むかしむかしあるところに、素晴らしい王様がおりました。彼は賢く機智に富み、常に民草の幸福を前提とした優しい政治を行ったため、全ての人から愛されておりました。 国は栄え、このまま平和な時がいつまでも続くだろうと誰もが思っていたある日。国王陛下の実の娘、第一王女であるわたくしのご主人様が、唐突に、本当に唐突に大暴れしてしまったのです。 「いつまでもお前の天下と思うてたら違うんじゃ――!!」 ご主人様はお話的なタメを一つも作らず王をスッパリ殺しました。 「テメェもとりあえず消えとけや――!!」 側にいた王妃様をもこん棒を振りかぶって撲殺しました。 駆け寄ってきた兵士たちを一人残らず手榴弾で肉塊へ。ご主人様は残された城のものを一人一人検分し、そのつど何かと理由をつけて命を奪って行きました。 曰く、「私より美人なのが許せない」「私より学があるのが許せない」「私より度量があるのが許せない」「私より指が細いのが許せない」「私より髪が長いのが許せない」「私より髪が短いのが許せない」「私と同じ髪の長さなのが気に食わなくて許せない」などなど。 わたくしは醜い女でございますから、こうして今も生きております。 わたくしは学のない女でございますから、こうして今も生きております。 わたくしは度量のない女でございますから、こうして今も生きております。 わたくしは指の太い女でございますから、こうして今も生きております。 わたくしは剃髪しておりましたから、こうして今も生きております。 ご主人様はお弁当をお詰めになると、様々な凶器を持って城下へ駆けてゆかれました。そして全速力で走りながら、自分よりもどこか優れた箇所をもつ民草たちを一人一人抹殺していかれたのです。 そうして新たな女王陛下の恐怖政治が幕をあけてしまったのでした。 国民は女王様のご機嫌を損ねるようなことがあれば、一瞬で死に至ります。ですから領土は常に血に覆われていて、酷いときには赤い海のようでした。特に女王陛下三十歳のお誕生パーティでは、女王様は「この世の二十代が憎い!!」と絶叫なさいまして、そのまま国中の二十九歳以下の若者を殲滅してしまったのです。わたくしは三十五歳でしたから、こうして今も生きております。 さて。そんなことを続けるうちに、とうとうこの国の中には女王様とわたくししかいなくなってしまいました。いくら女王様が現在最も優れているお方でも、それでは生活に不自由が生じます。 ですので女王様はわたくしをクローン技術で三百人まで増やしておしまいになりました。 「ハハハハハ! この世にいるのは私以下の奴隷だけで十分だア!!」 女王様は跪いた三百人のわたくしに向かって毎時間お笑いになられます。 そうしてこの世にたった一人の女王様と、醜くて頭の悪い三百人のわたくしたちの生活が始まったのでした。 「女日枯れて幾年月が経ったのか――!!」 女王様は唐突にお叫びになりました。わたくしたちがいつものように平伏しておりますと、女王様は醜い奴隷のわたくしたちなど目にも入れずおっしゃります。 「男がいない男がいないこの国には女のみ! これがどんな地獄だろうか女ざかり二十九歳職業女王! むしろ魔王と呼ばれたい!!」 女王様は夢多きお方なので、さりげなくお歳を少なくおっしゃります。 「ぶっちゃけた話溜まってンのじゃ――! 男はここにおらんのか――!!」 殿方は「どいつこいつも絶対私を愛さないに違いない」というお言葉と共に女王様が皆殺しにしてしまいましたので、この国には一人としておられません。わたくしたちは女でございますから、こうして今も生きておりますが。 女王様は賢いお方でございますので、すぐにこう続けられました。 「殺したからいるわけない! こうなれば私の科学技術で男を作ってみせようぞ――!!」 そうして以前から工学にもご興味を示されていた女王様は、醜いわたくしたちをちらりとも見ることもなく、特別な作業室へとお篭りになったのです。 「というわけで私だけを想い愛する哀れな慰みものが完成した!!」 そうおっしゃると同時に登場したのは、女王様が自らお作りになったアンドロイドでございます。頭は四角、体は四角、腕は四角、足は四角、目は四角、鼻は四角、口は四角。 「私はこれに角男という名前をつけた! どうだ満足か角男!!」 「コン ニチ ハ ワタシ ハ ロボコム デス」 「角男だっつってんだろボケェ――!!」 女王様は機関銃で角男を蜂の巣とされますが、女王様の工学技術は大変素晴らしいものでございましたから、角男は体を前後に揺らしながらもその場に立っておりました。 「よーしいい根性だ! それでこそ私の私による私のための愛玩具! さあ早速夜伽の動きを見せてみろ!」 女王様がリモコンで信号を送られますと、角男の四角い胴体部分、下腹部にあたる箇所に四角い穴が空きまして、そこから更に立方体の角男ジュニアが滑るようにせり出して参りました。銀色の小さな角男はするすると伸びていき、ギリギリと奇妙な音を二、三回立てますと。 ゴト、と重い音を立てて床に落ちてしまいました。 女王様は何も言わず、分離した角男ジュニアをもとの位置に手ずからはめ込まれました。 「間違いなく次こそはメイクラヴ限定一人! さあ私のために腰を動かせ角男!!」 角男は今度こそジュニアによる激しいピストン運動を始めました。 というより、鉄製ですからピストンそのものでございました。 女王様は言葉もなく角男のスイッチをお切りになられると、力強いその両腕で抱え上げ、この国で一番高い北の塔の頂上までお運びになりまして、窓から投げ飛ばします。 「死ぬわ――!!」 心からの絶叫に引き続き、角男が地に砕ける音が響き渡ります。 角男の四角い眼からは逆流した白濁の液が一筋流れました。 アンドロイドは夜伽の夢を見るのでしょうか。 「私は、神だ――――!!」 女王様は口の端から真珠のような泡をお吹きになりつつ、城中に咲き乱れるケシの花へとお飛び込みになりました。これがわたくしたちのご主人様の尊い日課でございます。 女王様の工学技術は大変素晴らしいものでしたので、アンドロイドの角男はまだ動いておりました。女王様は何も言わず角男を元通りの体に直し、城の中を歩かせます。ですが角男とて、わたくしたちと同じく女王様とは比べ物にならないほどに無能な機械でしたので、段を落ちては四角い頭をごろりと外し、柱にぶつかっては四角い腕をぼろりと落としてしまいます。女王様はそのたびに手ずから角男の体を直しては忌々しげに睨み付けていたのですが、その眼差しが日を追うごとに甘く切なく緩んでいくなど誰が想像できたでしょうか。 そう、女王様は角男に恋をしてしまわれたのです。 その四角い腕を持ち上げる指先は真綿のように柔らかく、見つめる瞳は慈しみに満ちております。四角い頭を、四角い胴を、四角い足を修理される姿は恋人に触れる愛の熱に燃やされておりました。 女王様は角男の純潔を大切になさいました。この愛しい機械を、性の道具として使うなど……ですが、それも、持って三日のことでした。 「角男……お前はどうしてそんなに低能で、学習能力がなく、すぐに壊れてしまうのだ。私は毎日労力を費やしてお前を修復せねばならん」 「コン ニチ ハ ワタシ ハ ロボコム デス」 「迷惑だ、迷惑で仕方がない。それなのに! どうしてその馬鹿さ加減が日に日に愛しく思えてくるのか人の常――!!」 「コン ニチ ハ ワタシ ハ ロボコム デス」 「ああああカワイイカワイイ角男カワイイ! バッキャロー大好きだア――!!」 「コン」 女王様は赤く照り輝く顔で角男を小脇にお抱えになりますと、寝室へと突撃してしまわれました。 「お前が、欲しい――!!」 そうして、一晩が経ちました。 女王様がいつまでもお目覚めにならないときは、醜い女であるわたくしのみ寝室に入ることを許されております。わたくしは、女王様の、寝室の扉を、開けました。 そこにおりましたのは、銀色に輝く四角い鉄の塊のみ。 そう。女王様は角男を自らの手で分解し、ご自分の体に纏わせてそれを手に入れたのです。 鋼鉄の腕、鋼鉄の胴、鋼鉄の足。 女王様はちょっとしたサイボーグになられました。 「では、本日の私による私のための朝政を始めます」 女王様は大変素晴らしいお方ですので、何事もなかったかのようにご職務を開始されます。 「ってンなわけあるか――! ツッコめや――!!」 女王様は絶叫と共に角男の残骸を脱ぎ捨てて叩きつけますが、わたくしたちは醜く学もない奴隷ですので、そんな畏れ多いことができるはずがありません。 「なんじゃこりゃ――! ノリツッコミか――!!」 女王様は下賎なわたくしどもなど目にもくれずお叫びになり、そのおみ足でケシの花畑へとお飛び込みになられました。 「愛が欲し――い!! ギブミー・ラーブ!!」 女王様は孤独を感じていらっしゃいますが、わたくしたちは学も度量も髪もなく、指も太い醜い奴隷でございますので、愛などというものをお渡しになるわけにはいかないのでございます。 こうして、女王様とわたくしたちの生活は今日も平和に暮れるのでした。 三日後、女王様は角男Rという名のアンドロイドをお作りになられるのですが、それはまた別のお話。 へいじつや / 読みきり短編全リスト |