「あれ、どうしたんですか?」 ゆるゆるとほどけ落ちそうに笑うジーナを見て、ペシフィロは手を止めた。日常的に勝手に部屋に上がりこむ年下の友人は、機嫌のいい顔をしてまだ平たい胸を張る。 「一ウェーカー! 背が一ウェーカー伸びたんだっ!」 「ああ、そういえば……」 言われて初めて彼女の背丈を目測したが、そういえば以前よりも少し伸びたような気がする。何しろ毎日目にしているので実感は湧かないが、背にして立つ扉の意匠を黒い頭のてっぺんが越えたような、前は越えてなかったような。 「良かったですね。十四歳だから、まだ伸びるでしょう」 「そうだっ。すぐにお前を抜いてやる! ちょっとしか違わないからな。来年には越してやるぞ!」 「はいはい。じゃあ来年になったら比べましょうか」 微笑ましく思いながらも若干の危機感を覚えるのは仕方がないことだろうか。アーレル人は背が高く、ペシフィロの人種はその逆だ。いくら相手が女の子といえ越されてもおかしくない。実際、ほとんどのアーレル女性は彼より背が高いのだから。 「あと三ウェ―カー半! ミドリよりも大きくなって頭をなでてやるからなー!」 本当にやりかねない発言に苦笑しながら、ペシフィロは自分の低い頭を押さえた。 半年が経ち、一年が経ち、ジーナの体はみるみると少女のものから女のものへと変化していく。身長もまた同じこと。ジーナは視線が高くなっていくのに喜びを感じていた。成長するにつれて同世代の友達の頭上が見えるようになる。彼女は今や平均よりもいくらか高い背丈となっていた。 だが、しかし。 「…………」 「どうしたんですか? そんな恐い顔をして」 空気すらよどみそうな形相のジーナを見て、ペシフィロは立ち止まる。 「おかしい」 ジーナは恨みがましく呟くと、彼の体を引き寄せた。密着したころで戸惑いに曲る彼の体を叩き、無理に背筋を伸ばさせる。ジーナは自分の頭と彼の目線の差異を調べて、大きく口を歪ませた。 「なんで差が縮まらないんだー! 四ウェ―カーも伸びたのに!」 「ええっ。いや、見間違いですよ。それだけ伸びたのなら、とっくに」 「だって昔と全然変わらないんだっ。なんでだー!」 くずるように腕を振るジーナの頭に手をやって、自分の頭を同じく押さえ。ペシフィロは確かに変わっていない距離に、ひどく間抜けな顔をした。 「……もしかして私、背、伸びてますか?」 「ああ、そりゃ伸びるだろうな」 不可解な疑問にあっさりと答えられて、ペシフィロもジーナも声を上げた。ビジスはそんな二人を面白そうに眺めながら、にやにやと巻尺を取る。 「なんだ、もっと早く測ればよかったなァ。折角の成長だろうに」 「で、でも私、今年でもう二十四ですよ? 今まで伸びなかったのに、そんな……」 「環境が変われば体も変化するものだ。前は魔力が体の中を巡りっぱなしだったからなァ。適切な処置をして外に出せば健康にもなるし、押さえつけていた反動で手足も伸びるということだ。自分で気づかなかったのか?」 納得の行かない頭を押さえられて、素早く背丈を測られた。伸びてもまだ高く感じる頭上からビジスの声。告げられた身長は、数年前に調べたものから随分と伸びていた。成長期もかくやという変動に驚きを隠せない。 「古い服から手足が出すぎて困ってはいたんですが……」 「それでも気づかないのか。お前らしいなァ」 洗濯のしすぎで縮んだのかと思ってたんです、という言い訳は恥じる気持ちが邪魔をして口にできなかった。元々アーレルで売られている既製服や人からもらった“お下がり”はペシフィロには大きすぎて、自分で縫い直しては体に合わせていたのだから、これからは手間が省けていいかもしれない。それに、今さらだが背が高くなるというのは、やはり嬉しい。 だが喜ぶ彼と真逆の顔でジーナは頬を膨らせる。 「なんでこうなるんだーっ。頭なでたかったのに!」 「まァ今のままで存分に撫でればいい。踏み台を貸してやろうか?」 「やだ!」 からかう笑みを投げるビジスに反抗的に手を振って、ジーナは強く宣言した。 「私は諦めないからな。これから伸びて抜いてやる!」 だがそんな決意もむなしく彼女の背はそこで止まり、ペシフィロの伸びもまたすぐに終わりを迎えることになる。悔しげにわめく少女と困る男を前にして、行く先を見通すビジスは面白そうに笑っていた。 |