第17戦「レタスとキャベツとマヨネーズ」
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 常識は多数決だ。どんなに不要なものであっても、大勢の人間が支持するだけで反対派の人間は世間知らずと馬鹿にされる。時代遅れ、アナクロ野郎、意味もなく特別な人間を気取ってみたいお年頃……目を閉じれば数々の暴言が耳の奥へと蘇る。少数派の人間はいつだって迫害されるものだ。そう、今だって脈々と続いてきたそれが繰り返されているだけのこと。
「圭一〜、やっぱりメール使えないと不便なのだ。いい加減携帯ぐらい持つのだー」
「しつこい」
 俺は目の前で揺れる携帯電話のパンフレットと拗ねた風情のあきらを睨む。このバカ魔王はことあるごとに俺に悪の電磁波機器を持たせようと薦めてくるのだ。持たない主義だと何度言っても受け入れる姿勢を見せず、今日もまた奴なりに選別したカラフルな電話の写真をちらりちらりと振っている。
「なんでダメなのだ。サエコさんも買っていいって言ってるのにー」
「親がなんと言おうとこれは俺の問題だ。いいか? 携帯電話が放出する電磁波はペースメーカーの電池を減らしていくんだぞ? 誰でも彼でもそんなものを持ち歩くからお年寄りが困るんだ。いやお年寄りに限ったことでもないが、とにかく俺に持つ気はない。第一そんなことをしたら、どこぞのバカ魔王が毎日毎時間でもいたずらメールをしかねないしな!」
 指をさして言い放つとあきらはぎくりと肩を揺らす。さてはお前、図星だな? さらに睨みを近づけるとあきらは顔をそむけながら、二つに束ねた髪の先をいじり始めた。わざとらしく口笛を吹こうとするが、動揺が祟ってただの空気音になる。昔からのこいつの癖だ。まったく何も変わっちゃいない。
「ったく、そもそも毎日押しかけといて何が不便だ。言いたいことはその口で言えばいいだろ。ほら喋れ。今喋れ」
 手を振ってわざとらしく発言をうながすと、あきらは拗ねた顔で呟く。
「もう高校生なんだから、携帯ぐらい持つのだ」
 恨みがましい上目遣いにため息が出た。まったく、なんでこんなにしつこいんだ。俺が何を持っていようがこいつには関係ないはずなのに。あきらはまだ諦めていない表情で、俺の膝に電器店のチラシを投げる。赤い丸で囲ってあるのは言うまでもなく携帯電話だ。俺はしぶしぶそれを取り上げて、斜に構えた目で眺める。
 しかし、しばらく見ないうちに随分と進化したものだ。こんなに小さいのにカメラ機能までついているとは。しかも音楽も聴けてしまうし、これなんかテレビまで見ることができるとは……。
 いつのまにか興味深く見入っていることに気づき、慌てて気を取り直した。ここでその気になってしまえば完全に俺の負けだ。しかしネットサービスには惹かれるものがある。どーも君の待受画面や着信音もあるだろうし……いやだからそれこそあきらの思惑通りではないか。気をつけろ俺! これ以上国営放送の罠にかかるな!
 内部の葛藤をなんとか押し殺していると、膝立ちで近寄ったあきらがある写真を指さした。
「その緑色のやつ、すごくかっこいいだろう。我のオススメはそれだ!」
「お前のオススメなんて訊いてねーよ」
 だが、確かにその携帯はなかなかいい雰囲気だった。折りたたまれた表面は淡さを含む黄緑色で、夏らしい涼しさを振りまいている。カバー以外の本体色が、浅い銀色なのも好みだ。何よりも、手の中に収まる小さな長方形に、小さな画面やカメラのレンズが小気味良く収まっているのがいい。俺は写真の中の緑色を、知らずと熱く見つめていた。
「どうだ。いいだろう」
「まあ、この中では一番マシかな」
 物欲しさを悟られないよう注意して言い捨てると、奴は途端にぱっと顔を明るくした。
「じゃあそれにするのだ! それで我のと並べるのだ!」
「……並べる?」
 思わず怪訝に眉を寄せると元魔王はポケットから自分の携帯電話を取り出す。
 少し古いが一応はカメラつきの折りたたみ式。カバー部分はオレンジがかったクリーム色だ。
「じゃーん。これをお前の緑に添えれば、レタスとマヨネーズになるのだ!」
 あきらは心の底から得意そうに、クリーム色の携帯を広告写真の隣に乗せる。緑色に添えられるマヨネーズ色の携帯。パンダのストラップがついたそれを見て、写真の中の緑を見る。
「……それがやりたいがためだけに、これを?」
「そうだっ。昨日チラシを見て思いついたのだ! 大発見なのだ!」
 俺はとりあえずそうしておくべきだと感じ、音を立ててチラシを破った。
「ああーっ! なにするのだ、ひどいぞ!」
「お前の馬鹿な思いつきで持ち物を決めてられるかー! 第一どこがレタスだ。どっちかと言うとキャベツじゃねーか」
 細かくなった紙をつまんで突きつけると、あきらは負けじと言い返す。
「違う、どう見てもレタスなのだっ。キャベツはもっと薄いのだ!」
「いーや違いますー。キャベツだって外側は青いんだよ。写真映りが悪いだけで、電車の広告にあった奴はもっとキャベツ色だった」
「その広告は我も見たのだ。そっちもレタスだったのだ!」
「お前単に自分が好きな方言ってるだけだろ。俺は食べるならレタスの方が好きだが、この写真は断然キャベツだ」
「我だって食べるのはキャベツが好きだ。でもこれはレタスなのだ!」
 あきらはむむうと口をつぐんだ。俺も同じ顔をする。
「キャベツだ」
「レ・タ・ス!」
 俺たちはしばしの間にらみ合い熱い戦いを続けていたが、どちらともなく立ち上がり、千切ってしまったチラシを持って一階へと走り出した。
「サエコさーん! これ見てー!」
「ぜってーキャベツだって! なあ!?」
 だが昼寝から叩き起こされた母はそれを見て「ミントね」と判断し、父は「キウイ」、クラスメイトは色つきのそうめんだの葉っぱだのかき氷だの……と何ひとつまとまらず、俺は自論を実証するために、結局は実物を購入することになる。


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