今日見るテレビはパパの野球。だからアニメは見られません。 今日とるビデオはママの好きなお笑い番組。だからアニメはとっちゃだめ。 つまんないつまんないつまんない。ぼくはあれが見たいのに。すごくすごく見たいのに。 だけどうちにはテレビがたったひとつだけしかなくて、ビデオもひとつだけしかなくて、ぼくはとても小さくて。泣いてみてもさわいでみてもあの番組は見られないんだ。 リモコンをとって逃げても、 チャンネルを回してみても、 コンセントをぬいてみても、 パパのビールをこぼしてみても、 けっきょく怒られちゃうんだろうな。 けっきょく見られないんだろうな。 ああ、ああ、ああ! 子供ってだからいやだ。 もしぼくがおとなになったら月ようびにはあれを見て、火ようびにはあれを見て、水ようびにはあれとあれとあれを見て……。 ぼくはそんなことをひとつひとつ考えながら、家のなかにひとつしかないテレビを見つめた。まだ夕方だから、見るものもなくて画面はただただまっくらなだけ。体育すわりでむっつりとくちびるをつきだした小さなぼくが映ってる。景色はいまいるタタミの部屋だ。 ぼくはテレビに映るぼくから目をそらして口をひらいた。 「テレビが見たいなあ」 え。 え。え。え。いまの、いまの、いまのなに? ぼくなにも言ってないよ。おんなじこと言おうとしたけど、まだなにも言ってないよ。 ぼくは目をまんまるくして部屋じゅうをみまわした。だれ、だれ、だれ? 「あーあ、テレビが見たいなあ」 うわあまた聞こえてきた。すごくつまらなさそうな声だ。そのままごろりところがってしまいそうなやる気のない声。まるで、本当に、いまのぼくとおんなじような……。 「なあ、お前だってそう思うだろ?」 「ひゃあ!?」 ぼくはたまらず悲鳴をあげた。なに、なに、なに? いったいどうなってんの? 部屋のなかにはだれもいない。ぼくいがいにだれもいない。 じゃあ、このすぐ近くから聞こえてくるのはいったいだれの声なんだ? ぼくはゴクリと息をのんで、しんちょうにまたあたりを見まわしながら言う。 「……だ、だれ?」 なさけないぐらいふるえきった声になった。ぼくじゃない別のだれかはくすくす笑う。 「誰も何も、お前の目の前にいるじゃないか」 ぼくはおどろいた。とてつもなくおどろいた。 そしてまじまじと、本当にまじまじと、目の前にどっかり座るテレビを見つめた。 ……いま、このスピーカーから声がしたような。 「なんだよ、やっと気づいたのかよ。そうだよオレだよ、おテレビさまだ」 ぼくは、 もう、 おどろいて。 すごくすごくおどろいて。 だから思わずはうようにして逃げだそうとしたんだけど。 「ま、待ってくれ! オレの頼みを聞いてくれよ!!」 おテレビさまにとめられた。 「た、たたた、たのみ?」 もうコシがぬけちゃって、ぼくはまるでコンニャクみたいにふにゃふにゃのままふりむいた。テレビはなんだか悲しそうにキイキイいやな音をたてる。キイキイキイキイキイキイキイキイ。 「うわあああ、ごめんごめん聞くよ! 聞くからそれやめて!!」 耳をふさぎながら言うと、いやな音はぴたりとやんだ。テレビはフンと鼻で笑うような音を出す。 「わかればいいんだよわかれば」 「で、で、で。たのみって、なに?」 ぼくはあわててテレビに聞いた。だってなんだかこわいんだもん、はやくすませてしまいたいよ。テレビはとたんにかなしそうな声を出す。 「あのさあ、オレ、もうここで十二年も働いてんだよ。お前が生まれる前からずっと、この家でいろんな番組やCMを流し続けてさ、それでみんなに喜んでもらってきたわけだよ。わかる? わかるよなもう十歳だから」 「うん、すごいよね。えらいよね」 ぼくはこくこくうなずいた。こわいのとこわいのとこわいのと、あとほんのちょっぴりその通りだなあと思ったから。テレビはうれしそうに声をずいぶん大きくした。 「そうなんだよ! オレはえらいんだ!!」 そのあとでしゅんとちぢんでしまうように、声は急に弱くなる。 「でもテレビは見られない」 テレビはかなしそうに言った。 「どういうこと? だってテレビはテレビでしょ?」 「ああテレビさ。テレビだとも。でもオレ自身はオレの画面を見ることができないんだ。いっつもヒトに楽しそうな番組を見せるだけでさ。オレ自身はずーっとたいくつなまま面白がってるお前たちの顔を見るしかできないんだよ。飽きるだろ? 飽きるよなあ、だってもう十二年だぜ?」 テレビは早口でそう言うと、スピーカーからああとため息の音を出した。 「テレビが見たい」 ぼくは思わずその声とおんなじようにしゅんとする。そうかあ、テレビもたいへんなんだな。ぼくだって見たいあれが見られないのはすごくすごくつらいけど、テレビなんか十二年もおなじようにつらかったんだ。 「つまんねえから故障のふりでもしてやるかと思ったけど、それじゃあオレはお役ご免で廃棄処分されかねねぇし。この機会にプラズマにしましょうとか言われたら泣けるぜ実際」 ぷらずまのテレビのほうがいいかもなあと思ったことは口にださないことにする。 「こしょうのふりってどうやるの?」 「そりゃあ……そうだな、たとえば急に電源を切っちまうとか、いろいろだよ」 ぼくはピカンと思いついた。いいことだ。とてもとてもいいことだ。 そしてぼくはテレビに顔をちかづけて言う。 「ねえ、テレビ見たいんでしょ。見せてあげようか」 「ホントか!? ど、どうやって!」 まっくろなテレビ画面にはにんまりとした僕の笑顔が映っている。ぼくはそれを見つめながらテレビに小さくささやいた。 「そのかわり……」 「なんだこりゃ、故障か?」 ばんごはんを食べおわった夜七時。パパはテレビのリモコンをなんどもカチカチ押していた。 それでもテレビに映るのは、ぼくの好きなあのアニメ。 「おーい、なんだよー。野球だよ野球! 八チャンネルだって!」 パパはテレビの本体についてるボタンをおしてみるけどチャンネルは変わらない。映るのはぼくの好きなあのアニメ。 「もー、見えないー。どいてよお」 その言葉が二人ぶん重なったのに、パパは気づいていないようだ。 ぼくは大きな鏡をテレビに向けてセットしたまま、くすくすと声をたてて笑った。 鏡の中にはぼくの好きなあのアニメが映っている。 おテレビさまがそれを見ている。 ぼくだって、思うぞんぶん大好きなあのアニメを見ている。 「テレビが見れた! テレビが見れた!」 ぼくたちはおどりたくなる気持ちで言った。 画面にはぼくの好きなあのアニメが映っている。おテレビさまがそれを楽しんでいる。ぼくだって、思うぞんぶん楽しんでいる。 「テレビが見れた! テレビが見れた!」 ぼくたちはけらけらと笑いながら言った。 野球を見たくて見られないパパが、ふしぎそうに首をかしげた。 へいじつや / 読みきり短編全リスト |