第4戦「二枚目と三枚目」
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「ピッカーン。いいことを思いついた!」
 ある日曜日の昼下がり、唐突に魔王が叫んだ。
「いやお前ピッカーンて。ピッカーンてなんだピッカーンて」
「ふふふふふ。我は今度こそお前を倒す名案を思いついたのだ。さあかしこまって聞くがよい」
 だが奴は俺の台詞など軽く流してやけに不遜な笑みを浮かべる。ここになおれと言わんばかりにカーペットの上を叩くが、そもそもここは俺の部屋だ。毎日のように押しかけられているため時々忘れそうになるが、どこをどう間違っても水谷あきらの部屋ではない。不機嫌になった俺は奴に背を向けて寝返りを打つ。雑誌を目で追っていると、あきらはふふんと鼻で笑った。
「そんなに我に負けるのが悔しいか? そうかそうか悔しいんだな。だから勝負はしたくない、と」
「ていうか勝負しなきゃ勝ちも負けもねぇんだから、何もしない限り俺が負けることもないよな」
 やる気なく言い捨てると、背中のあたりに重い沈黙。しばらくの間を置いて、あきらは小声で呟いた。
「お願いします勝負してください」
 素直だ。
 その素直さに免じて身を起こしてやる。まあ今日は暇で暇で仕方がないところだったし、ちょっとぐらい馬鹿の話を聞いてやるのも悪くない。俺があぐらをかいて座ると、あきらは目を輝かせて正座した。
「いいかよく聞け。我はお前をなんとしても打ち負かしたい。いや打ち負かさなきゃいけないのだ。だがケンカしたら絶対負ける、ほんとに負ける。お前のその卑怯な竹刀とか腕力とか体格差のせいで、我はちっとも勝てないのだ!」
 部屋の隅に立てかけてある竹刀を指差される。そういえばこいつは昔俺に刺されてしまったせいか、若干刀剣恐怖症の気があるのだった。害のない竹刀とは言え過去を彷彿させるのだろう、先を向けただけで逃げるので追い払うには重宝している。あきらは床を叩いて力説した。
「それにこのか弱い腕で万が一勝てたとしても、復讐としてお前を殺してしまったら我は殺人犯じゃないか! 不幸なことにこの現代日本に生まれたからには半殺しとか全殺しとかなぶり殺しは駄目なのだ。復讐をやり遂げてもこの水谷あきらの人生は続いていく、そうだろう? だから暴力や殺害での復讐はできないのだ!」
 それはまあ確かにそうだ。こいつは事あるごとに殺された恨みだの、その復讐だのと言っているが実際にやり遂げたところで監獄行きになるばかり。今ごろ気がついたのか、と呆れた目を向けていると、奴はいやに力強く握りこぶしを振り上げた。
「じゃあ、健康的にスポーツ勝負で勝てばいいのだ!」
「……はい?」
 怪訝に首を傾げても、あきらは輝く表情でひとり勝手に盛り上がる。
「復讐なんてナンセンス! 時代は今スポーツ! さあ、我と一緒に健康的にスポーツで戦うのだ、そして負けろ!」
 その足元にはオリンピックの特集記事が掲げられた雑誌が転がっていた。元魔獣の思考回路はいつだって解りやすい。
「あっ、剣道はだめだぞ。お前はずっとやってるんだから不公平だ。スポーツマンシップにのっとって正々堂々と復讐劇、これ最強。というわけでスポーツの選択も公平に、ここはくじを作るのだ!」
「はいはい、作りたきゃ作れよ。その辺にいらないプリントがあるから、裏使え」
「ペンも借りるぞ、いいか!?」
「どーぞどーぞ。勝手にしやがれ」
 俺はすっかり呆れた気分でまたもや床に寝ころんだ。あきらはプリントを物色し、ペンを探して机の上にぶちまけて、さらには紙を引きちぎるのに結構な手間をかけて……と騒がしく動き回る。ちらりと覗くと「まだ見るなー!」と怒られた。お前は小学生か。中学校の赤ジャージを着ているせいで、ますます幼く見えてしまう。色気の欠片もない奴だ。
「できたのだー!」
 と、力いっぱい叫ぶ笑顔もまるで子どものそれで、俺は人生の至らなさに思わずため息をつく。こうやって毎日押しかけてくるのならもっと甘いひとときを妄想させてくれればいいのに。どちらにしろ魔獣なんかとイイ仲になるつもりはないが。
「できたのだ、できたのだー! 勇者、くじを引くのだ!」
「あーはいはい引きますよ引きますよ。ったく、さっさと出せほら」
「ふふん、我のくじは一筋縄ではいかないぞ。お前に不利なスポーツも入れてあるのだ!」
 あきらは不敵な笑みを浮かべて切りそろえたくじを持つ。扇のように掲げられた紙くじはこちらからは何が書いてあるか解らない。要するにトランプの要領だ。ババ抜きをしていると思えばいい。あきらは口元を邪悪に歪める。
「それを引けばお前はもうおしまいだ。さあ、引くがいい……」
 ふっ、面白い。この俺のくじ運の良さを忘れたのか元魔王。俺はこう見えても商店街のくじ引きでマウンテンバイクを当てた男だ。こんなちゃちな落とし穴にはめられるわけがない。相手の顔に合わせるようににやりとした笑みを浮かべ、俺は並ぶくじを見た。
 こういうのは結局のところ心理的な駆け引きだ。だがこいつの頭にそんな大層な仕掛けができるはずがない。つい引いてしまいそうな中央に罠を配置したか? それならば端に寄ればいい。左から、二枚目か三枚目。あのあたりが安全圏か。――いや、待て! 左から三枚目が微妙に高く上げられている。二枚目との差、数ミリ。俺に誘いをかけているのか? それとも裏をかいて平凡な二枚目の方が罠なのか。俺はあきらの視線を探った。三枚目を、横目でこっそり窺っている。馬鹿め、自分から答えを出したか! それならば今俺が引くべきくじは……!
「これだあーっ!」
 左から二枚目のくじは呆気なく手に取れた。あきらの顔が「あっ」と歪む。俺は逆に笑みを作る。
 見事に引き当てた、勝負するスポーツの名は……!




         カバディ。



「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディぐふぅあ!」
 俺たちはどちらともなく口を動かし、これまた同時に二人揃って咳き込んだ。
 えほえほえほ、とひとしきり喉を揺らしたところで大きな大きな息をつく。
「……無理だ! カバディ無理だ!」
「これ絶対に流行らねえー!!」
 二人揃って疲労のままに床の上に倒れこんだ。うあー、とか、ぐはー、とか、意味のない言葉で疲労を吐き出す。
「カバディじゃ駄目だなあー!」
「そもそもこの競技の仕組み自体どうなんだよ。意味とか全然わっかんねー!」
 慣れない言葉に疲れた喉を震わせて、俺たちはよその国の競技に向かって全力で文句を言った。

 こうして今日も、平穏な休日が実に無駄に過ぎていく。

カバディとは→参考


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