第3話「ビジス・ガートン」
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 翌日の午後、ペシフィロがやってきた。ピィスが風邪を引いて出られなくなってしまい、代理として手紙を預かってきたのだ。手紙はカリアラ宛てになっていたが、字が読めないのでサフィギシルが音読した。
 内容は、なんとか街に行けるよう五つ子と作戦を練るということ、風邪が完治し、決行に移せるようになったらまた連絡するということ。ピィスらしい文章は「だからのんびり待ってろよ」と締められていた。
 最後に、わざわざ「ここだけサフィ宛て」と明記された一文があったが、本人がそれを読み上げようとしなかったので内容は知られないままその日を終えた。
 そして何もないまま七日が過ぎる。



「『大丈夫だから心配するな』……か。優しい人ですね、ピィスさんは」
 シラは手紙の最後の言葉を遠慮なく読み上げて、また封筒に入れなおす。
「何も隠さなくてもいいでしょうに」
 そしてそれをカリアラに手渡した。シラは家主の席を立ち、壁に添ってずらりと並ぶ本棚に向き直る。カリアラはもらった手紙をどこに置くか悩むように、空中で意味なく手を動かした。
 ここは作業場に隣接する書庫。たくさんの本や設計図が保管される小さな部屋だ。大量の本はかろうじて棚に整列しているが、設計図は無造作に部屋の隅に積まれているだけ。壁にもたれてなんとか形をたもつ山の、そこら中から付箋の端が飛び出して、ささやかながらも各自の身分を主張している。
 カリアラはそれらにぶつからないように、気をつけながら壁に寄る。シラは本を好きなように取り出しては流し見て、また戻すを繰り返していた。
 部屋の中は、ただ静か。
「この家、へんだ」
 カリアラは本を手にとって言う。
「サフィもへんだ」
 風のない時間が止まったような部屋。日差しの代わりに照らすのは、平坦な魔術の明かり。窓の外には白い霧が微動だにせず、静止画のように留まっている。
「ここはへんだ」
 自然で暮らした彼にとって、これほど違和感を与える場所はないだろう。ここでは全てが息を止める。触れなければ何一つ動かない。流れというものがない。
 カリアラは無造作にページをめくり、かすかな音を部屋に撒く。読めない中身を見ようとはせず、片手でわしづかみにしてはめくるを繰り返す。
 シラは小さく息をつく。そうでもしないと空気すら止まっている気がしてしまうから。ここは不自然な空間だ。外部から切り離されたありえない場所。賑やかな人の街を見たカリアラは、改めてそれを感じてしまったのだろう。街は動く。だがこの中で動いているのは自分たちだけ。
 シラはふと、本の中に気になるものを見つけて取り出した。厚いが紙は上質ではない。大判のそれは魔術技師の雑誌のようなものらしい。何気なく流し見て、ぴたりとめくる手を止めた。
「…………」
 無言でそれを読み始める。広がるのは細かい文字と、小さく置かれた一人の肖像。
「サフィだ」
 不思議そうに覗いてきたカリアラの言うとおり、それはサフィギシルの絵姿だった。
「ええ。ビジス・ガートンの特集の隅にですが。誉められていますね。ここに解説も……」
 言葉も意識もある記述にとめられる。カリアラが本の中のサフィギシルから目を移し、心配そうに彼女を見つめた。
「シラ?」
「……カリアラさん」
 シラの口に笑みが浮かぶ。楽しそうににっこりと笑いかけた。カリアラは怪訝な顔でそれを見つめる。
「変えてしまいましょうか」
 本を閉じて元の場所に並べ直し、シラは近くの画集を手に取る。
「変えるのか」
「ええ。もっと明るくて楽しい場所にしてしまいましょう。サフィさんにも協力してもらって」
「でもシラ、サフィは……」
 言いかけた言葉は止まる。部屋の外からもめる声。二人は無言で目を合わせ、合図もなくそれぞれが別の方へと向き直る。シラは画集を机に広げ、ゆったりと椅子に座った。カリアラはさっきまでいた壁に戻る。
「来ましたね、ピィスさん。今日は街まで行くんでしょう?」
「ああ」
 カリアラはまた本をめくりだす。厚いページを意味もなく流していく。
「大丈夫でしょうか。顔を知られているかもしれないんでしょう?」
「なんか考えるって言ってたけどな」
 足音が近づいて、ドアの向こうでぴたりと止まる。軽いノック。
「どうぞ」
「カリアラ、ちょっと」
 現れたのは不機嫌そうなサフィギシル。いつも通りの面倒な表情を上回る、何かとても複雑な顔をしている。カリアラは不思議そうに部屋を出る。シラもそれについていく。サフィギシルは二人を待たず早足で先に行った。
 カリアラは足を止める。うかがうようにシラを見る。
「シラ、サフィは」
 シラは優しく微笑んだ。カリアラの顔にみるみる陰りが差しかかる。
「サフィは……」
 声は弱り、カリアラは開いた口を動かすが形にはならなかった。シラは彼の肩にそっと触れる。
「行きましょう。待ってますよ」
 カリアラはうなずいて、足取り暗く歩きだした。シラはそれに続きながら、そうだ、と明るい声を出す。
「お願いがあるんです」
 そしてカリアラの耳元に口を寄せ、秘密ごとを囁いた。

※ ※ ※

 晴れ渡った空の下、人々は飽きもせずに街を行く。
 うねるような人の波を横に逸れた定位置で、ベキーは今日も彼女なりの接客をしていた。人が来るたびに、ギイギイと体を軋ませてお辞儀する。続くのは歪んだ愛想と枯れた声。精一杯のそれに迎えられた客が、こけつまろびつ逃げていく。
「なぁんで悲鳴上げるかね。なぁベキー?」
「怖いからっすよ」
 不機嫌そうに調書を取るのは新人の警備兵。露店の主はベキーの髪をとかしながら横目で睨む。
「何が怖いんだい。なぁベキー。ごめんよ、このうだつの上がらない新人君はきっと嫉妬してるんだね」
「もうどうでもいいです。ったくなんでいきなり暑くなるか。昨日まで肌寒かったってのに」
「やっぱり嫉妬じゃないか」
 昼食時にはまだ早い。客のいない露店の傍で、聞き込みはまたもや逸れる。
「違う、実際の気温の話をしてるんです。ああもう進まねええ。それで? 知らないんすね?」
 暑苦しい制服のボタンを外す。苛立たしげに襟元を乱しつつ、兵士は足を揺すった。調書の端は汗のために波立っている。持つ手には不平と疲れが滲む。
「別にいいじゃないか、暴走の一つや二つ。リドーもいないし無視すれば」
「被害者が毎日泣き言言いに来るんすよ。もう大の大人が怯えきって、魚の化け物が来るんだー、って」
「魚ねぇ」
 店主はにやにやと含み笑う。兵士はそれを不機嫌そうにねめつけながら、探し人の特徴を諳んじた。
「銀と赤のうろこの生えた男が一人。……いたら大騒ぎっすよ。それと、一緒に逃げた少年が一人。背は低くて肉付き普通、髪は赤。本当に知らないんですか? あんたらは横の繋がりが強いから、みんな同じことを言う」
「知らないね。なーベキー?」
 ベキーは何も喋らない。だが店主は相づちをうつ。
「だよなー。ほら、知らないって言ってるよ」
「……そうですか。はいじゃあ結構! 俺はさっきからまったく同じ台詞聞いてきて、もう嫌んなってんですよ。ハイハイハイ、帰りますよ帰ります!」
「お客様のお帰りィ〜」
 新人兵士は席を立つ。その行く先を、ベキーがゆっくり手で指した。
「まタ、キて、ネ」
 がくがくと頭を揺らしながら、壊れんばかりのお見送り。彼は恐ろしげなその顔面を直視だけはしないように、とよそ見をしながら通りに出る。すると何かにぶつかった。軽いそれは道に倒れる。一瞬だけぽかんと見つめ、兵士は慌てて転んだ相手に手をさしのべる。色の白い小柄な少女だ。
「大丈夫か? ごめん、ちゃんと見てなかったから」
 まだ幼さの残るかわいい顔が、驚いたようにこわばっていた。彼もつられて緊張するが、その心配を溶かすように、少女は人懐こく笑う。
「うん。ありがとう。こっちこそごめんなさい」
 心の中に「将来有望」という言葉が浮かんだ。愛らしい顔がちょっとしたお人形のようである。
 彼女は彼に助けられて立ち上がり、スカートについた砂を払った。被った帽子の位置を直す。茶色の長い髪が揺れた。皮肉なことに、ベキーのものとよく似ている。
「本当にごめんなさい。今度から気をつけるね。ほら、ルー!」
 少女は連れらしき男を呼ぶ。年のころは二十ほどだろうか。男はベキーをじっと見つめている。気のせいだろうか、ベキーが男を見つめ返しているように見えたのは。
「行こ! 待ち合わせ過ぎちゃうよ」
 少女は男をうながして走り出す。男はそれに無言で続く。親子には差が足りず、恋人には離れすぎ、兄妹には似ていないどこか不思議な二人組。兵士はそれをぼんやりと見送って、ふとベキーに目を戻す。頭の中にさっきの少女の笑顔が浮かぶ。
「やっぱ生身だよな」
 呟いて、彼は店主に生暖かい視線を送った。

※ ※ ※

 アーレルの中心部をしばらく港に向かったあたり、かろうじて海が臨める街路の側に、魚だらけの店がある。並ぶそれらは全て商品。だが食用というわけではない。看板を見れば、何屋なのかはわかりやすく書いてある。
  『ベイカー観賞魚店』
 アーレルではまだ珍しい、観賞魚と周辺道具を販売する店だった。だが今は、商品と店員が出払っていて、ずっと休みが続いている。空になった水槽を机に、リウレンは詩を連ねていた。
「ここで流血……と」
 ぼそりと言った不穏な言葉にロウレンが身を引いた。カレンにぶつかり睨まれる。
「ちょっとー。狭いんだから気をつけてよ。ああもう、いい加減片付けたい〜」
 部屋は広い。だが居場所は理不尽に狭かった。水も何も入っていない大小各種の水槽が、あちこちに積み置かれているのだ。まるで透明な迷路の中にいるようで、涼し気だがむし暑い。
 暦の上では夏は終わったはずだった。だが連日の雨の憂さを晴らすように、太陽は容赦なくあちこちを照りつける。元々が温暖なアーレル主部は、ぶり返しの夏模様に包まれていた。
「お城もお城で買うなら全部買ってよね〜」
「いいじゃないか、お魚たちが広々と泳げる方が」
 ロウレンが長男らしくなだめるが、カレンは髪をかきむしる。
「私たちの広々はどこに行ったのよ! ああもう、ちょっと誰か上か奥に行っててよ、カリアラ君が来たら呼ぶから」
「じゃあカレンが行ってよ」
 水槽に絡まりながら伸びているのはルウレンだ。自慢の足はだらしなく投げ出され、冷気を求めてほっぺたをガラスにつける。自分の熱で温くなると、また場所を移動した。
「やーよ、だってお出迎えは基本でしょ」
「恋の、ねぇ。っへへへ」
「何笑ってんのよ」
 不機嫌に曇るカレンの顔に、ルウレンは指をさす。
「ま、いいんじゃないのー? 僕としてはカリアラ君に惚れてほしかったけどね」
 いつもよりも気合のこもった妹の服装を笑い、また水槽に頬を寄せた。カレンは強く主張する。
「惚れる腫れるに利潤はナシ。心がグッと来るかどうか、それのみよ! ああちょっと来ちゃったのよねぇあの時。泣きそうなあの顔がグッとねグッと。こう、弱そうなんだけど芯は熱いって言うか……支えたいわ〜」
 途中から声は甘く夢見るように変化して、どこか遠くを見つめだす。
「最初はちょっとした諍いから始まるってのも良かったのかも〜。叩かれたけど私が悪かったんだし、目を覚ましてくれたっていうか〜」
 完全に一人の世界に入ってしまった。ルウレンはそんな彼女をにやにやと見つめるだけ。ロウレンも初めから諦めているのだろう、床にあぐらをかいたままで傍観する。
「ねぇロウレン」
 リウレンが、純朴な目で兄に訊く。
「虐待と虐殺、どっちがより爽やかかなぁ」
「リウ……」
 ロウレンが絶句した丁度その時、迎えに出ていたラウレンの爆笑が近づいてきた。
 全員が入り口を見る。陽気な彼の笑い声は、すぐに店に入ってきた。
「あーはははははは。うわはは、お客様っでーす」
 明るい。兄妹たちが訝しむ中、ラウレンは体を避けてその『お客様』をみんなに見せた。
 白い帽子を目深に被った少女が一人。涼しげな薄手のワンピースを揺らし、ラウレンの隣に立つ。その後ろに黒髪の男が並んだ。彼は店内をぽかんと眺め、五つ子たちを確認すると嬉しげに笑みを浮かべた。
 合わせるように少女の方も帽子を外す。言葉を失う彼らを楽しむように、にやりと不敵に笑ってみせた。
「ちわ〜。お邪魔しまっす」
「ピィス!?」
 異口同音の揃った声をきっかけに、ピィスはけらけら笑い出す。してやったりと言わんばかりに帽子を投げた。
「やー案外バレねーなー。もう髪暑いしスカートは汗で張りつくし。入っていい?」
「というわけで仮装と女装でお出ましで〜す」
 ますます明るく笑いながら、ラウレンが背を押した。ピィスは店の中に入る。カリアラも後に続く。
「おれも頭取り替えたんだ」
「髪だけな、髪だけ。どうせうろこばっか見てて、顔なんか覚えてないだろうしさ。あちぃ〜、ほら、よく出来てるだろこれ」
 勢いよく茶色の長い髪を取った。人型細工用のものだ。出てきたのはあちこちをピンでとめた赤い髪。それも素早く外していつもの髪に戻していく。スカートを人力ではためかせ、行儀悪く奥へと踏み込む。
「嘘ぉ、なんで私よりカワイイの!?」
 少しずれた衝撃を受け、カレンはピィスに近寄った。
「ああっお化粧までしてる!」
「上手いだろ。濃すぎず薄すぎず、さり気なーい仕上げをな。あれ、魚少ねーなー」
 ピィスはぐるりと中を見た。水槽は大量にあるのだが、実際に水や魚が入っているのは片手の指で事足りるほど。透明な迷路の中を導くように、ロウレンが先に立って奥を指した。
「あっちに席作ったんだ。ほら、書いてあるだろう」
「『熱帯喫茶 ベイカー』?」
「ピィス……」
 看板を読み上げると、カリアラが不安な声を出す。ピィスは振り向いて口をつぐんだ。
「耐えろ。恩人なんだから」
 兄弟たちの熱い視線を一身に受け、カリアラは硬直して困っている。
「そうか……」
 カリアラは哀しげに青ざめながら、兄弟たちは興奮に頬を赤らめながら、そろそろと区切られた奥へと進む。一足先に着いたピィスが感嘆の息を吐いた。
「うわー……すげぇ」
「だろ? カリアラ君も早く!」
 急かされて入り、カリアラも息を呑む。呆然としてただその景色を見つめた。
 水の中のようだった。目の前の壁二方はすべて、ガラス張りの大水槽。ひっそりとした黒い魔石を下敷きにして、様々な水草が調和して並んでいる。中には水。そして小さな魚たち。その色は様々で、透明な水の中に華やかさを生み出している。
 水槽の奥は裏路地なのか、狭く日陰となっていた。そのために部屋はうす暗い。だが、まるで本物の川の中のようだ。
「ささ、座って座って。あいにく今日も母さんたちがいないから、濃水ぐらいしか用意がないけど」
「へー、こんなとこがあったんだなー。ほら、カリアラ」
 カリアラはハッとして、あわててピィスの向かいに座る。二人用の席が四つ、均等に並べられていた。小さなテーブルの上には品書きが置いてある。どこか不思議な名前と共に、不器用な魚の絵が添えられていた。
「すごく気になるんだけど、『ボウクのかすがい』ってどんな飲み物」
「え、何だっけな。リウレンが考えたんだけど……どんなのだっけ」
「いやいい。聞かなくていい」
 部屋に落ちる影が涼しい。天井の近くまで、魚たちに囲まれている。まるで水の中に沈み込んだような景色。天井の近くでは、太陽の端が水を通して輝いている。
「涼しくていいねー。これ熱帯魚だろ? カリアラ、懐かしいか?」
「うん、似てるな。すごいな」
 カリアラは口元をほころばせる。兄弟たちは得意そうな顔をする。
「でもなんで薄いんだ?」
 ガラス自体は厚みがあるが、中にはそれほど幅がない。カリアラは水槽に触れて首をかしげる。
「大きいと店が狭くなっちゃうからね。この中身は売り物じゃないし。水圧の問題とかあるからさ、水量を増やすとガラスもかなり分厚いものになっちゃうんだ。ここのはこんなだけど、お城のはもっと大きいよ」
「城?」
 ピィスは怪訝に訊き返す。ロウレンは話を続ける。
「そう。父さんも母さんも、ここ最近ずっと王城に出張してるんだ。なんか、巨大な水槽に熱帯魚たくさん入れて飾るとかで、手配から何から全部任されて。今は世話や管理の仕方をお城の人たちに教え込んでるところ。だからほら、品物がからっぽなんだよ」
「うわー、道楽」
「ま、その資金が何であろうと、魚にとってはそっちの方が幸せだろうし」
「ねね、こっちに座って」
 会話を断ってカレンはピィスを引き寄せる。口をあけたまま、まだ水槽に気を取られているカリアラには構わずに、他の席に移らせた。もちろん、対面にはカレン自身が座る。彼女は身を乗り出して積極的に話し始めた。ピィスは身も心も引きながら対応している。
「ピィスも耐えなきゃいけないんだな」
「そうだねぇ、ごめんねこんな妹で」
 空になったカリアラの対面には、ロウレンがいそいそと座った。
「いやあ、うちに来て貰える日が来るなんて! 嬉しいよ。なぁみんな!」
 四人はそれぞれ同時にうなずく。カリアラは嬉しそうに笑った。
「そろってていいなー、お前ら」
 四人はまた同じように、恥ずかしげな笑みを浮かべた。そして同時に陰らせる。
「この間はごめんなさい。つい、興奮しすぎちゃって……ほら、カレンも謝る!」
「ごめんね。この前はちょっと、自分でも寝不足すぎて訳わかんなくなっちゃってて……今日は大丈夫、たっぷり睡眠取ったから!」
 五つ子たちはとてもよく似た申し訳なさそうな顔を、一斉にカリアラに向けた。
「え?」
 だがカリアラはぽかんとして首をかしげる。
 そしてそのままたっぷりと沈黙した。ピィスが助け舟を出す。
「この間街に来た時。追いかけられて大変だっただろ?」
「ああ! そうかそうか。忘れてた」
 どうやら本気で忘れていたようである。
 ラウレンが明るく笑った。それにつられて全員が、呆れたように弱く笑う。
「そんなもんか、お前」
「何がだ? 強いな人間。お前らすごいな」
 カリアラの表情に憤りは生まれない。特に恨みもないようで、楽しげにみんなを見回す。
「いやいやいや。カリアラカルスにはかなわないよ。ああ、ちょっと色々お話しして貰ってもいいかな? 魚と話せる機会なんて滅多にないよ!」
「僕も技師の見習いとして、何回か魚の魂を移植しようとしたんだけど、さすがに言葉までは喋りだしてくれなかったからね。第一人間の言葉を教えるなんてとてもとても」
 兄弟たちは椅子を引きずりながら、いそいそとカリアラを囲む。その輪から逃れるように、カレンはピィスを奥の席へと連れ込んだ。そしてそのまま戸惑うピィスに構わずに、兄弟たちに負けず劣らず夢見るように喋り始める。


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