第1話「やたら陽気な誘拐犯」
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「どうしてでしょう私の育て方のどこがいけなかったんでしょうナイアさん」
「そうやって空見上げてお母さんに語りだすの、うちの中だけにしとけよ」
 疲れた声で故人に嘆く父親に背を向けて、ピィスはカリアラの上に乗った残骸をどけてやる。既に仕込んだ魔力は消えて、ただの木板や車輪へと戻っていた。馬の肌を表していた表面も、急ごしらえの毛は収まりただの素朴な木の風合いになっている。
 融合させた馬の魂は、壊れた拍子に大気へと溶けたのだ。元々が意識の壊れた死にかけの命なので、長時間は木組みの中にいられない。無理な即席『作品』だとは解っていても、力足らずの自分の腕が口惜しく、ピィスは乱暴に頭をかいた。
 カリアラがびくりと跳ねる。まるで釣り上げて地面に放った魚のように。
 体自体は平凡な、わざとらしいまでに平均的な一般青年体型だ。だが表情はその動きに合わせるように、魚のものに戻っている。目を見開いて、酸素を求めて口をぱくぱく動かしているサフィギシルの作った『作品』。ピィスの物と同じように、まだ完全とは言えないものだ。
(ま、そんなもんだよな)
 ピィスは安堵の息をつき、落ち着かせるようカリアラの背に手をやった。
「ほら、深呼吸深呼吸」
 彼は即座にびくりとしたが、ピィスは構わずゆっくりと語りかける。
「慌てるなって。もうお前は水がなくても大丈夫。ほら息、口呼吸。吸ってー」
 カリアラは目をまんまるく開いたまま、すう、と思いきり息を吸う。
「吐いてー」
 むぷ、と妙な音がして止まった彼の顔を覗き込むと、口を閉じて頬一杯に空気を詰めた妙な顔で静止している。一体何がしたいのか、ピィスはしばし考えて一つの予想に行き着いた。
「……エラ、ないから」
 あ。と言いたげな顔をされて、思わず笑う。
「エラ、ないからー。吐くのは口か鼻からな。ほら、人間らしくやってみな」
 ピィスが自分の口や鼻を指差して教えると、カリアラは今度はきちんと人間らしい呼吸をした。ぱちぱちと瞬きをすると、目つきに人間らしさが戻ってくる。
「そう、びっくりした時は深呼吸しとけ。人間はそうやって呼吸するんだ。覚えておけば、きっかけがつかめる……言葉、思い出したか」
「お。う」
 声は上手く繋がらず、ほんの少し擦れていたが、あ、あ、あ、と慣らしていくと滑らかに動きだした。
 カリアラはそこでようやく傍に立つ男に気づく。
「ペシフだ」
「あだ名ですか」
 ペシフィロは苦笑した。丸まったカリアラの目が、ペシフィロの髪や瞳とピィスのそれを見比べる。ペシフィロの、背のあたりで束ねられた髪と困ったように笑う目は、ピィスの瞳と同じ深い緑色をしていた。父とは違う赤い髪を揺らして笑い、ピィスは改めて紹介する。
「その呼び方、サフィの聞いて覚えたんだろ。しょうがないよなー、変な名前だもん。で、オレの親父だ」
「いいですけどね。その体では初めまして、になりますね。作っているところは何回か見ましたが……不思議な気もしますね、確かに魚だったのに」
「ペシフは小さくなったな」
「あなたが大きくなったんですよ」
 魚の時とは大きさの把握が違うのだろう。だがどちらにしろペシフィロの背はカリアラよりも低かった。ペシフィロは苦笑を重ねつつ、座り込んだままのカリアラに手を差しのべる。
「立てますか? 体に足がついて、難しくないですか?」
「大丈夫、もう歩ける」
 カリアラは首を振ると、助けもなく立ち上がった。そのまま体をあちこち動かしてすぐに勘を戻す。細々と運動させながら、ふと二人の表情に気がついた。
「なんだ?」
「いや……体、もうそんなに動かせるんですか?」
「おう。慣れた」
 どちらともなく顔を見合す二人は、親子らしく同じ驚きの顔をしている。
「慣れたって……」
「どうした?」
 ピィスはカリアラを見回して、何事かを考えるように意識をよそに向けていたが、ふと隣の父を見上げた。
「親父、そろそろ“お伺い”の時間だろ」
「……何かする気じゃないでしょうね」
 ペシフィロは不審そうに我が子を見る。だがピィスは気にもせずそっけなく言葉を放った。
「それよりも自分の心配しろよ。冬までに復職できなかったら今後一切親父ともお父さんとも呼んでやんねー、甲斐性なしって呼んでやる。……カリアラ」
 ピィスは言葉に詰まったペシフィロを振り返らずに歩き出す。突っ立っていたカリアラの腕を取った。
「ちょっとオレの部屋まで来い。調べたいことがある」

※ ※ ※

「名前は?」
 カリアラは今さらな質問に不可解そうな顔をしたが、背を向けて家の中をどんどん進むピィスはそれに反応しない。カリアラは、仕方なく素直に名乗る。
「カリアラ」
「歳は」
「とし?」
「年齢。何年生きたかってこと。オレは十四歳。お前は?」
「ああ、なんか言ってたような……ずう、く? とか」
 ピィスは一旦立ち止まり、テーブル上のカゴの上を漁っていたが不可解そうに手を止める。そして何かに気づいたようで、また探りながら呟いた。
「あ、十九か。魚にしちゃ長生きかもな。で元ピラニア、と。食え」
 見つけ出してエサのように放られたのは、黒く四角い謎の物体。ざらついた表面には白い衣がうっすらとかけられている。不思議な匂いにカリアラは鼻を動かした。味わったことのないものだ。
「クロジ菓子。甘くて美味しいから食ってみろ」
 カリアラは好奇心に誘われるがまま口に入れ、噛み砕こうとしたのだが、アゴはそのまま進みを止める。やたらと硬くてまったく傷つく気配がない。喋れないため物言いた気に目をやると、ピィスは何か思うように腕を組んだ。
「噛めないか。んじゃ、本当に人間の力しかないってことだな」
 そしてカゴからもう一つ菓子を出すと、それは自分の口に入れた。もごもごと不明瞭に喋りながら歩き出す。
「噛むんじゃなくて、溶かすんだ。ずっと舐めてりゃそのうち勝手に砕けるけど……ちょい待て」
 振り返ると手を招き、ピィスは頭一つ分以上はある身長差を埋めるように、カリアラの首を引き寄せた。すると遠慮なく口の中に指を突っ込む。カリアラは驚いてびくりとしたが、鋭い声に動きを止めた。
「噛むな! ……だ液よし、歯並び普通、ベロ反応。はい口閉じてヨシ」
 菓子を取り出すと傍のくず箱に捨てて、硬直しているカリアラの上半身を押し戻す。ピィスは納得がいかないらしく、不満げに問いかけた。
「作るの、どのぐらいかかってた? あいつが、お前の体を作ってた日数」
「…………」
 カリアラは考えるが答えはうまく出てこない。元ピラニアは日数を数えるのが得意でないのだ。カリアラが曖昧な記憶を探っていくと、表情はぴたりと止まった。彼は“考え込む顔”がどんなものかはまだ学習しきれていないのだ。カリアラはこの体になって以降、普段はいつも平然とした表情をしている。それは魚の顔立ちをそのままに映したもので、特に意味を持ってはいない。表情に関しても、カリアラはまだ学習が足りていなかった。言葉は昔からシラの喋りを聞いていたし、仕草も彼女に教わってそれなりになってきたが、まだぎこちなさや不自然さは拭えない。
 ピィスはそれを値踏みするように見つめていたが、ドアの音に振り返る。
「私が戻った日からでしょう。ええと、いつでしたっけ」
 片付けを終えた様子のペシフィロが、部屋に上がり会話に入った。貼り暦を黙視で数え、カリアラの代わりに答える。
「ひと月もいかないぐらいですか」
「……早すぎる」
 いよいよもってピィスの疑惑は高まったのか、改めてカリアラの全身を見回そうとしたが、気が変わったように行く先を手で示した。
「上でじっくり調べよう」
「何するんだ?」
 不安そうな顔をする元ピラニアに、ピィスは明るく笑ってみせる。
「大丈夫、心配すんなって」
 最初に見せたのと同じ、人懐こい笑みだったのでカリアラはうなずいた。



 階段を上がってすぐの部屋に招かれる。散らかりようはサフィギシルの作業部屋と同じぐらいだろうか。ただ広さはその半分に満たない程度だった。大部分を占めるのは、サフィギシルのそれと違って本ではなく木の彫刻で、人の手足や頭のようなものもあれば、動物らしきものもある。全身が揃った物は見当たらない。どれもすべて細かくばらされた部品だった。
 床には工具が放られている。ピィスはそれらを寄せ集めるとぞんざいに場所をあけた。
「座ってろ。すぐ終わるから」
「そうか」
 カリアラは素直にうなずき、示された場所に座る。敷かれている広い板には様々な色のかけらが散らばっていた。近くには塗料の缶や色のついた筆が置かれている。それぞれから強い匂いが多様に鼻に入り込んだ。カリアラは刺激臭に目を細めながら言う。
「サフィの部屋と似てるな」
「ま、魔術技師の部屋ってのはどこもこんなもんだ。オレはまだシロウトだけど。ハイちょっと調査〜」
 ピィスはカリアラの隣に座り込むと、唐突に彼の袖をまくった。カリアラの腕を掴んで表面を近く見つめる。試していくつもりなのだろうか、爪を立て、つまんでは離すなどを繰り返した。カリアラはかすかな痛みにぴくりと動く。ピィスは人工物には見えないほど人間らしい彼の肌に触れ、赤い痕がついては消えていくのを見ては、眉間に皺を増やしていく。
「……ビジス製。つーか頭も何もビジス製だこりゃ。出来合いの部品ばっか。家ん中のもんかき集めてくっ付けたってとこだろ」
「なんかそう言ってたな」
 ふうん、とピィスは考え事をしているのかあらぬ方を向いていたが、あっさりとカリアラに戻ってくる。
「ま、所詮はオレと同じでサフィもシロウトってことだ。おかしいと思ったんだよ、あいつに一からちゃんとした『作品』が作れるわけないもんな」
「足くっつけるのも簡単なのか? シラの足、本当に人間みたいになってるぞ」
「そう、それがわっかんねーんだよなー。義足だけなら出来たのがあるだろうけど、肉と接続させるのは、ちょっとやそっとの技術じゃあ……。同じように半人前だったくせにさ。練習始めたのも、オレとほとんど同じぐらいだったのに」
 愚痴るように喋りながらも、カリアラの体を調べるのは続けている。簡単に反応を確かめては別の箇所に移っていくのを繰り返した。
「いっつも同じ失敗ばっかしてたのにさー。あ、その人魚のひともお前みたいに全身作り換えたとかは?」
「いや、足だけだぞ。他はシラそのままだ。おれちゃんと匂いでわかる」
 ううんと深くうなり、ピィスはうつむいて考え込んでいたが、急にぱっと明るい顔をカリアラに向けた。こぼれるような笑みを浮かべる。
「ま、見てみりゃわかることか。接続の具合とかで技量はすぐにバレるからな。外見だけ誤魔化してもダメってことで、ちょっと協力してくれよ。簡単なことだからさ」
 カリアラはつられて同じ笑顔になり、わけもわからずうなずくと、ピィスが近くの箱を探りだしながら尋ねた。
「で、腹割きと背開きだったらどっちがいい?」
 明るく言われてカリアラは疑念もなく考えたが、そもそも意味が解らない。素直にそう言うのと同時、箱から四角い鉄塊のようなものが出てくる。厚く長いその両端には穴があり、何故か紐が伸びていた。ピィスはそれを重そうに片手で掴み、くるりと彼に向き直る。
「じゃ、背中から行こうか。ハイこれくわえてー」
「な」
 質問は一拍でさえぎられる。鉄塊を口の中に押し込まれ、とても重く支えきれずにぐらりと頭をもたげた途端、カリアラは勢いよく後頭部をはたかれた。驚いて口を開くその前に、頭を掴まれて敷かれた板にしっかりと押しつけられる。後頭部で、しゅ、と細く柔らかい感触。と思えば即座にきつく締められる。紐でくくりつけられたのだ。カリアラは頭を振るがしっかりと固定されて外れない。アゴに食い込む鉄塊は、重く厚く喋るどころか頭を上げることすらままならない。そもそもピィスが押さえているので身動きは不可能だ。そのまましっかり背に乗られ、またもや押さえ込まれてしまう。
「ごめんなーすぐ終わるからなー」
 だがその声は好奇心に満ちていて、なんだかとても楽しそう。
「では。カイボーを始めまぁす」
 いやに危険な響きだった。
 ピィスの手が横に伸びる。そこにあるのは長い刃物。ぎらりと光るそれを見た瞬間に、カリアラは本能だけで思いきり体をひねり、尾びれ、ではなく足を動かしてピィスを落とす。
「うわっ」
 ピィスは転んでしまったようだがそれに気をやる余裕もなしに、ただひたすらに逃げようと立ち上がり、カリアラは重い鉄を手で支えた。人間、人間、人間と、頭の中で何度も唱えて魚の仕組みを思考から排除して、手や足に意識を巡らす。動く、動く、動かせる。鉄で崩れた重心を立て直しつつ、よろけながら部屋を出て廊下に足を踏み入れた。下か、それとも二階の奥か。どちらに逃げるか一瞬迷って立ちつくしたその瞬間。
「なな!」
 ピィスが叫び、唐突に足元をすくわれた。くるりと回転するように顔面から床に着地する。鉄がアゴにはまった痛みに気を取られていると、放っていた手を背に回されて捕らえられた。布越しのような妙な感触。だがそれをしっかり感じるほどに冷静ではいられない。ピィスがこちらに歩いてくるのを気配で確かに感じ取る。
 ――じゃあ、これは誰の手だ?
 本体を察知できない人の手に、カリアラは深い恐怖心へと引き落とされた。暴れるのも忘れて硬直する。他に誰かがいるはずは――。
「ったく、おとなしくしろよ。ほら、さっさと開くぞ」
 ピィスがカリアラの服をめくり、背の中央に指を入れる。痛みはなくただ異物感を感じるだけ。奥深くを探られると、ヂッ、と奇妙な音がした。そのとたん体がいきなり重くなり、鈍い音がしたかと思うと腹が床に押しつけられた。まるで内臓が岩になったようだ。くわえた鉄を軽い感じてしまうほどに、体すべてが不自然に重くなった。頭の中から足の先までぴくりとも動かせずただ皮が震えるだけ。思考もぼやりと霞みだす。
 なんだこれはなんだなんだ。理解できない困惑と、何も出来ないその状況がやけに静かな視界を離れてぐるぐると回りだす。カリアラは生理的に跳ねようとしたがそれすらもままならない。もがくように鉄を噛むが、抗える硬度ではなかった。ただカチカチと軽い音がするだけだ。
 混乱する思考の奥深くから、一つの記憶が音もなく湧き上がる。一度だけ味わった最悪の恐怖の感触、それと全く同じ状態。死に近しい体の重みにどうにも出来ない諦観めいた無力感。

 頭の中で、ひたひたと水の流れる音がした。
 知らずうちに、カリアラは歯を食いしばっていた。

※ ※ ※

 背に隠された繋ぎ口に指を入れ、循環魔力の流れを切ると、予想通り彼は廊下にその体を押しつける。もう動けないことを確認し、ピィスはその場に腰を据えた。重量の調節機能を切ってしまえば、体中に埋め込まれた魔石の重みがのしかかるのだ。人型細工は特に魔力が必要なので、体内の半数以上を石に占領されている。魔力を呑んだ魔石は随分重くなるし、これでカリアラの動きを封じたも同然だった。
 カリアラは完全に動かない。ただ肌だけが小刻みに震えている。呆然とした表情が怯えに染まるのを見て、ピィスは罪悪感にさいなまれた。
「そんなに怖がるなって。ごめんな、先にちゃんと言っとけばよかったな」
 どう考えても説明が足りなかった。興がそがれ、もう開くのはどうかと思っていたが、ここまで来たらやってしまっても変わらない。大して時間はかからないし、折角だという気持ちもやはりある。
「痛覚切るから痛くないし、見るだけだから心配は……」
 せめて不安を減らそうと、今さらながらに優しく説明しようとする。だがカリアラの背に触れた途端思わずびくりと手を引いた。
 そこに水を感じたのだ。
 慌てて見るが水分はない。ただの、人の肌に似た作り物があるだけだ。だがその表面に、うっすらと魔力が膜を作っていた。水属性の濃い魔力。透明なそれは目を凝らしても見えないが、異様なまでの存在感を漂わせる。静かだが、見つめていると耳の奥で水音が聞こえそうなほどの力。
 息を呑むと耳の中に大きく響いた。ピィスは人型細工専用の切開器具を手にとって、刃のない先をそっと背筋に押し当てる。魔力の膜はふんわりとそれを受けて、そのまま波紋をなびかせて抵抗する。これ以上この体には触れさせないと、柔らかく押し戻そうとする力をピィスの手に響かせた。
 ピィスはどうしようかと悩んだが、奥からちらりと姿を見せる好奇心にそそのかされて、少しずつ力を加えて押し進める。思ったよりも強い抵抗はなく、魔力の幕はあっけなく隙間を作り銀色の器具を受け入れた。ピィスは息をするのも忘れ、切っ先だけを見つめながら、刃を背に入れようと、峯を押す手に力をこめる。
 不吉な音がその場に響いた。
 鈍いそれは聞き覚えのないものだ。緊張を解かれたピィスは息を呑む。今まで聞いたことのない、普通ならばするはずのなかった音。カリアラが、ゆっくりと頭を横に動かした。紐がそれを留めるように絡んだが、ピィスが手早く外していく。二人とも、同じ顔で同じ物を凝視していた。
 その、大きく砕けた鉄塊を。
 一つの四角だったそれは、三つに砕かれていた。ピィスがカリアラの口内に指を入れてみると、鉄のかけらが残っている。
「お前……歯」
 カリアラの歯が鋭く凶暴に尖っていた。さっき調べた時とは違う、人のものではない並び方。掴んだ獲物を逃がさないよう工夫された野生の形。ピィスは彼の体を見て目をみはる。もう濃い水の魔力は消えて、残ったのはさらけ出された体だけ。
 だが、その肌にはびっしりと銀のうろこが生えていた。

 ひゅう、と息の音がした。
 二人が同時に深呼吸をしたのだった。


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