「ねえ、赤と青どっちが似合う?」 道端の露店には、ガラスの珠を繋げた装飾具が並んでいる。少女は陽に焼けた手で赤青二つの腕輪を取って、連れている男に見せた。付けているところを想像しろと言わんばかりに音を立てて揺らしてみせる。その動きが意味もなく楽しいのか、彼女はくすくすと笑いながら「ねえ」と繰り返した。 「ねえミドリ。どっち?」 背に流した黒髪が笑みに合わせて揺れている。ペシフィロはあだ名通りの緑髪に触れ、困ったように口を開いた。 「そうですね……どちらも似合うんじゃないですか」 「そんなの駄目だ。ちゃんと選べ!」 ジーナはわざと怒るふりをして爪先立つ。彼女の背丈は彼とほとんど変わりがなく、そうしてしまうと上から覗き込まれる姿勢になった。彼女はにやりと笑ってひるむ彼の額を小突く。 「そうやっていっつも優柔不断だから駄目なんだ。もういいよ、赤にしよっと」 「毎度ありぃ」 影の中にひっそりと座り込んでいた店員が、嬉しげに愛想を見せる。彼はぼんやりと佇むペシフィロに売り物をあごで示した。 「兄ちゃんも一緒にどうだい。恋人同士、今日の記念にお揃いで。なーんて近頃は流行ってるみたいだぜ」 「はあ。……え?」 流しかけた話の中に聞き慣れない言葉を見つけて二人は同時に口を開く。 「恋人?」 不可解そうに見つめられて、店員の目は下へとおりる。繋がれた二人の手を確かめると「またまたあ」と吹き出した。 「この暑いのに仲がいいねえ。お姉ちゃん、彼氏は大事にしなさいよ。はいありがとう」 店員は買われた腕輪をジーナに渡し、接客用の笑顔を見せる。 まさか、同世代にすら間違われる彼と彼女が、それぞれ二十三と十四だとは気づいていないようだった。 「もーやだー! なんでそうなるんだっ!」 道端の小さな井戸に腰掛けて、ジーナは天に拳を衝き上げる。空に向けて腕を振る姿はまるで癇癪を起こした子どもだ。だが長く伸びた手足とくっきりとした顔立ちは彼女の見た目を五・六年は引き上げていて、そうしていると不恰好なことこの上ない。ため息をつくペシフィロにジーナはきいと食いかかる。 「ミドリはなんで背が低いのっ」 「遺伝なんです」 「なんでそんなに童顔なのっ」 「遺伝ですよ」 「なんで私はいっつも大人に間違われるんだーっ!」 「遺伝……ですかねえ」 ペシフィロの属する人種は基本的に小柄で幼い見た目をしている。彼などはまだ背の高い方なのだが、それでも異国に来てしまえば実年齢より若く見られる。外見だけで言えば彼と彼女は釣り合いがいいのだろう。手を繋いでいるだけで、恋人と間違われる。 「そろそろ行きましょうか」 宥めるつもりで手を出すと、ジーナはぐいと下くちびるを突き出した。 「やだ。もう繋がない」 「ジーナ」 「やあだ。私だってもう大人なんだ。いつまでも子どもみたいに手なんて繋いでられないもん」 掴もうと伸ばしてみても、彼女はすでに手を抱えて丸まっている。ペシフィロは嘆息した。 ペシフィロの体内に流れる魔力と、街中を駆け巡る魔力との折り合いをつけるにはジーナの力が必要だった。彼女はその鋭敏な感覚をもって魔力を肌で感じ取る。手を繋いでいれば、彼女は暴走しがちなペシフィロの力を制御できるはずだった。だがそれはまだ不完全で、完璧な連携を生み出すためには普段から肌を重ねることが大事なのだが。 「やだもん。もうミドリとは訓練しない」 完全に拗ねてしまっている。ペシフィロは空の手のひらを意味もなく握ってひらいた。 「そんなに嫌なんですか、恋人に間違われるの」 握る、ひらくを繰り返す。ジーナは抱えた膝にくちびるを押しつけて、上目遣いに彼をにらむ。 「だって恋人じゃないもん。それなのに手を繋ぐなんて、変」 「まあ、そうかもしれませんが……」 握る。ひらく。ゆっくりと繰り返すとジーナの足はいじけたしぐさに揺れていく。 まだこの国に来て間もない頃。言葉もろくに話せない彼のことを子分と決めて連れまわしたのは彼女だった。慣れない異国に戸惑う彼の手を握り、きゃあきゃあと街中を走り回ったのはついこの間のはずなのに。 「すみません」 悲しげなペシフィロの声に、ジーナは弾かれたように顔を上げた。ペシフィロは緑色の長髪をつまんで続ける。 「私みたいな男と恋人に間違われるのは、嫌ですよね。ただでさえこの成りは目立ちますし……」 いかにも落ち込んだ様子の彼に、ジーナの顔色が変わった。 「ミドリはなんでそうなのっ」 「え?」 憤りとむずがゆさの混じる表情。上手く言葉にできない気持ちと戦うように拳を振っては叩きつけるように言う。 「そうじゃなくて……もうっ、この前まで変な言葉遣いだったのに! ナニナニでございますデスとか言ってたのに、どうしてすぐに直っちゃうの! 服だってだぼだぼの長いやつばっかりで全然似合ってなかったのに、今はもうちゃんとしてるし、その服似合うし!」 「あ、ありがとうございます」 「そうやって敬語だけど時々普通の言葉になるし。いっつも笑ってるし。私が勝手なこと言っててもちゃんと話聞いてくれるし、戦ったら強いし、がんばり屋だし、なんか、なんか、なんかっ」 みるみると赤く染まる顔は、彼を見ていることができずにうつむいた。 「最初はすごく情けなくて変なやつだったのに、なんかっ、最近……!」 黒髪を割く耳が、木の実のように赤々と照り映えている。ペシフィロは訳の分からない様子で彼女の頭を見つめていたが、しばらくして「とりあえず」と口を開いた。 「あの、そろそろ帰りませんか。門限が近いでしょう」 「……ミドリはなんでそうなのー……」 恨みがましく見上げられても彼は首をかしげるばかり。ジーナは脱力して頭を抱えた。 「もうちょっと空気とか読もうよ」 「いや、だってもう六時ですし」 「いいよもう。じゃあ帰ろ」 食い違う雰囲気に諦めを感じたのか、ジーナはため息と共に立ち上がる。 その前に、白い手が差し出された。 「すみません、やっぱり繋いでもらえますか」 所々に傷を負う大人の手のひら。ジーナは気まずげな彼と、彼の手を交互に見る。 「この時間は込み合っているので、うっかりと人に流されそうになるんです。それに、まだ道がよく分からないので、暗くなると迷いますし……子分を助けると思って、今日はがまんしてくれませんか」 ペシフィロは上手くいくだろうかどうだろうかと悩む顔で、手のひらを出し続けた。 思惑の見えない彼女の顔が彼の緊張を高めていく。だがそれをゆるめるように、ジーナはにやりと笑みを浮かべた。 「……しょーがないなあー」 やれやれと言わんばかりに大きな声で呟いて、ぺたんと低い胸を張る。 「子分の面倒を見るのも親分の仕事だからな。しょうがないよなー」 「はい。子分ですから」 彼女は新たな大義名分を得て、誇らしげに彼の手を取る。その顔つきはにまにまと笑みにゆるんでだらしないので、気恥ずかしげにそっぽを向いた。照れ隠しのようにぶんぶんと力いっぱい腕を振る。それを見て彼は笑う。 「では、よろしくお願いします親分」 「がってんでい!」 元気よく腕を振り上げて、彼の手を強く握る。その手に込められた感情が以前とは違うことに気づいているのは彼女だけ。大人のようでまったく子どもの親分は、鈍感な子分を連れて夕暮れの帰路を走り出した。沈む陽と同じぐらい赤い顔を隠すように、前へ前へと手を引いた。 |