第7戦「取り返しのつかない失態」
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 入学してまだ間もないクラスにはぎこちなさが見え隠れする。そんな不安を払拭してしまうためか、はたまた規律を体に叩き込むためか。新入生一同には短期の山間合宿プログラムが待ち受けていた。
 人気の少ない放課後のクラスルーム。あきらは部活に行った圭一の帰りを待ちながら、嬉しそうに合宿のしおりを読み返している。遠足にも似た行事が楽しみなのだろう、持っていくもののリストを何度も確認しなおした。すぐ傍でそれを眺める藤野壱香と中嶋愛は、日差しに暖められるような優しい微笑みを浮かべる。
「みっちー、合宿楽しみ?」
「うん、楽しみなのだ!」
 あきらはしおりをぎゅうと握り、嬉しげに頬を染める。藤野は彼女の頭をなでた。
「あー可愛い可愛い。小学生みたい」
「いいなあ、わたしこういう妹欲しかったんだー。うちの横暴な姉と交換して欲しいよ」
 そういえば、と中嶋は思い出して語り始める。
「その姉から聞いたんだけどさ。合宿でイチャついててえらいことになったカップルの話知ってる?」
「えー知らない。聞きたい聞きたい」
「合宿所の裏でべたべたしてたのを先生たちに見つかったらしくてさ。それだけなら別に注意だけで終わるんだけど、傍にあった鞄の中身をチェックされちゃったらしいのね。そしたら中から出るわ出るわ大人のオモチャの数々が」
「うわー」
「そんなのわざわざ合宿でやんなくてもいいでしょーに、なんかスリルがあったのかねえ。結局は二人とも学校に親呼び出しで厳重注意。女の子は泣いちゃったって。そりゃそうだよねえ。そんなもの見つかったら言い訳もできないし、噂にもなっちゃうし」
「取り返しつかないよね。そんなのあたしだったら学校にいられなーい」
 そこまで二人で会話を続けて、あきらが取り残されていることに気づいて藤野は試しに問いかける。
「大人のオモチャがわからない人ー」
 あきらはどこか気まずそうにそろそろと手を挙げた。わからなければ何か恥ずかしいのだろうか、と窺う目で藤野を見る。中嶋も藤野も意味ありげな笑みを浮かべてそれぞれに口を開いた。
「大人のオモチャってのはー、要するにブルブルと震えるものでー」
「古い言い方だと電動こけしなんて呼ばれてますね藤野先生?」
「で、電動こけし? 電気なのか? こけしがブルブル震えるのか?」
 あきらは震えるこけしを想像して驚きを隠せない。純粋な彼女の様子を楽しむように、藤野はさらに笑顔で続けた。
「まあその通りって言えばその通りなんだけどー。大人のオモチャってぐらいだから、大人が楽しむものなのよね。その大人の部分がみっちーにはちょっと難しすぎるかなー。ンフー、どちらにしろ学校に持ってきちゃいけないことだけは確かなものなのですよオ、水谷サン?」
 最後は担任の物真似に切り替えて締めくくる。あきらは腕を組んで考えた。
「それは合宿にも持ってきちゃいけないものなのか?」
「そうだよ。だから持ってきた子は先生に怒られたの。合宿というか、そんなものを持ってるなんて公にされたら恥ずかしくて死んじゃいたいと思うかもね」
 それを聞いてあきらの顔は途端に明るく輝いた。彼女はいきなり立ち上がると、鞄を掴んで走り出す。
「ちょっと、帰るの? 長谷川君待ってるんじゃなかった?」
「いいことを思いついたのだ! 教えてくれてありがとうなのだー!」
 満面の笑顔で手を振って、小学生にも似た女子高生は急いで廊下を駆けだした。

          ※ ※ ※

 まだ肌に冷たい風を感じながら、俺は鼻歌すら口ずさみたい気分で帰宅した。汗臭さと夏の暑さをなしにすれば、剣道は若者を鍛える部活として最適だ。やはり、剣はいい。平和な世界に生まれたせいで退屈さを感じていたが、こうして毎日鍛錬ができるのならばこの人生も悪くはない。
 おまけに今日はミーティングや何やらですっかり夜になってしまった。ここまで遅くなってしまえば、あの馬鹿魔王も自宅に戻っているはずだ。
 そんな浮かれ気分で部屋へと戻ると、見慣れない物が目についた。
 旅行用のスポーツバッグだ。確か押し入れにしまってあって、今夜あたり合宿の荷物を詰めようと考えていた……。だがしかしまだ出した覚えはない。おまけに空であるはずなのに、妙にいびつなふくらみがある。一体何が入っているのかおそるおそる開けてみると、そこに入っていたものは。

 ゲーム機の震動パックをガムテープで括りつけられた巨大なこけし人形と、
 懐中電灯をガムテープで括りつけられた巨大なこけし人形と、
 するめと裂きイカの束をセロテープで括りつけられた巨大なこけし人形だった。

「バカ魔王――ッ!」
 俺は力強くふすまを開けた。予想通り押し入れに隠れていたあきらは悔しそうに怒鳴り返す。
「なんでもう見つけちゃったのだー! 気づかずに合宿まで持っていけ!」
「こんな伝統工芸品を三体も持っていけるかー!」
 俺はそんな奴に向かって小脇に抱えたこけしたちを投げるように突き返す。一体何がどうなって合宿にこけしなんだ。しかも変なオプションつきで。全くわけが解らないのでとりあえず怒っていると、あきらは悔しそうな顔をして赤ジャージの膝を抱いた。
「大人のオモチャを持っていったことがバレたら、圭一は破滅だと思ったのだ」
 俺の思考が複雑に停止する。
 ちょっと待て。今、なんて言った。
「……大人のオモチャ?」
 ためらいながら尋ねると、あきらは自信に満ちた顔で力いっぱい言いきった。
「そうなのだ。大人のオモチャはこけしで電気でブルブルと震えるのだ!」
「アホか――!」
 力強く頭を叩くとあきらは涙目で言い返す。
「アホじゃないのだ!」
「じゃあ馬鹿だ。馬鹿魔王。……ちょっとまて、震動と電気はまあ解らんでもないが、解りたくもない阿呆すぎる発想なんだが、この最後のひとつは何だ? なんでこけしにするめと裂きイカが」
 心底疑問に思って訊くが、あきらは自信満々にきっぱりと言いきった。
「大人だから」
 これほどなく脱力して俺は床に崩れ落ちる。あきらはこけしを掴んで説明する。
「この括りつけた裂きイカの中に一本だけ印がついている奴があって、それを引いた人は王様だから相手に命令できるのだ。それで夜な夜な騒ぎながら楽しく遊んで先生に怒られるのだ! そして滅べ!」
 なんでそこでその遊びが出てくるんだ。古い。なんだかもういやに古い。だがあきらは説明しながら楽しそうに思えてきたらしい。わくわくした表情で、こけしをこちらに突き出した。
「やってみたら楽しいかもしれない。勇者、これで我と遊ぶのだ!」
「遊べねえー! どう頑張っても遊べねえー!」
 頭を抱えて叫ぶ間に魔王は裂きイカを引く。
「王様だーれだ!」
「知らねえよ!」
 だがその後も間違った知識による王様ゲームは延々と続けられ、俺はひとりで遊ぶ魔王を無視して正しい荷物を詰めながら、執拗な誘いを受けては毎度毎度怒鳴りつけるはめになる。


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