラは作業の手を止めない。
「睡眠よりも深くないと霧を消すことはできない。気絶よりも昏倒よりも、深く昏い眠りでないと……」
「駄目だ! やめてくれ!!」
「あら、あなたでも死ぬのは怖いんですね」
 サフィギシルは言葉を詰まらせる。
「消えたがっているように見えましたけど。……今気がついたんですか?」
 彼は何も言えないままに、シラを見つめる。彼女は視線を返さない。ただ刃先に向けたままで、低く呟く。
「馬鹿なひと」
 はさみが嫌な音を立てた。太い主要な神経が、その道を断たれたのだ。抗おうとするサフィギシルの手から力が抜けた。神経は迷いもなく切られていく。あと少しで心臓部が切り離される。そうすれば、彼の体は死に向かう。もう、声すら上がらない。声帯への魔力の供給が断たれたのだ。口だけが無音で動く。シラはそれを横目で見る。
 何も言わず、彼女は作業に意識を移した。
 包み込む神経が切り離されて、魔石の色が広々と現れる。研磨された青い宝石。深くに何かが潜むような、暗闇を呑んだ石。こびりついた糸の痕が均等に並んでいる。シラはその最後の一束に刃をあてる。
 サフィギシルが石の重みを振り払い、生きようとあがいて腕を振り上げる。
 シラは迷わず最後の糸を断った。空を掻いた腕は無機物となり、床に向けて倒れこむ。
「おやすみなさい」
 彼女の声は、部屋の中にやけに沁みた。

※ ※ ※

「家だ!」
 見張りの一人が声を上げた。リドーは彼の肩を小突く。
「わかってる。準備しろ、突入するぞ」
 林の中に潜むのは、リドーの率いる捕獲部隊。直属の命令を受けて急遽作られたものだ。さっきまで、彼らの前に広がっていたのは何もない空き地だった。だがまさに今、唐突に一軒家が現れて兵士たちは盛り上がる。
「ガセかと思ったのに、まさか本当にねぇ」
「うわー、俺心の準備出来てません」
「あ、やべ足痺れてるし」
「いいから黙れ! 中に誰がいるかわからない。わかっているのはあれがビジス・ガートンの家だということと、ペシフィロが中に何者かを匿っているということ、そして人魚が盗まれたままあの中にいるということだ」
 寄せ集めの新人たちを小声で諌め、リドーは現状を再確認する。
 口々に囁き合う部下たちに嘆息し、彼は一人眉をひそめた。
(『人魚だからな』……だったか)
 思い出すのは見張りの兵士が聞いた言葉。ピィスと共に家の中から出てきた男がそう言ったのだ。伝え聞いた特徴からして、カリアラと思われる。彼は非常に唐突に「ここに人魚がいる」と虚空に向けて示唆したらしい。
 「ここの封印、そろそろ解けそうだ」とも。
 罠なのか、それとも別の意味を持つのか。少なくとも上層部はこの小隊を送り出した。それは事実だ。そしてそれを率いることと、人魚を連れて戻ることが今の自分の役割だ。
「隊長、そろそろ」
「……ああ」
 準備は整っている。リドーは腰を上げ、佩いた剣を確かめた。
 静かにたたずむ家を睨み、令を下す。
「突入」
 男たちの駆け下りる音が響く。



 ドアに鍵は掛かっていない。足音が家に響く。それぞれが分散し、家中を警戒しつつ捜索する。リドーは入ってすぐ左にある広い居間に踏み込んだ。
「誰!?」
 響いたのは女の声。彼は立ち止まり、構える。女が、涙を流して床に座り込んでいた。おそろしく整った、どこか人外めいた顔。リドーは動揺から立ちすくむ。
「……ねぇ、助けて! このひと目を覚まさないの!!」
 涙をはらむかすれた声。赤らんだ目のふちからは次々と涙がこぼれる。
「あなたは……人魚、ですか?」
 リドーはつい敬語で尋ねた。近づくと、ソファに男が横たわっているのが見える。
 リドーは思わずその名を呼ぶ。
「サフィギシル!?」
 目を開いたまま微動だにしない人間。それは故人であるはずの、顔見知りだった男だ。右手はだらしなく床に投げ出し、左手はかけられた毛布を掴んでいる。眠っていたところなのか、ととっさに思う。
「どうして、私が人魚だったって……」
 彼女の足は確かな人の物だった。リドーはまずサフィギシルを間近に見る。そして息を呑んだ。
 横たわっているのは確かにサフィギシルに思えた。だが間近で確認すると、その体のあちこちに継ぎ目が見える。うっすらと木肌の形を浮かべる肌は、間違いのない人工皮。それは、完全に魔力の抜けた人型細工そのものだった。
 魔力の消滅は、その『作品』の死を意味する。揺すってみたが作り物のサフィギシルは動きもしない。
「……どういうことだ」
 長年の勤務で覚えた鑑定法で判別したが、やはり、もう。
「直して下さい! このひと、私を助けてくれたんです。足をつけて、面倒を見てくれました。なのに、急に動かなくなって……!」
「……無理です。もう、死んでいます」
 人魚は命の消えた手を握り、嗚咽をもらした。どうしてと繰り返す。リドーはわけがわからないなりに、彼女を慰めようとぎこちなく語りかけた。
「あなたは騙されていたんです。連れ去られてここに閉じ込められていただけでしょう。もう大丈夫です。行きましょう。あなたは丁重にもてなされる」
 声を聞きつけた部下が集まる。リドーは彼女を運ぶ旨を仕草で伝えた。
 不安そうに見上げる彼女を安心させるように言う。
「大丈夫です。さあ、行きましょう」
 人魚はぎこちなく微笑んだ。弱く震える口を開く。
「どこへ?」
 怯えたような彼女の目を見つめながら、リドーは力強く告げた。
「王城へ。国王陛下がお待ちです」

※ ※ ※

 兵士たちはシラを連れて騒がしく去っていく。ひとまずは保留と判断されて、サフィギシルは取り残された。シラがかけた厚い毛布を剥がされることもなく、隠された大きな傷を発見されることもなく、彼はひとり横たわる。
 その体に生きているものの気配はなく、まるでただのガラクタか家具の一部にでもなったようだ。彼はわずかな動きもなく、霧のかわりに現れた午後の日差しを浴びている。
 見開かれたままの目に、ぼんやりと魔力が灯る。凍りついた顔立ちがやわらいだ。
 彼の体のあちこちから、かたかたと軽い音がする。それは木々が擦れ合う音になり、糸が伸びる音になり、鋼にぶつかる音になる。まるで子どもの手による合奏のような不協和音。広がっていくそれに合わせて彼の体を魔力が薄く覆っていき……全てが止まった。
 その代わりに響くのは、堪えきれない笑い声。喉の奥がくつくつと音を立てる。
 サフィギシルは中途半端に人間に近づいた、修理途中の手で顔を覆う。隠しきれない頬のゆるみが指の隙間から覘く。彼はずり落ちるように毛布ごと床に降りた。笑みは既に大きく広がり、声高く笑い出す。
「ははは、ははははは」
 裂けた腹を苦しそうに抱えながら、声はますます高くなる。
「あはははは、ははははは」
 歪んだ目に狂気がよぎる。構うことなく笑い続ける。不気味な笑みは狂ったように部屋の空気を揺るがした。
 ソファの下に隠されていた鉄ばさみを取る。毛布を投げる。止まらない笑いを抱えながら、彼はハサミを強く握り、木敷きの床に突き立てた。
 鋭い音。笑みは止む。彼は床に深く刺さったハサミを離す。
「面白い」
 そして歪んだ笑みを浮かべた。

※ ※ ※

 カリアラはあせるあまりに道を失い、迷子になってしまっていた。見覚えのある場所になんとかたどり着いた頃には、五つ子の家を出てからかなり時間が経過している。カリアラは足を速めた。頭の中を埋めつくすのは、間に合うかという不安、そしてシラをどうやって止めるかという重大な悩みだった。
 彼はシラに逆らえない。逆らおうと考えたこともなかったのだ。初めての感情と思わず取った行動に、強く心を揺すられながら家へと走る。
(だめだ)
 胸のうちで繰り返す。
(だめだ、だめだ。だめなんだ、シラ)
 その思考はふつりと消えた。一軒の家が目に入る。封印されたはずの家。外からは見えないはずの。
「シラ」
 知らずうちに呟きながら、彼はそこへと駆け込んだ。



「シラ! サフィ!?」
 家の中は恐ろしく静まっている。カリアラは勢いよく一歩を踏み出し、そのままびくりと身を引いた。居間の中から人の気配。一人分の人間の。
 警戒しつつドアを開ける。目に入ったのはソファの背に軽く腰かけた、一人の男。
「……誰だ」
 見慣れた顔、白い髪。サフィギシルはカリアラの表情を見て、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「二度目だな、カリアラカルス」
 愉しそうに歪んだ微笑。カリアラは身をすくめる。警戒しながらサフィギシルの姿を取った、別の何かを見つめた。
「お前、前もいたな。夜に、あっちの部屋で」
「そうさ。さすがに野生動物だ。気配の違いを察したか」
 低く笑う。よく通る、空恐ろしく響く音。カリアラは彼に問う。
「誰だ」
 彼は初めて正面からカリアラを見た。まっすぐに見つめ返す真剣な顔に頬をゆるめる。
 男は強い敵意を楽しげに受けて名乗る。
「わしの名はビジス・ガートン。……ま、歴史に居座る天才とでも呼んでくれ」
 そして彼は、老獪な笑みを見せた。


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第4話「孤独な王様」に続く。