珍名さんinファミレス



 ファミリーレストランで昼食をとっていた時のことだ。
 後ろの席から、こんな会話が聞こえてきた。
「ねーパリゴン」
 私は思わず水を吐きそうになった。
 パリゴン。あんまりなアダ名じゃないですか、そこのギャル服お嬢さん。
「あー?」
 パリゴン。アナタもあんまりだとは思いませんか彼氏らしき若者さん。
 パリゴンは私の真後ろに座っていた。煙草の臭いが鼻に付く。
 パリゴンの連れは益々興味深いことを言い出した。
「私さー、昨日気づいたんだけど、パリゴンって変わった名前してるよね」
 ほほう、本名もすごいのですか。それはそれは。
「……今更何言ってんだよ。長い付き合いだろ」
 ああ気になる早く言え。
「いや、だって幼稚園のころから知ってるからこそ変だと思わなかったんだって! それが普通だと思ってたのね、でもよく考えたら絶対変わってるよ!」
 私はチキンドリアを食べる手を止めて続きを待った。そして予想以上の衝撃が走った。
「普通いないよ、パリカワパリゴって!!」
 パリゴ!
 パリゴ!?
 いやそもそもパリカワって!
 私は必死に笑いを堪えた。かなり苦しく息が詰まる。
「まぁな、いないけどな」
 パリゴ。パリカワパリゴ。一体彼はなに人だ!? 最初たまたま視界に入った時は、どう見ても日本人でハーフの面影すらなかったぞ。漢字か!? 漢字で書くのか!? どうなんだその場合は!
「それでね、唐突に気づいてすっごい不思議に思ったのね」
 彼女の話とは関係なく、私の頭脳は一つの可能性を叩き出した。
 パリ皮パリ吾。
 かなり吹き出した。自分で思いついておいてなんだが、かなりツボに入った。苦しい。
 幸い後ろの二人は気づいていないようで、私に構わず会話を続けていた。
「そもそもさぁ、絶対日本人の名字じゃないよ」
 うんうんその通り。で、漢字は?

「パリだよー? 外国じゃん」

 !!
 二度目の衝撃が走った。
 ちょっとまて外国だと!? と、ということは……!
 
 巴里カワ。

 マジか!?
 おいおいお前ら二人私をたばかっているのではなかろうな!?
「そりゃ外国だけどよー。しょうがないだろ親戚みんな巴里カワなんだから」
「でも名前まで巴里にすることないじゃん」
「親に言ってくれ」
 どうやら名前も巴里ゴらしい。ワンダフルな両親だ。どうかしてる。
「中途半端なんだよねー。同じ巴里カワでもさ、流れる川なら面白かったのに」
「悪かったな革靴で」

 巴里革!?

「あはは、中学の時言われてたよねー。革靴革靴って。あと碁盤とか碁石って」

 巴里碁!?

「なんで普通の吾にしないかなぁ」
「なんか大物になるようにとか言ってたな」

 巴里革 巴里碁。確かに小物で終わりそうにはない名前だ。素晴らしいご両親だ。どうかしてる。
 
 私はもう、とにかく笑いたくて笑いたくて仕方がなかった。
 しかしここで大爆笑をするわけにはいかない。私はトイレに向かうことにした。
 
 ところが巴里碁とその彼女はもう店を出て行くようで、私よりも先に立ち会計に向かった。レジはそれほど遠くない。お金を払っている巴里碁の声が聞こえてきた。
「領収書下さい」
 どこの領収だ。
 お名前は、と店員が聞く。
 巴里碁は澱みなく凄いことを言い切った。

「巴里革商事で」

 ……私は漢字の説明をしている巴里碁の横を走りぬけ、トイレに向かった。


へいじつや / 読みきり短編全リスト

珍名さんinファミレス
作者:古戸マチコ
掲載:へいじつや
製作:2000年11月