第2話「敵は五つ子」
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 七十年も遡れば、そこはただの平地でしかない。首都の喧騒などかけらも見せない海辺では、ただ漁師たちや数えるほどの農民が日々を過ごすだけだった。だが新しく港が作られ、各国から人や物が流れ込むようになると数年で土地は顔を変える。異国の文化が波と共に押し寄せては国の色を変えていき、また別の国へと流れていく。無為の辺境だった海辺は、様々な品があふれる交易の街として古くからの名を世に知らしめた。
 街の名を、アーレルという。街は人は領主と共にさらなる変化を求めていくが、永遠の不変を好む本国はそれを野蛮と罵った。当時のアーレルはウェルカ国の領地であり、首都とは異なる文化を取り入れながらも自治は認められていない。息苦しい鎖に悩む領主の元に、ひとりの男が現れた。天啓でも告げるかのように、真夜中の枕元に。
「国が欲しいか」
 前置きもなく男は言う。領主は即座に肯定した。
「ああ」
 その迷いのなさに、男は邪気のない顔で笑った。
「ならば、差し上げよう」


 一年後、アーレルは世界中から「ありえない」と評された無血での独立を果たし、かつての本国を凌ぐほどの繁栄を手に入れる。独立に手を貸し、王となった領主を助けては国を導いた男の名を、ビジス・ガートンという。あらゆる国の政治に関わり、歴史に居座る天才と呼ばれた謎多き人物である。
 彼はこれまでにない技を使い、生きているように動く人形を生み出しては、その手法を望む者たちに伝えた。彼らは魔術技師と呼ばれ、アーレル主部を中心に世界中へと広がっていく。

 この、国の親とも、魔術技師の始祖とも言える人物が没したのは半年前。
 享年は八十九歳であった。

※ ※ ※

「忘れてたあ?」
 不機嫌な声から逃れるように、サフィギシルは顔をそむけてしまう。ピィスはそれを放しはせず、頭ひとつ以上低い位置から彼の目をしつこく追った。顔いっぱいに不満を浮かべてじわじわと責めていく。
「どうすんだよ、一個だけじゃ不便だろ」
 因縁をつけるピィスの手には、タグと呼ばれる小さな板が握られている。今しがたサフィギシルから渡されたばかりのそれは、薄い銅の片面に地図のような魔術の印が彫りこまれているものだ。作られてから随分経っているらしく、表面は黒ずんでいて模様の形は薄く、危うい。一見すると道具というよりもただのごみだ。穴が二つ開いていて、その片方に紐が付けられている。手首に巻いて使うのだ。
 これは家を隠す霧の術を開くための、鍵のようなものだった。これを持っていなければ、入るどころか家の姿も見えなくなる。まだ睨むピィスから逃げてサフィギシルが愚痴をもらした。
「しょうがないだろ、気がついたら朝だったんだから……いつの間にか寝てたんだよ」
「寝てたってお前さー」
「それだけじゃダメなのか? それがあれば入れるんだろ?」
 シラに荷物を確かめてもらっているカリアラが、離れた位置から訊いてきた。サフィギシルはそれで初めて気づいたようで、目の覚めた顔をする。
「そうだよ、別にお前がちゃんとこいつを連れて戻ればいいだけじゃねーか。危ない、騙されるところだった。何わがまま言ってんだよこのバカ」
「お、そうやって逃げんのか? 逃げんのか、ああ?」
「いいや逃げないね。お前、自分用のタグをもらって好きに出入りしたいだけだろ。そんな勝手な都合で怒られる筋合いはないんだよ。鍵なんて一個で十分。その方がちゃんと責任もってカリアラを連れて帰るだろうし」
「うっわ信用ねえ。いいじゃねーか好き勝手に遊びにきても。オレとお前の仲だろー?」
「どんな仲だ!」
 よどみなくはずむ口論を、準備を終えたカリアラとシラはのんびりと聞いている。
「やり取りに慣れを感じますね」
「うん、いつもこんな感じなんだろうな」
 その会話を耳にして、サフィギシルとピィスは気まずげに黙り込んだ。
「……そこ、勝手に分析しない。ほら来い。ピィス、タグちゃんとしまっとけ」
「はいはい」
 ピィスはタグの紐を回し、左手首にくくりつけた。袖を引いてそれを隠す。
 サフィギシルはカリアラの体に改めて抑えの魔術をかけていく。帰力によって魚の体にならないよう、慎重に指先を這わせては、うろこのないカリアラの肌をうっすらと光で照らす。呪文が終わると明かりは肌の中へと消えた。
「いいか、一応術はかけたけどな、一回タガ外したから帰力がかなり出やすくなってる。できるだけ落ち着いて、動揺せずに一日過ごせ。いいか? 帰力が出そうになったらすぐに抑えろ。合言葉は?」
「『おれは人間だ』」
「よし。唱えてちゃんと思いだせ。くれぐれも騒ぎを起こさないように!」
 カリアラが迷いもなくうなずくので、サフィギシルは満足そうに「よし」と口にしてしまう。ピィスが軽くふきだした。
「……なんだよ」
「んー、別にー?」
 ピィスは含むところの多い顔で、気まずそうな彼を見る。からかう動きで手を振った。
「べぇーつぅーにぃー? へっへへへー」
「……さっさと行け。暗くなる前にちゃんと連れて帰れよ」
「わっかりましたー。行くぞ、カリアラ」
「おう」
「気をつけて下さいね」
 シラはカリアラの肩に鞄をかける。そのまま、ピィスを追う彼について、見送りのために玄関へ向かう。サフィギシルがそれを止めた。
「あっ、ちょっ、シラはこっち!」
「え?」
 腕をとられて振り向くと、先を行くカリアラも同じ動きで首を回す。
「どうした?」
「いいから行ってこい。じゃあな!」
 サフィギシルはカリアラに向かって追い払うように手を振って、外出を急がせた。彼はシラの腕を引いて居間の中へと引き戻す。不安げに玄関を見るシラの頭の髪の先までしっかりと閉じ込めた。
 玄関先ではピィスがタグを宙に掲げ、呪文を唱えて霧の幕を開いているはずだった。うろたえているカリアラをピィスが呼んで、二人して庭に出るのがわかる。くぐもった彼らの会話を聞きながら、サフィギシルはシラの腕をきつく握った。
「……別に、外には出ませんよ?」
 サフィギシルはぎくりとして彼女を放す。いや、と口にした後が続かない。彼は気まずげに言葉を探す。
「で、出なくてもさ、ほら、あんまり外の空気吸わないほうがいいかなって」
 シラはサフィギシルを見つめた。疑うような、問うような、怪訝な色を広げた表情。サフィギシルは目を逸らすが彼女はそれを追っていく。
「外に、何があるんですか?」
「いや、別に。何もない」
「じゃあ……誰が、いるんですか」
 サフィギシルの瞼が動いた。彼は息を詰めたまま足元に目を向けている。それを一瞥し、シラは責める態度で問いを重ねる。
「外に、誰かいるんじゃありませんか。誰か……私を、狙っている人が」
 今度はぴくりと肩が揺れた。サフィギシルは顔を上げない。シラの声が荒くなる。
「答えてください。本当に知らないんですか? 私がどうしてこの国に連れ去られたか、私が覚えていない時間に一体何があったのか。教えて下さい! 私は何故あんな場所にいたんですか!?」
 水の広がる誰もいない手術室。切り裂かれた魚の半身。共有した景色を思い出す、奇妙に静かな間が開いた。サフィギシルは消え入る声で答える。
「……知らない。知らないんだ」
 そして最後まで彼女を見ようとはせず、逃げるように部屋を出た。

 残されたシラは彼の背が見えなくなるまで見つめていたが、その影すら消えてしまうと、ふらつく動きでソファに戻る。深く背を沈め、それ以上に深いため息をついた。
「まだ……」
 言いかけた口を閉じ、手のひらで顔を覆う。
 その続きは彼女の中にしまわれて、誰にも知られることはない。

※ ※ ※

 袖を引いてタグを隠すと、霧が薄く家の周りを囲みはじめる。
「行くぞ」
 うなずいたカリアラと共に先へ進めば、霧は昨日と同じく唐突に晴れた。周囲の景色はくっきりとした色を持ち、ひとつひとつを目にじかに響かせる。だがうす曇りの空模様に影響されて、すべての色はわずかな陰りを見せていた。近づいてきた寒い季節を知らせるように、ほんの少し冷えた空気が服の中まで入り込む。気にしないピィスの隣でカリアラが小さく震えた。
「さむい」
「あ、そうか熱帯魚だもんな。まぁ体は人間なんだ、出てるうちに自然に慣れる。そうじゃなきゃ冬になったら大変だ」
 そう言いながらも真剣に心配している様子はない。ピィスが歩いていくほどにカリアラとの距離が開いた。
「はやいぞ!」
 まだ四肢の使い方は万全とはいえないのだ。みるみると差を開けられて、カリアラは「はやいぞ、はやいぞ」と繰り返しながら懸命にピィスを追った。振り向いたピィスが笑いながら彼を待って、今度は二人同じ速度で歩いていく。街までの道ははじめのうちは昨日通ったものと同じだ。一本の道は蛇行しながら山に寄り添っている。
「そういえばお前、シラがここに連れてこられた原因って誰かに聞いた?」
「ん? 聞いてない。知ってるのか?」
 カリアラはピィスを見下ろした。だが目線は返らず、小さな頭が歩く動きで揺れるだけ。
「知ってるっていうか、大体予想できるってだけだけどさ。うちの親父、隠しごと下手くそでさー。逆に想像つくんだよ」
「なんでなんだ? 教えてくれ」
 答えように悩む沈黙。広がる農耕景色を目に入れることもなく歩き、街の見える丘の傍にたどり着いたところでピィスは止まる。
「……お前があの家の中で、ずーっとじっとしてるんならオレも言うよ。でもお前が街に行くなら喋れない。ちょっとな、他の人たちには言っちゃいけないことだから」
 カリアラも悩むのか理解できないのか、頭を使うように黙っていたが、きっぱりと答えた。
「そうか。じゃあ、聞かなくていい」
「うん。あ、あとシラの話だけじゃなくて、サフィのことも街では絶対秘密だからな」
「それ、サフィにも言われた。どうしてなんだ?」
 素直に問うと意味ありげな間を開けられる。だがピィスは疑惑を払うように、口を挟む隙もないほどすらすらと言いのけた。
「同業者がうるさいんだよ。いいやつばっかじゃないからな。とにかくあいつの名前は出すな。お前は、えーと、昔ビジス爺さん……昨日言ってた俺らの師匠な。その人が作った人型細工の残りもので、こないだまでオレの婆ちゃんちのお手伝いに送られてたんだけど、要らないからってつき返されて、なんとなくオレが魚を入れてみた……ってことにしよう」
 カリアラは困った顔で復唱する。
「ピィスのばあちゃんがいらなくなって、さかなになって、おれがつきかえして……」
「……ごめん、難しいな。まぁ覚えなくてもオレが言うよ。よけいなこと喋るなよ! あ、そこ下りるぞ」
 指さしたのは細い獣道だった。ならされていないために滑らかでないだけでなく、急傾斜なのに手をやる場所一つ添えられていない。だがその先は整備された農道へ直角に繋がっていた。太く、馬車も通れそうな農道は街までまっすぐ伸びている。
「これが近道なんだ。いっそのこと飛び降りる感じで行こう」
 言うと同時にピィスはそこから飛び降りた。急勾配を転がるように駆け下りて、整えられた道まで着くとカリアラを仰ぎ見る。だが得意げな顔は不可解そうに引きつった。
 カリアラはピィスなど目にも入れず、ぽかんと口を開けたまま広がる街を見下ろしている。昨日とまったく同じ表情。
「……おーい」
「すげぇ! いっぱいいる! すげぇ!!」
 そして昨日とまったく同じ反応。
「いやお前二回目だろ」
「あれ! 全部人間がいるんだよな!?」
「あ、それは覚えてたのな」
 呆れるピィスを気にもせず、彼はただ街だけを見つめている。いつもは変化の薄い顔にもほんのりと憧憬と興奮が見え隠れして、頬や目元にはまるで人と同じように赤が差した。
「おーい、置いてくぞー。見てないで行っちゃうぞー」
 わざとらしく口元に手をあてて呼びかけると、カリアラはあからさまにハッとする。うなずくと、迷うことなくまっすぐに空中へと飛び出したが地に広がるのは道ではなく、ただの斜面だ。カリアラは岩につまづいて全身を打ちつける。そのまま勢いよく草を掻きわけて口からぼぼぼと謎の音を撒き散らし、広い斜面を街まで一気に転がり落ちた。
「バカだ」
 言ったところで遠ざかる彼に届くはずもなく、ピィスは草まみれの魚がはるか下方に到着するのを見届けて、ゆっくりと道を下りた。


「生きてるかー?」
 また気分だけ魚に戻って跳ねていたので、ピィスは頭を叩いてやる。カリアラはすぐに我に返り、人間らしく体を起こして神妙な顔で言った。
「おれは人間だ」
「よろしい。うん、まだ大丈夫だな」
 カリアラは不安げに袖を引くが、そこにあるのは人の肌でうろこなど見当たらない。見るからに安堵した様子で息をつくと、ピィスが笑った。
「もうすっかり人間だな」
 カリアラの表情やしぐさからは、魚らしさが消えてきている。水を飲むように吸収して学んでいく元ピラニアが、人として生きていくのもそう難しくはなさそうだった。カリアラは「何を当たり前のことを」という顔で答える。
「おれは人間だ」
「うん、ちゃんと人間だ。というわけで、お待ちかねの人の街に到着ー」
 ピィスが手を向けた先には橋があった。川を挟んだ向こう岸には、間違いのない人家の並び。思いきり身を乗り出した彼を笑い、ピィスは明るく肩を叩く。
「さ、行こう」
 カリアラは言葉も出ない顔で、力強くうなずいた。

※ ※ ※

 作業室に逃げこむと隠れるように扉を閉めた。サフィギシルは深呼吸をする。だがほこりが舞うのを目にとめて、苦しげに口を結んだ。シラに言うわけにはいかないたくさんの秘密を喉に押しこむ。胃に落とす気分で首を振り、いつもの通り作業台へと歩いていく。
 机の上には昨日の作業がそのままに残っていた。サフィギシルは作りかけのタグを手にして、不思議に思う。魔力を流しこむための軌跡はすでに描かれていて、後は術をこめれば完成だ。ここまで作っておいたのに、どうして間に合わなかったのだろう。
 魔力の道筋は薄い銅の表面をゆるやかに舞っている。その一本を意味もなく目でたどると、低い声が蘇った。

  ……誰だ。

 昨夜、カリアラに問われた言葉。警戒心にあふれたそれが心臓を冷やしていく。
(……俺は)
 はっきりと答えることができなくて、サフィギシルはうなだれた。だが、すぐに驚いて顔を上げる。見開いた目は景色を眺めず不可解な事実を追っていた。カリアラに何故そう問われたのか、そしてその後どうしたのかが思い出せない。問われた前後の記憶がないことに気づき、サフィギシルは愕然とタグを握りしめた。銅の端が手のひらに細い痛みをおくる。
(昨日だ。昨日の夜……あいつが入ってくる前、俺は何をしていた? どうしてその時部屋の隅に座っていた? その後は?)
 その時いた場所、乱雑に物の置かれた壁際に目をやるがどうしても思い出せない。そこで何をしていたのか、自分はどう動いたのか。懸命に思い出そうと探る目がぴたりと止まる。昨日まではなかったはずの見覚えのない物体に、意識も視線も捕らえられた。うっすらと口を開くが言葉はない。ただその不可解な物証を見つめるだけ。
 出した覚えのない、彼には必要のないはずのランプが一つ、壁際に転がっていた。
「まただ」
 彼は弱く呟いた。

※ ※ ※


 カリアラは橋のふちまで寄って、流れる川を眺めながら歩いている。ピィスは危なっかしい動きの彼を中ほどに引き寄せた。
「危ないからあんまり見るな。落ちるぞ」
「ここ、川が下にある」
「そりゃそうだ。もう陸上なんだから」
 だがカリアラはその低い水の中の、さらに深くで暮らしていたのだ。これまででは考えられない光景に、カリアラは興味深く下の流れを凝視する。川幅は広く、中央まで行くとかなり深くなっているようだ。川原には流木や大きな岩も雑に捨て置かれている。まるで嵐が去った後のような光景に、カリアラの好奇心がつきることはない。
「だから危ないって。真ん中歩け。あと絶対走るなよ」
「わかった」
 ピィスがしつこく引いてやると、カリアラはようやく中央を歩きだした。橋はもう古くなっているのだろう。組み上がる木材は黒ずんであちこちがたわんでいる。川幅と河原の広さをあらわすように、橋だけでも結構な距離があった。カリアラはみしみしと音を立てる足場を気にしながら進んでいく。
「おれ、走るの苦手だから走らないぞ」
「ま、それもそうか。ここ結構滑るからさ、持つところもあんなだし」
 示したそこにはゆるく張られた縄しかない。支柱も橋に負けないほど古い木でできているらしく、少し動かしただけでも折れてしまいそうだった。
「最近雨多いから、ちょっとな。この間も氾濫したし……うわ、曇ってるな」
 見上げると、昨日よりも暗い雲が広がっている。ピィスが舌打ちをした。
「日が悪かったかも。ま、雨具持ってきたんだろ?」
「あ、これか? うん、なんかそんなこと言ってたな。あと、うろこが出たらてぶくろとかつけろって」
 カリアラは鞄からそれらの物を出してはひとつひとつピィスに見せる。昨夜、サフィギシルが家中を探し回ってかき集めたものだった。
「サフィはえらいな。かねは落とした時のためにって二つにわけて入れてくれたし、あいさつも教えてくれた。おれちゃんと覚えたぞ」
「……仲いいな、お前ら。あいつさぁ、爺さん死んでからずっと一人で閉じこもっててどうしようかと思ってたけど、案外変わってなくて安心したよ」
 ピィスの顔は優しげにゆるんでいく。だがすぐに険しくなった。
「あいつ、ちゃんと食うもの食ってるか? ちょっと顔色悪い気がする。白いのは元々だけど、青いっていうか……病人みたいで」
「食ってるのは見たことないな。でも元気そうだぞ? 生きてる気配がちゃんとする」
「そっか、ならいいんだ。便利だなぁ野生って。そんなことまでわかるのかー」
 橋が終わりに近づいた。見えはじめた街の頭に、カリアラがそわそわと動きだす。
「……オレにも判るか。お前は今喜んでいる」
「えっ」
 動揺する彼に小さく笑い、ピィスはしっかりと言い聞かせる。
「走るなよ、騒ぐなよ、できる限り喋るなよ」
 カリアラは首が折れそうなほど力強くうなずいた。
 その傍を、小さな子どもが駆けていく。
「人間だ!」
 ピィスは彼の足を踏んだ。びくりとして硬直する魚の顔に再度問う。
「ああやって人間が走ってきたらどうするんだった?」
「え、う、えー……かわいらしいお婆ちゃんですね」
「違う!」
 力強く否定すると、カリアラは「あ、そうか」と言った後に真面目な顔で言い直す。
「まるで白鳥のような髪型でナホモットに似ていらっしゃるですね」
「どこで覚えたんだよそれ……」
「サフィに聞いた」
 そう、と納得しかけてある可能性に気づいてしまい、ピィスはあっと声を上げた。
「もしかしてオレへの嫌がらせか!?」
 知らずうちに、カリアラの放つ妙な言葉をごまかさなくてはいけないはめになっている。ピィスはおそらくサフィギシルの思惑通りに嫌そうな顔をして、喋るなよ。とカリアラに恨みがましく念を押した。
「仲いいな、お前ら」
「…………」
 そっくりそのまま返された台詞に、ピィスはもはや言葉もない。
 若干の不安を残しつつも、二人はようやく人の街へと入っていった。


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第2話「敵は五つ子」