「いやあ、本当にお疲れさま! おかげでいい映像になったよ!」 再生し終わったビデオを巻き戻しながら、おじさんは爽やかな笑顔で言った。 私はぐったりと壁にもたれかかる。全身の力が抜けてろくに喋る気力もなかった。 あの悪夢のようなロケから五日、私たちは完成したビデオの上映会としてなかちゃんの家によばれていた。なかちゃんが不満そうに、ぶつぶつと愚痴を吐く。 「毎回言ってるけどテロップがしつこすぎる。あの面白さが完全に再現できてないじゃない」 「いやいや、テロップも効果的に使えている自信があるよ。生の映像にはない面白さが加えられる」 ひょうひょうとリモコンを操るおじさんに、嵯峨野が興奮した様子で言う。 「そうですよね! 俺、今回のことで編集に興味を持ちました! 師匠と呼ばせてください!」 「ははは。だが君はやはり撮られる側が一番だよ。なあかるし君?」 「そうですねー。嵯峨野君は若いのに輝いていたよね、なあすこし」 「悔しいけど認めざるを得ないな」 そう言って和やかに馴染んでいるすこしかるし。なんでいるのあんたたち。 私は部屋の隅を見る。そこには竹内祐樹が体育すわりで呆けていた。 「竹内ー。お前も芸人ならもっと頑張れよー」 「ボ、ボボボボ僕はそんなっ、芸人にはなれません! あんな怖いことできませええん!!」 声をかけた嵯峨野部長に、竹内はまるっきり恐怖に怯える乙女の顔で懸命に首を振った。 「でもこれケーブルTVで流すんでしょう? これだけ面白いなら竹内君にもそのうちオファーが……」 すこし君が言ったように、ここ最近の騒動はすべておじさんの手によって撮影されていた。最初の告白と落とし穴、裸エプロンでの主張、そして最後のパイ投げづくし。私費を最大限に投じただけあって、おじさんの編集映像はローカル局に買い取られることになり、おじさんは大道具以外の仕事を取りにあちこち走っている。このビデオをきっかけに、自分の番組作成能力を売り込もうとしているのだ。 ようするに、私たちはそのためのいい材料にされていた、と。 途中からその片腕を担いでいたなかちゃんが、涙目の竹内に力強く声をかけた。 「大丈夫、竹内君の天然さはマスコミになんか汚させない! あたしが守り抜いてあげる!」 「な、なななな中野さああん!」 竹内は感激に赤く染まる顔で、乙女のように両手を組んだ。 「嬉しいです! あなたはボクのピョロギーネフズッポンズです!」 ああもう一語たりとも理解できないし。やっぱり竹内はどこまでも竹内である。 なかちゃんもまた嬉しそうな乙女の笑顔でポッと頬を赤らめた。 結局、この二人はこのまま上手く行くのかもしれない。そうなればどんなにありがたいことか。 「それにしても……やっぱりまだ面白くなるはずなのに……」 「まあ、現場でしか体験できないものを再現するのは不可能に近いからね。笑わせる側には、笑わせる側にしか解らない快感というものがある。そうだろう持川君?」 「え!?」 唐突に話を振られて驚くと、おじさんは意味ありげな笑みを浮かべる。 「言っただろう? 君は既にこちらの世界に足を踏み入れているって」 反論はできなかった。なかちゃんがこちらを見てにやりと笑う。嵯峨野も、すこしかるしも。 それは観客にはわからない感情。笑わせる側だけが味わうことのできる歓び。 「やめられないでしょ?」 笑うなかちゃんの言葉で、あの時の痺れるような感覚を思い出した。 人を笑わせる快感。相手がいないと、場所が、舞台が用意されていないと生まれない。成功するかどうか、たどり着けるかどうかさえも危ういのに、私は既にそれを求めずにはいられなくなっている。 まるで乙女心にも似た熱い想い。 ……そう。 私はそれに恋をした。 永遠に続く恋慕の道に、足を踏み込んでいた。 |