彼の家に入り浸り始めて、もう、四年になる。 「ビジス」 ジーナはソファで本を読む老人の肩に縋りついた。背負うことを求めるようなさりげない身体の侵食。ビジスは身じろぎもせずに本に目を落としている。つれない態度が悔しくて、わざと耳元で囁いた。 「ねえ。今日が何の日か、知ってる?」 「あァ。誕生日だろう」 お前ももう十六か、と大して興味もなさそうにページをめくる。つまらなくて頬を膨らせても振り向くことすらしてくれない。この男はいつもそうだ。勝手に家に上がりこんでは無茶な遊びを繰り返す小娘など、長い時を生きた彼にとっては蟻のようなものなのだろうか。 ジーナは彼の腕を指で辿る。じわり、じわりと肌を廻るかすかな蟲。少しずつ彼の中へと近づく。 這う指を止めることすらせずに、ビジスは笑った。 「何が欲しい」 動じない彼の態度に、対抗心をくすぐられる。 「……キスして」 声が震えた。首に回した腕も同じく。何ひとつ格好がつかなくて、逃げ出したい気分になる。ばかだ。変なことを言ってしまった。どうしようどうしようこの場所から逃げなくちゃ。嘘だよと笑いながらすぐにでも逃げ出さなくてはいけないのに。 ビジスが、指を掴んでいる。 ふつふつと湧き起こるような笑い声。そうか、と楽しげな呟きが肌をくすぐる。 ビジスは蟻を捕らえたまま振り向いて、人の悪い笑みを見せた。 「どこがいい?」 怯んだ彼女のくちびるを眼で射抜く。ジーナは赤い顔を背けようとするが動けない。金縛りかそれとも蜘蛛の糸なのか。細い指に節くれた老人の指が絡みつく。ビジスは彼女の手を引いて、指先に浅く口付けた。 「一」 次は指の節に。 「二。三。四」 甲。手首の骨。腕の腹。 「五。六。七。八。九」 肘。肩。鎖骨。喉。顎。 「十」 首筋。 「十一。……」 くちびるが耳に到達したところで彼女は彼の頭を掴む。そのまま、白髪を握って引きはがした。詰めていた息が戻ってきたのか、彼女は赤々と映える顔でぜえはあと音を立てる。負けないぐらいに騒がしく彼は高らかに笑った。 「どうした。まだ途中だぞ」 「こっ、このエロジジイ……っ」 刺し殺さんばかりの視線を涼しげに流す彼は本当に八十を越えているのだろうか、と彼女の目は刻まれた皺や濁りのない眼をひとつひとつ検証していく。時々、この老人は外見など放り投げて十代にも、二十代にも三十代にも見えるので侮れない。ビジスはまるでいたずらをする少年のような顔で笑う。 「お前がしてくれと言ったんじゃないか。あと五回。さァ次はどこにする?」 「次って……」 想像して、わあわあと叫びながら走り出したい気持ちになって、ジーナは赤くうつむいた。 「だめ。死んじゃう」 降伏するとビジスは笑う。ジーナは恨みがましく彼を睨む。 彼はその顔を引き寄せて、ささやかな音を立てて彼女の目元に口付けた。 「じゃあ続きは来年だな」 と、宝の地図を手に入れた海賊のような顔をするので、ジーナは首を振るしかない。 反乱に失敗した小さな蟻は今にも消え入りそうな声で、ごめんなさい、と呟いた。 |