むかしむかしあるところに、シラおばあさんとサフィギシルおじいさんがおりました。 ふたりは村はずれの一軒家にひっそりと暮らしており、ご近所の方々とも滅多に顔を合わさないのでみんなから不審に思われていました。 じつのところ二人は夫婦ということにしてありますが実際は赤の他人で、さまざまな利害関係が重なりあって共にいる仮面夫婦なのです。ですがそれを知るのは当のふたりだけなのでした。 そうして息をひそめるように暮らしていたある日。おばあさんは川にせんたくに行きました。 水が大好きなおばあさんは川のなかで泳ぎながら洗います。 すいすいじゃぶじゃぶ、すいすいじゃぶじゃぶ。おばあさんが驚異的なスピードで川幅往復二百本をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と 尾を裂かれて半死になったピラニアが流れてきました。 しかもその後から猛スピードで巨大な黒猫が追ってきました。 らんらんと目をかがやかせて魚に脚をのばす黒猫。おばあさんはピラニアをとっさに背後にかばい、きしゃあという奇声をあげて口から毒液をはなちました。おばあさんの攻撃はみごとに命中。黒猫はじゅうじゅうと音をたてながら川を流れていきました。 じゅうじゅう、ぷかぷか、じゅうじゅう、ぷかぷか。 おばあさんはもうほとんど死にかけているピラニアを、いそいでおじいさんのところに運びました。 もう助からないだろうとつぶやくおじいさん。おばあさんは泣きながらそんなおじいさんをののしります。ねくら、いんき、ひきこもり、かいしょうなし……。 おじいさんはまっくらな顔をしてピラニアを改造手術しはじめました。 そう、おじいさんはちょっとしたまっどさいえんてぃすとだったのです。 おじいさんのがんばりにより、ピラニアは人間の男のひととして生まれかわりました。 おばあさんは人になったピラニアにカリアラという名前をつけて、おじいさんの百四十倍ぐらいかわいがりました。 それからしばらくたったある日のこと。カリアラはおばあさんに言いました。 「鬼が島に行ってくる」 おばあさんはそれはたいそう驚きました。鬼が島といえば泣く子もわめく恐怖スポット。日本中のなまはげはそこから泳いでわたってきたという伝説すらある危険な島です。 「鬼が島にはこわい鬼がたくさんいるんですよ。どうしてそんなところへ……」 「大丈夫、おれは怖くないから」 「いやそうじゃなくて、なんでそんな所に行くのかって理由をさ」 「大丈夫、おれは怖くないから」 おじいさんが細かく指摘してみても、カリアラはただそうくりかえすだけ。 おばあさんは仕方なく、泣く泣く旅の準備をしてあげました。 きりりと顔をひきしめるカリアラに、ひとつひとつ説明します。 「いいですか、いざとなったらこの毒液をふりかけるんですよ」 「わかった」 「あとこれはやっとこと言う武器です。閻魔大王の銘も入っています」 「わかった」 「いや閻魔だい」 「これは改造した空気銃です。節分の豆を詰め込みました」 「わかった」 「そしてこっちは本物のマシンガンです。弾切れには注意するんですよ」 「わかった」 「どこから持ってきたんだそんなもん!」 おじいさんのつっこみはことごとく無視される傾向にあります。 いつものこととやさぐれつつも、おじいさんは基本的に世話焼きなので、おばあさんが忘れているカリアラの道中のおべんとうや水筒や薬をきちんとならべて用意してあげるのでした。 そしてよく晴れた朝、カリアラはおじいさんの作ってくれたおにぎりと、おばあさんの用意してくれたたくさんの武器をもって鬼が島へと出発しました。 ですが残されたおじいさんとおばあさんは、どうにもこうにもおちつきません。 「ああ、もし強い鬼に食べられてしまったらどうしましょう……」 「その前にちゃんと転ばずに橋を渡れるのか」 「鬼が島に行く前に盗賊に遭ってしまったら」 「弁当を持っていることを忘れてそのまま餓死したら」 「鬼が島に渡る船がもし波にさらわれたら……」 「鬼が島に船で渡るという方法を思いつかずにそのまま海に飛び込んだら」 おじいさんもおばあさんも、不安で不安でしかたがありません。 「……おじいさん」 おばあさんはつよいまなざしでおじいさんを見つめました。 おじいさんは、こっくりとうなずきます。 そして心配性なおじいさんとおばあさんは、カリアラをこっそりと尾行しはじめました。 さて、カリアラは後ろからふたりがつけていることにも気づかずに、鬼が島への道をまっすぐにあるいています。天気は良好、体の調子もなかなかです。カリアラは迷いもなくぐんぐん道を進みます。ぐんぐんと、ぐんぐんと。 「ぐえ」 なにかやわらかいものをふみつけました。 「ぐえ」 なにかやわらかいものをふみつけました。 「ぐえ」 なにかやわらかいものをふみつけました。 「ぐえ」 なにかやわらかいものをふみつけました。 カリアラはそれを確かめることもなく、まっすぐに歩いていきます。ぐんぐんと、ぐんぐんと。 「ま、待って」 なんだかずいぶん下のほうから声がしました。カリアラはそちらを見つめ、きょとんとしてたずねます。 「なにしてるんだ?」 「いや、君に踏みつけられて苦しんでるところだよ……」 そこには、まったく同じ顔をした四人の童がしずかにのたうちまわっていました。 「痛い、痛いよう」 「うう、空腹の胃を踏まれたせいで胃液があ」 よく見ると、童は全員ずいぶんとおなかがすいているようです。その体はやせほそり、かおいろも伏している土とほとんど同じになっています。 カリアラはおじいさんの作ってくれたおにぎりをとりだしました。 道にずらりと並んでたおれる童たちに問いかけます。 「あのな、おれいまから鬼が島に行くんだ。いっしょに行くか?」 「鬼が島!?」 童たちの顔色がますます悪くなりました。四人は口々にさわぎます。 「そんな、あんな恐ろしい場所に行くなんて!」 「無理だよ絶対そんなの嫌だ!」 「鬼はすごく強いんだよ、かんたんにやられちゃうよ!」 「とにかく嫌だ! そんなとこには行かないからね!」 「そうか」 と言うと、カリアラはおにぎりを元の場所におさめました。童たちは「ああっ」と哀しい声を出します。 カリアラはもう一度おにぎりを取り出しました。 「あのな、おれいまから鬼が島に行くんだ。いっしょに行くか?」 「…………いきます」 カリアラはいがいにやる時はやる魚です。 こうしてカリアラは四人のお供と群れをなして鬼が島に向かいました。 その後を、おじいさんとおばあさんが追っていることには気づかないまま。 「鬼が島には女の鬼がたくさんいるんだ」 童の一人、ロウレンが船をこぎながら言います。 「それはもうこわいんだよ。百人近くいるんだから」 船はおだやかな内海をざんぶざんぶと進みます。カリアラはたずねました。 「そんなに怖いのか?」 「そりゃあもう! あちこちの村を襲っては家財を奪って逃げるんだ」 「それに出されたおやつは真っ先に食べるし、人が一生懸命作った魚類剥製をうっかりと壊しちゃうし」 「水温の調整当番はサボるし、水槽の掃除も手伝わないで遊びに行くし!」 「そのくせお父さんとお母さんにとりいるのはうまいんだ」 「僕たちが嫌がるのを知ってて家の中に猫を入れるしさ! 最悪だよあんなヤツ!」 なんだか童たちは鬼と面識があるような気配がします。 「そうか」 「それだけじゃないんだよ。なにしろ鬼が島は女の園だからね、香水とマニキュアの匂いが漂う中、陰口や噂の立てあいが飛ぶ陰険な場所だって話だよ」 「あちこちで鏡を立てて、化粧を直したり、果ては髪のカラーリングをする鬼もいるんだ!」 「二言目には『カワイイ』って言わなきゃいけないんだよ、僕たちにはわからない世界さ!」 「そうか」 カリアラは特に気にするようすもなく、ただまっすぐに前をみつめています。 「でも、その女の鬼たちをまとめてる大将は、男の鬼なんだよね?」 「うん、確か目撃情報ではそうだったような気が……そんな場所にいられるなんて凄いよね」 「そうか」 と、かみあわない会話をつづけていると、とうとう目的地が見えてきます。 船はそのまままっすぐ進み、カリアラたちは鬼が島に到着しました。 「ちょっとピィス! 大変大変!!」 さて、鬼が島ではそんなカリアラたちの姿をみつけ、見張りの鬼があわてて大将に報告します。 「どうしよう! なんか同じ顔のメガネ小僧が四匹と、あと船の先でずーっとまっすぐにこっちを見つめてる変なやつが来た!」 「えー、なんだよまた討伐隊かよー」 鬼の大将はだるそうにゆっくりと身を起こします。見張りの鬼は平然と言いました。 「ううん、というかメガネ小僧は私の母親のお婆ちゃんの娘の孫の腹から生まれた奴らで」 「兄弟じゃねえか」 鬼の大将は計算するまでもなくツッコミました。ちなみに見張りの鬼の名前はカレンと言います。 「でももう一人は見たことなくて、なんか妙なやつなんだって! 背中にやっとこ背負ってるし!」 「やっとことはまたマイナーな。で? その五人だけか?」 見張りの鬼がうなずくのを確認すると、大将は立ち上がって大きな大きなのびをしました。 「あーあ、しょうがねーな。じゃあオレが先に行ってみるから、何かあったら援護よろしく」 「わかった、気をつけて!」 と自分ではまったく行く気のない部下に見送られ、大将は侵入者たちのもとへ向かいました。 「……なんかすごいね……」 童たちは鬼が島を囲う塀をぼんやりと見上げました。 そこには真っ赤なスプレーで『喧嘩上等』だの『夜露死苦』だの『痕叉婆』だのと殴り書きされています。バイクのタイヤをおしつけたあともみえます。タバコのかすが山盛りになっています。あちこちにガムが噛み捨てられていました。 暴走行為のあとをしげしげと見つめる童たちにもかまわずに、カリアラはまっすぐに門のほうへと歩いていきます。 するとたどりつく前に、門の奥から一人の鬼がこちらに近づいてきました。 「お前たち、何の用だ」 「ボスだ!」 「大将だ!!」 童たちはひゃあと高い悲鳴をあげて、こそこそとあちらこちらに隠れます。大将は呆れたように彼らをぐるりと見わたすと、目の前に立つカリアラに言いました。 「……ったく。逃げ回るために来たんじゃないんだろ? 用件を言え」 カリアラは『用件』という言葉の意味がわからなくて首をかしげます。 さりげなく到着していたおじいさんが、ずいぶんと後ろのほうで「用事! 用事!」と囁きますが遠すぎて聞こえません。しかもたぶん用事という言葉の意味もわかるかどうかはあやういです。 「なんだよ、突っ立ってないで喋れよ。ああ?」 鬼の大将はそんな彼をいらだつように睨みつけます。 カリアラは何か言わなければいけないことだけは理解して、とりあえず口をひらきました。 「お前、小さいなー」 鬼の大将をじっと見つめ、感心したように言います。 大将は不可解ながらもとりあえずひるみました。 カリアラはどこか嬉しそうに、そんな大将の頭をなでます。 「すごいなー、小さいなー」 カリアラはさりげなく子供好きです。 「ちっ、小さいとか言うな! なでるな!!」 大将は怒りますが、カリアラはかまわずに頭をなでます。一部のピラニアのオスには卵や仔魚を守るという習性があるので、子供は大切にしなくてはいけないと本能が言っているのです。 ですが大将はどうやら怒っているようす。カリアラはなんで怒っているんだろう、なにか悪いことをしたのだろうかと考えて、ふと言いわすれたことに気がつきました。 「『カワイイ』か」 「は?」 カリアラはうん、とひとりで納得してうなずいて、頭をなでながら言いました。 「小さいなー。かわいいなー。小さいなー。かわいいなー」 二言目にはカワイイと言うのが鬼が島のルールです。かんちがいですが。 大将はすっかり顔を赤くして、カリアラの手を乱暴にふりはらいました。 「な、なんだよバカ! な、なにしに来たんだよ!」 おじいさんがものすごく後ろの方で「そうだ、それが知りたいんだ!」とやじを飛ばしましたが誰の耳にも届きません。 カリアラはようやく質問の意味を理解して、まっすぐな目で言いました。 「あのな、たからものが欲しいんだ」 「はい?」 「たからもの。おれ、それをもらいにきたんだ」 鬼の大将がしんそこけげんな顔をしても、カリアラの表情はしごくまじめ。おなじ調子でもういちどくりかえします。 「たからものが欲しいんだ。ください」 こういうときにきちんと敬語をつかえるのは、おじいさんの教育のたまものです。 ですが“かていのじじょう”で教育がかたよっていた大将は、ずうずうしいたのみごとに腹を立て、カリアラの肩をどんと強く押しました。 カリアラはよろけてふらりと後じさります。背負っていたやっとこがすり落ちてしまいました。 そのいきおいで隠しもっていた武器がつぎつぎに落ちていきます。 ふくらんでいた両そでからは毒液のびんが一、二、三。着物のすそから空気銃ががちゃりと落ちれば、あとからあとから豆がざらざらこぼれます。腹側からは、さらしにまいて隠していたマシンガンと大量の予備の弾がずるりと姿をあらわしました。 鬼の大将はあまりのことに思わずぽかんと見ていましたが、すぐに顔にごくあくないろをうかべました。 「なあ、お前“宝物”欲しいんだろ」 「うん、欲しい。ください」 大将はカリアラの肩をぐいと引きよせ、顔を近づけさせて囁きます。 「この物騒な武器類全部と交換なら分けてやってもいいぞ?」 大将は暴走したいおとしごろなので、危険なものがだいすきです。それに、悪いことをするためには武器はあればあるほどいいのです。 カリアラは嬉しそうに言いました。 「本当か? じゃあ、これぜんぶやる」 「よっしゃ、交渉成立! よーし、サツには絶対チクるなよ」 こくりとうなずくカリアラを見て、大将はじゃあくな笑みをうかべます。 そしておびえる童たちをにらみつけると、カリアラを鬼が島の内部につれこみました。 ずいぶんと後方で見守っていたおじいさんは、カリアラを心配しておろおろしています。 すると、ずっと黙って見ていたおばあさんが、すっと立ち上がりました。 「……どうやら、動かなければいけないようですね」 その表情はいやに冷静で、まるで凍りついたようです。 「行きますよ」 「い、いやどこに」 「決まっているでしょう?」 ひえびえとした声でそう言うと、おばあさんはおじいさんを引きずるようにして歩きはじめました。 塀の外にのこされたのは、ただただおびえる小動物のような童たちだけ。 「で、宝物っても何が欲しいんだよ。 金か? それとも絹か?」 鬼の大将はきゃあきゃあさわぐ女の鬼たちをかき分けるようにして、カリアラを奥へ奥へとつれていきます。カリアラはおびえたようすだったり、嬉しそうだったり、からかってきたり、メンチを切ってきたりするさまざまな鬼を不思議そうにながめながら答えました。 「“なかよくなるくすり”だ」 「あ?」 たくさんの女の鬼が集まっているために周囲はあまりにかしましく、大将は聞きとりそこねてふりかえります。カリアラはもういちどまっすぐな目をして言いました。 「“なかよくなるくすり”だ」 「仲良くなる薬? ……そんなものあったかな」 「薬売りの人が鬼にとられたって言ってたんだ。だからあるはずだ」 カリアラは暴走したかんじの鬼が飛ばしてくるツバをよけながら言います。 大将はぴたりと足をとめました。目のまえにはおおきな蔵がふたつ。 「うーん、庄屋とかじゃなくて行商人からの盗品か……。カレン! なんか知ってるか?」 大将はそのどちらに入るか悩むように腕をくみ、近くにいた一人の鬼にたずねました。 「ああ、それならこっちでしょ」 カレンと呼ばれた女の鬼は右の蔵のとびらを開けながら言いました。 「なんか最近入りたての子が盗ってきたって言ってた気がする。ちょっと待って、取ってくるから」 そしてカレンはひょいと蔵の中に姿を消します。手持ちぶさたな大将は、蔵の中をじっと見つめるカリアラに聞きました。 「しっかしお前、なんでそんな薬が欲しいんだ? もっと金になるものいっぱいあるぞ?」 「うん。でもそれが欲しいんだ」 するとカリアラは事情をかたりはじめました。 「あのな、おれ死ぬところだったんだ。でも、おじいさんとおばあさんに助けてもらった。だからな、“おんがえし”しにきたんだ」 「恩返し? 薬を取ってくることが?」 「うん。おじいさんとおばあさんはな、すごく仲がわるいんだ。でもな、本当はもっと仲良くしたいと思ってる。だから仲良くなる薬を使えば、ふたりともすごく仲良くなれると思った」 さりげなく秘密の裏口から侵入していたおじいさんとおばあさんは、思わず顔を見あわせます。隠れているものかげにはなんだか気まずいびみょうな空気がながれました。 大将はそんなことには気づかずに、しんみりとして言います。 「そっか……いいやつだなお前。よし、その薬は全部やるよ。いっぱい持って帰ってやれ!」 「そうか。ありがとう」 カリアラはばしんと背を叩かれながら嬉しそうに笑いました。 自分たちを思ってくれていたカリアラに、おじいさんとおばあさんの間にも穏やかな空気がながれます。 「ピィス、あったよ」 カレンが蔵から出てきました。その腕に何段もある重箱を抱えています。いち、にい、さん……ざっと見ても十段はあるでしょうか。予想外の大きさに、大将が思わずぶっと吹きだしました。 「でか! 何それでかっ! 一体どれだけあるんだよ!」 「しかも重いしー。ちょっとー、持ってよほらあ」 大将とカリアラは駆け寄って手伝います。漆塗りの重箱はひとつひとつがとても大きく、まるでたらいのようでした。 「ぐわ重っ! どんな行商人だったんだよコレ持ってたやつ!」 中身は軽いのかもしれませんが、箱が重くてたまりません。結局はそのまま地面におろします。 「さー。なんかすごくデカくて強いやつだったみたいだけど……あ、名前書いてある」 一番上のふたの表面に、金字で名前らしきものが彫ってありました。 簿武殺布 音にして読んでみると、どこかで聞いたことのある響きです。 「えーと、ボブ……」 「読むな! 読んだら認めることになるぞ!!」 大将はまっさおな顔でカレンの口をふさぎます。いくらなんでもやっていいネタと悪いネタがあるということを、大将はちゃんと知っているのでした。とくに時事ネタは大変です。 カリアラはいっしょうけんめいがんばって、ひとつひとつ読み上げました。 「たけ、シ、た、すん。たけ。メ、き、ぬの……」 「よーしよくやった! それでいい。それでいい!」 大将は必死の汗をうかべながらカリアラをほめたたえます。 「じゃあこの箱の持ち主は野獣じみたタケシタスン以下略ってことで開けてみよう」 「じゃ、でっかく撮って小さく残すタケシタスン以下略の箱あけまーす」 なんだかとても今までの苦労を水に流す発言をして、カレンがふたをあけました。 一番上の段の中には、四角い箱がぎっしりと詰め込まれていました。二十ぐらいはあるでしょうか、なんだかとても商品くさいそれに書かれている文字は……。 ドクター・中松 ラブジェット(お徳用) 「媚薬じゃねえか――!!」 現代科学フェロモンです。(ドクター中松オフィシャルサイトより) 「イヤ――! 二ダースもあるし!!」 一本で二百吹きなので、計算すると四千八百吹き分です。(ドクター中松オフィシャルサイトより) 二人の鬼は素で軽く引きました。 カリアラはきょとんとして同封されていた説明書きを読みあげます。 「まえ、ナントカ、なしで、こうふんのどあいがたかまり……」(ドクター中松オフィシャルサイトより) 「読むな――!!」 大将は説明書きを取り上げて下ネタを回避しようとがんばります。 ですが続けてカレンが叫びました。 「ちょっと大変! 二段目以降にはびっしりとうなぎパイが!!」 「ちきしょうそういう路線か! そういう仲良しか!!」 これさえあれば夜はわりとバッチリなのかもしれません。 「確かに仲は良くなるかもしれないけど! けどこれはいかがなものよ!?」 二人の鬼は指が入る隙間もないほどびっしりとつめこまれたパイにツッコミを入れまくります。カリアラはなにがどうなっているのかわからなくて、不思議そうにくびをかしげました。 「どうしたんだ? なにか悪いものだったのか?」 「……悪くはないけど……」 鬼たちはがくりと肩を落としました。カリアラは心配そうにたずねます。 「これ、くれないのか? 持って帰っちゃだめなのか?」 鬼たちはそんな彼にきっぱりと言い切りました。 「一刻も早く持って帰ってください」 「一つ残らずね。一つ残らず」 二人は害はなくてもなんとなく嫌だと思うけっぺきなおとしごろです。 「そうか」 カリアラはほっとしたようにうなずくと、四千八百吹き分のラブジェットと数え切れないほどのうなぎパイを近くにあった台車に乗せ、したっぱの鬼たちの手伝いを得て、よいしょ、よいしょと嬉しそうに家まで運んでいきました。 「……純真な子供をだまくらかすおっさんの気分なのはどうして……?」 「それはオレたちが宝物の意味を知るぐらいには大人になってしまったからだろ」 だんだんと小さくなるカリアラの背を見送りながら、二人の鬼は複雑にたそがれます。 するとその時。背後から、ざっ、と砂をふみしめる音がしました。 大将とカレンがふりむくと、そこには仁王立ちで腕を組む一人の女性。 それは役職とはうらはらに普通に若いシラおばあさんでした。 「……久しぶりね」 おばあさんはいつもとは違う声色で静かに言います。鬼たちはとたんにひっと息をのみ、すぐさま姿勢を正しました。 「しょ、初代大将!」 「初代!?」 まだものかげに隠れていたおじいさんがまっさおな顔で叫びます。 おばあさんはそれを気にすることもなく、かちこちに固まる二人の鬼に言います。 「しかし……しばらく顔を出さないうちにここも随分変わったわねぇ? 手入れが行き届いてないんじゃないの?」 「すっ、すみません! あの、その、ちょっと手下が増えすぎて……」 「それにねえ、ちょっと最近ヘマばかりしてるじゃないの。顔を見られて部下は掴まり、挙句の果てに一般人にまでアジトの位置を知られている。どういうことかしら、三代目?」 口元は笑みを浮かべていますがその目はまったく笑っていません。大将はまっさおになって頭をさげます。 「す、すすすみません!」 「鬼が島といえば恐ろしい、だから絶対行きたくない。それが基本姿勢じゃなかったのかしら。いい? 興味本位で部外者が立ち入ろうとするなんて、本来ならあってはいけないことよねぇ」 「はいっ、はいっ。これからは気をつけます!」 「……いいコね。そしてこれだけは守ってちょうだい。略奪は卑怯に! 上にチクることのできない金を中心に! いざとなれば脅迫上等・ゆすり上等! はい復唱!!」 二人の鬼は姿勢を正して叫びます。 「略奪は卑怯に! 上にチクることのできない金を中心に! いざとなれば脅迫上等・ゆすり上等!」 「声が小さい!!」 「略奪は卑怯に!! 上にチクることのできない金を中心に!! いざとなれば脅迫上等・ゆすり上等!!」 鬼たちが腹から声を出すのを見届けると、おばあさんはふっと優しく笑いました。 「そう。それをけして忘れないように。……お邪魔したわね、帰るわ」 「ありがとうございましたあっ!!」 大将とカレンはふかぶかと頭をさげます。おばあさんはほほえみながら、おじいさんをひきずりだします。 「さあ、帰りましょうか」 おじいさんはもうこわくてこわくて涙目で首をふりますが、おばあさんは容赦しません。 「このことはもちろん誰にも秘密ですよ。……わかりますね?」 どす黒く変化したおばあさんの笑顔に、おじいさんは必死になんどもうなずきました。 おばあさんはそんなおじいさんをひきつれて、鬼が島の中をつっきって帰っていきます。 途中、たくさんの鬼たちに頭を下げられ、声をかけられ、サインを求められ、握手をもとめられました。おばあさんはにっこりと笑いながら、そのひとつひとつに余裕をもって対応します。 なにしろおばあさんはこの女の園をつくりだしたひと。鬼たちにとっては伝説のヒーローなのでした。 おじいさんはそんな初めて知るじじつにめまいをおぼえながら、おばあさんが鬼たちに引き止められるたび、はやくおうちにかえりたいと心底仏にねがうのでした。 その後、ようやく家にかえることのできたおじいさんとおばあさんを、満面笑顔のカリアラと二ダースのラブジェットと大量のうなぎパイが迎えうつのですが、それはまた別の戦い。 [おしまい] |