番外編目次 / 本編目次


カリアラ←サフィギシル


(あれ)
 サフィギシルは横たわるカリアラを見て、目を瞬かせた。元ピラニアは修理のためにひとまず意識を落とされて、呼気も薄く眠っている。その力の抜けた体が、やけに小ぢんまりとしているように思えたのだ。
 間違った部品を取りつけたのかと身の丈を測ってみるが、修理前と変わりない。サフィギシルはカリアラの腕を取り、反応のないそれを、だらりとしたまま振ってみる。だがそれで何がわかるというわけでもなく、瞼はやわく閉じられたままぴくりとも動かない。
 通常の睡眠であれば、たちまちに目を開けて、きょときょととあたりを見回すところだ。感覚の鋭いカリアラは、些細な物音にも敏感に反応する。だが今は五感をすべて閉ざしているので、何をしても気づかない。全身を楽に伸ばすカリアラは、まるでただの人形のようにしんとしている。
(ああ、そうか)
 サフィギシルは気がついた。
(いつもは、うるさいぐらいに動いてるから)
 魚には四肢がない。歩みに使う足はともかく、カリアラは腕の存在をしばしば忘れてしまうらしい。魚だった頃のように、胴体の幅のみで道をすり抜けようとしてしまうので、彼はその新しく手に入れた部位をことごとく壁にぶつけた。狭い部屋に入った時など、家具やそこらに置かれたものを騒がしく落としてしまうのだ。それだけではなく、ガラスの存在に気づかないまま窓にぶつかる。階段から毎日のように落ちる。やめろと言うのに屋根に上がり、はしごから足を滑らす。カリアラが動くたびに、彼の周囲のものたちはさまざまな被害をこうむった。
 だから、普段は大柄のように見えていたのだ。意識のない彼を小さいと感じるほどに。体格で言えば、カリアラは大きくも小さくもなく、あえて狙った中肉中背となっている。その意図は元の設計図にあった。
 カリアラの体は、一般に流通している人型細工の設計図を基にして作られている。ビジス・ガートンが技師たちに与えたそれは、もっとも作りやすく、そしてさまざまな改造に耐えられる形になっていた。そのため、人型作りを志すものならば誰もが通るはじめの一歩とされており、技師作品では一番普遍的な形とされている。
 どの国に紛れ込んでも違和感のないように、と外見に際立った特徴はない。彩色は随時取り替えられるようになっているし、顔立ちも好きに作ることができる。本来ならば、技師はその作品のために顔を創り、毛髪や肌の色を染める。だがカリアラの場合は時間がなく、家に転がっているありあわせのもので済ませた。そのため、髪は窓辺に放置されて色あせた金となり、瞳はそれをそのまま煮詰めたような、赤みのある焦げ色に塗りつぶされた。まるで赤土をすりつけたかのような不透色。
 薄めの黄色、というよりはむしろほこり色に染まる肌。軽くつまんだだけですぐに切れる痛んだ髪。顔立ちは長時間水にさらしてあくを抜いたかのようで、特徴に乏しいそれは、何度見ても忘れてしまう。組みあがったばかりのカリアラは、いかにも急ごしらえの人形めいた生気のない風貌だった。
 だが、魂を入れると外見は変化した。目は丸くきょとんと並び、忘れ去られたような口はうっすらと開閉している。表情が乏しく、体温の低い顔立ち。泥のように濁っていた赤茶の瞳は、底のない湖のようにどこまでも深く澄んだ。覗き込むと吸い込まれてそのまま消えてしまいそうな、おそろしさすら感じる色。
 サフィギシルはカリアラの瞼に触れた。絶対に起きないと知っているからこその行動だ。そのまま、反応のないこめかみを探れば、指先は精密な縫い目を見つける。先ほどの修理で閉じたばかりの傷跡だ。目には見えないよう術で紛らわせてあるが、サフィギシルはカリアラの体のどこに何があるのかを熟知していた。それが、技師と作品の関係というものである。
 この顔も髪も首も肩も自分が組み立てたのだと考えて、サフィギシルは不思議な気分になる。部品こそはじめは寄せ集めだったが、再三の修理を通して、カリアラの体はほとんどがサフィギシル製にすりかわっている。木を削り、糸を張り、石を詰めて魔力を通す。木組みに被せた人工皮を細やかに縫っていく。考えてみれば、カリアラが着ている服もサフィギシルが作ったものだ。今目の前に横たわるもののすべてがこの手から生まれたのだと気がついて、サフィギシルはますます妙な思いがした。こんなにも近しい存在であるはずなのに、サフィギシルにはカリアラというものがいまだに理解できないし、どう距離をとっていいのかもわからない。
 眠るカリアラの顔を覗き込む。ひやりとした額を小突いてみる。目覚めないことがわかっていれば近寄ることができるのに、サフィギシルは、意識のあるカリアラには気楽に触れることができなかった。
 理由はわかっている。あの目が、怖いのだ。
 いついかなる時もまっすぐに向けられる瞳。そこには嘘も穢れも濁りも影も、ためらいも、迷いもない。かといって熱をもって訴えかけるわけでもなく、ただ静かにそこにあるだけ。訴えが聞こえたとしたら、それはカリアラの声ではなく己の内から湧くものだろう。サフィギシルはそれが怖かった。カリアラの瞳に映る自分の姿に問いただされているようで、足が竦む予感がして目を合わすことができない。少なくとも、己に迷いがあるうちは。
 気がつけば深い思考に潜りかけていて、苦笑する。カリアラはそんな高尚なことなど考えたこともないだろう。周囲のものは彼を見て様々なことを思うが、当のカリアラはそんなことなど気にしていない。彼はただ彼のまま自然に生きているだけなのだ。
 なんだかばかばかしい気分になって、サフィギシルはカリアラの体を見渡す。怪我の直しもれはないか、汚しているところはないか。何しろ彼は毎日街で遊んでは、必ずどこかを壊してくるので油断できない。せめて痛いときは痛そうな顔を続けていればいいのに、すぐに平然とした表情に戻るので発見が難しいのだ。一応、帰ってきたら作業室に直行し、サフィギシルに全身の検査をさせるよう言い聞かせてはいるのだが。服は毎日どろどろに汚すし、そのまま家に上がりこむし、気をつけろと言ったそばからまた大怪我をしたりする。
(こうやって寝てると、おとなしくていいんだけどな……)
 ため息をついてハッとする。これは幼い子を持つ母親の悩みではないだろうか。
(ま、まあ技師とその作品は親子みたいなものって言うし)
 言い訳をするが、顔が引きつるのを止められない。息子には大きすぎる人型細工は寝息も薄く眠っている。その口許に、乾いた魚のうろこが貼りついていた。そういえばどこか生臭いことに気づいて口内を探れば、魚の生血にぬれている。悲鳴をあげそうになるのをこらえて、また深い息をついた。
(俺嫌だよ、こんな魚臭い息子)
 どうやら今日は市場か何かで魚を食べてきたらしい。着替えさせる前の服を確かめると、多分「おみやげ」なのであろう生魚が出てくる。彼のポケットには、川に行けば水草や石が、山に行けば土や枝がぱんぱんに詰められていて、どこに行ったか聞かずともわかりやすく教えてくれた。
 きっと、今回もまた「おみやげ」をひとつひとつ並べては、市場の様子を楽しそうに語るのだろう。泥に汚れた菓子、明らかに食用ではない植物、既に腐り始めた魚。そんな、もらっても困る品物をシラやサフィギシルの手に渡し、食っていいぞと笑うのだ。
(迷惑だよな)
 本当に、迷惑極まりない男だ。人の仕事ばかり増やして何ひとつ役に立たない。
(このままずっと眠ってれば、平和だろうなあ)
 やれやれと息をつくが、その口は笑みにゆるんでいく。
 サフィギシルは笑いながら、眠る彼の肩を叩いた。
「ほら。起きろ、カリアラ!」


サフィギシル←シラ


 きらいなわけではないのに。と思うことが随分と多くなった。シラはその感情が湧くたびに、対象となる相手を思いきり突き飛ばしたくなる。頭をどついて川に落とすのでもいい。とにかく、その相手……サフィギシルを、どうにかしてやりたいと感じるのだ。
 例えば、カリアラが、シラとサフィギシルに“お土産”を渡すとき。カリアラの差し出した、生魚や枯れた草やただの石をサフィギシルはいかにも嫌そうに受け取る。なんでこんなもの選んだんだ。使い道なんてねーよ。そう、憎まれ口を叩く彼の手つきはあまりにも不自然で、シラはそれを見るたびに、彼の白い後頭部をどうしてやろうかと考える。実行はしないけれど、想像の中ではいろいろとする。
 今日のお土産は青色のガラス片だった。シラは笑顔で受け取るが、サフィギシルは悪態をつく。尖っていて危ないだろ。ったく、いつもながらしょうもないな。繰り返される光景に、シラは今度という今度はと我慢ならなくなってしまった。彼女は作業室に戻るサフィギシルの後を追う。やわらかく包む手の中には、シラが貰ったのと同じガラスのかけらがあるのだろう。足を速めたサフィギシルはそそくさと部屋にこもる。シラはドアに取りついた。
 音を立てないように開いた隙間の向こうでは、サフィギシルが、奥の棚から平たい箱を取り出しているところだった。そっと作業台に置く。そして彼が慣れた手つきで開いたそこには。
「わあ!?」
 覗くシラの視線に気づいてサフィギシルはふたを落とした。シラは素早く駆け寄って、開かれた箱を見る。
「ば、馬鹿! 駄目だ!」
 シラは目を見開いた。だが、驚きよりも納得の方が強かった。
 顔を赤くしたサフィギシルが隠そうとしているのは、ただの平凡な木箱である。中は枠によって詳細に区切られていた。小さな正方形の空間が、いくつも並べられている。そしてそのひとつひとつには、カリアラが今までに持ち帰ってくれたお土産の数々が保管されていた。
「…………」
 シラが、サフィギシルの頭をどつきたくなるのは、こんな時である。
 言葉が見つからないシラを、サフィギシルは燃えそうに赤い顔で見上げる。
「な、何か言えよ。なんだよ悪いか!? 悪くないよな、な!」
「……日付まで記録して……」
「別に俺の勝手だろ! 書いとかないと、いつ何をもらったか忘れるんだよ!」
 月日を記された傍には、川の石や緑の葉、貝殻などがひとつずつ収められていた。昨日もらったばかりの土団子まで取ってある。一度、犬の毛を土産とされたこともあるのだが、それなどは糸で丁寧に束ねられていた。生魚はさすがに残されていないが、その代わり、日付ともらったものの明細が、一覧としてふたの裏に記されている。
 シラはもう本気でこの男をどうしてやろうかという気分になるが、なんとかそれを呑み込んだ。落ちつけ、と心で言い聞かせる。冷静にならなくてはいけない。いくらサフィギシルの行動が恥ずかしいほどに愛らしくても、激しい行為で可愛がるのはただの苛めでしかない。サフィギシルは腕をいっぱいに使って箱に覆いかぶさっている。シラはその体を引き剥がして放り投げたい衝動を、精一杯に我慢した。
 どうしてだろう。といつもの疑問を繰り返す。カリアラは思いきり優しくしたい気持ちになる。だがサフィギシルが相手となると、シラはどうしても乱暴なことをしたくてたまらなくなった。
 シラは、おそらく彼からは睨みにしか見えないであろう目で、このいじらしい男を見下ろす。そもそも彼はやることなすことあまりにも細かすぎるのだ。部屋にほこりが舞っていたら、すぐさま専用のはたきを取り出す。窓にくもりが浮かんでいれば、手製の洗剤で磨き始める。そしてどのぐらい綺麗になったかを確認しては、洗剤の調合量を帳面に記すのだ。シラが見た限り、サフィギシルは十種近くの記録帳を持っている。もちろん、それぞれ別の役割を与えられていて、内容は万が一にも混じりあうことはない。
「……なんだよ。なんか悪いのかよ」
 答えないシラの視線は、作業台に記された彼の筆跡に向けられている。頭。足。台の両端に書かれたそれは、カリアラが横になる方向を間違えないよう教えるものだった。カリアラは字が読めないが、こういった短いものなら教えてやればすぐに覚える……というのはサフィギシルやシラの希望的観測で、実際にはカリアラは毎日のように上下を違えている。
 だがサフィギシルは諦めない。階段には目に鮮やかな色の滑り止めを設置して、さらには「ゆっくりおりろ あわてるな」と大きな字の張り紙をする。各自の部屋には木彫りの名札、しかもかわいらしい花や魚の絵まで刻まれたものを用意する。洗面所には「水にながくつかるな」との警告。玄関には「なかばきに はきかえろ」との注意書き。それも、わざわざ外履きと中履きの絵を矢印で繋ぐ念の入れようだ。シラはともかく、カリアラがそれらをきちんと目にすることはあまりないのに、サフィギシルは何度でも同じことを繰り返す。
「サフィさんは、どうしてそんなに細かいの」
「こ、細かくないよ。普通だ普通」
「あとなんでそんなに素直じゃないの」
「あとって何あとって。ちが、違うよ。俺は別に、そんな、カリアラが持ってくるものが大好きで取っておきたいとかそんなわけじゃないんだよ。たださ、やっぱりわざわざくれたものだから、捨てるのはいけないよなって……それにさ」
 もうシラの顔もまともに見ていられないのだろう。サフィギシルは机の端を見つめて喋る。
「俺、誰かに何かもらうのって、初めてだったから。それで」
 色のない髪から覘く耳は触れなくても熱く感じるほどで、手のひらはきゅっと丸く握られていて。シラは全身で恥ずかしがるサフィギシルを後ろから突き飛ばしたくてしかたがない。本当に、もう。と自分でもよくわからないほどの衝動を、シラは胸中でもてあました。
 カリアラを愛するように、かわいいと告げるのは簡単だ。だがシラはそれだけは絶対にしたくなかった。どうしてなのかはわからないが、とにかく、彼を認める言葉だけは口にする気にはなれない。シラの中の深い部分が不思議とそれを拒んでいる。
「……素直じゃないのね」
「また言った。勝手に人を決めつけるなよ」
 だが彼の行動はあまりにもわかりやすすぎるのだ。決めつけるなと言う方が無茶である。ため息をつけば、サフィギシルは「出て行けば」と訴える目でシラを見たのでシラは逆に見返した。動揺に揺れた彼の隅々までしっかりと。
 カリアラの体は非常によく整っている。均等な肌にはしみどころかほくろもなく、筋肉や脂肪による偏りもまったくない。彼の全身はまるで設計図通りに作られた模範である。
 だがそれは、物としては合格だが人間としては不自然だ。そういった点では、サフィギシルほど「自然」な体を持つ作品もいないだろう。彼の肌には、わざわざ色の違う部分やほくろ、昔の病気でついた疱瘡の痕に古傷までもが記されている。体の形にしてもそうだ。元々肉気の少ない体だが、左肩は特に骨が目立ち、尖ったようになっている。右手の人さし指だけが、妙に内側に反っている。爪にいたってはすべてが違う形をしているのだ。その体はあまりにも人間臭く、見るほどに作り主の執念すら伝わってくる。
 どんなに手間がかかっただろう。整然とした形よりも、あちこちが崩れているのにきちんと立つものの方が、作るのは難しい。それほどに困難で面倒な作業の末に、サフィギシルは生きている。
「……なんだよ。だから、あんまり見るなって」
 シラはまだ気づいていないサフィギシルに笑いかけた。
 「たくさんもらっているじゃないの」と教えるのは簡単だが、それだけはしたくなかった。どうしてなのはわからないが、不思議と、秘密にしておきたい気分だった。
 シラはふつふつと浮かぶ微笑みのまま、訝しむ彼に提案する。
「私にもその箱ください。部屋の中に置いてあるけど、あのままじゃ失くしちゃう。私もそれにしまっておくわ」
「なんだよ、自分だって細かいじゃないか」
「そうですよ。今日から私も細かくなることにしたんです」
 しょうがないなと口先では面倒がるサフィギシルはそれでもどこか嬉しそうで、シラはまた彼の頭をどうにかしてしまいたくなる。思いきり突き飛ばしてしまいたいような、やわらかいもので叩きたいような、髪の毛が逆立つほど撫でくり回したいような。
 シラは口許がゆるむのを感じながら、うずく手のひらを握った。そして今までにもらったお土産を集めに、自分の部屋へと駆け戻った。



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