番外編目次 / 本編目次


※例のごとく、日本の正月の風習があったらというパラレルでお楽しみください。

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。そう頭を下げたあとで、ペシフィロが差し出したのは小さな紙封筒だった。扇状に並べられた三つには、それぞれカリアラ、サフィギシル、シラの名が記されている。
「どうぞ」
「え、いいの?」
 ためらうサフィギシルの隣で、カリアラは当たり前の顔をして封筒を取る。そのまま、これはなんなのだろうという顔で、天井に透かして見せた。
「なんか入ってるな。丸いな」
「まあ、開けてみてください。お二人も遠慮せずに」
 そう言われてようやくサフィギシルたちも取る。彼ら二人は丁寧に、カリアラは引き裂かんばかりの勢いで破り開ければ、勢いのままにころりという音を立てて銀貨が床に転がった。拾い上げて、カリアラが丸い目を瞬かせる。
「お金だな」
「……こんなにもらっていいの?」
 無反応に近いカリアラとは対照的に、サフィギシルは銀貨とペシフィロの顔を交互に見比べている。ペシフィロは彼や緊張するシラに微笑みかけた。
「ええ。年に一度のことですから、気にせず受け取ってください」
「そうそう。もらえるだけもらっとけばいんだよ、せっかくの機会なんだし」
 後ろからひょいとのぞいたピィスに言われて、サフィギシルとシラはようやく封筒を手元に寄せた。改めて、ありがとうございますと頭を下げる。だがカリアラだけはいまだこれが何なのか、どういう物なのか理解できていないようだった。尋ねる顔でペシフィロを見る。
「それはお年玉と言って、年に一度、大人が子供にお小遣いをあげる風習なんですが……そうですね、あなたにはまだ少し早かったかもしれませんね」
 苦笑したペシフィロは、なにやら鞄の中を探し始める。取り出したのは新たなポチ袋。ただし、さきほどのものよりもふくらみが大きい。カリアラが途端に飛びつく姿勢になった。
「それ!」
「はい。お年玉ですよ」
 カリアラは受け取るとそのまま口の中に入れ、サフィギシルに叩かれてあわてて手で開けなおす。だがそれでも噛み付きながら紙をはがせば、染みついた茶色が現れる。封入されていたのはカリアラの大好物、魚の干物の切れ端だった。カリアラはポチ袋ごと飲み込まん勢いで干物に食いつく。しばらくは言葉もなくした魚の顔で、懸命に喉を揺らしていたがあっという間に食べつくして満足げに息をついた。
「ごちそうさまでした!」
「はい、どういたしまして」
 サフィギシルに教わった礼儀を見せると、ペシフィロは我がことのように笑う。ありがとうございますだろ、とサフィギシルに小突かれて、カリアラは思いきり頭を下げて礼をした。よくできましたとシラが褒める。カリアラはさらににこにこと嬉しげに笑みをこぼす。
「これがお年玉かー。いいな。お年玉はすごくすごくいいものだな」
「そうだぞー。稼ぎのない子どもは、お年玉だけで半年ぐらい暮らせるんだ」
「夢のない冗談だなそれ」
 じゃあお礼にお雑煮でも。とサフィギシルたちは客人を引き入れる。カリアラは居間へと進む彼らを眺め、手の中に残った二枚のポチ袋を見つめ、にんまりと笑みを浮かべた。そのまま、いつもどおりの厚着をすると、寒い外へと駆け出した。



 ペシフィロからもらった“お年玉”があまりにも嬉しかったので、カリアラはわくわくと弾む呼吸を抑えきれなくなっている。こんなにもいいものだから、ぜひ、シラやサフィギシルにもあげたい。ペシフィロは言っていたではないか。お年玉は、大人が子どもにあげるものだと。カリアラは自らの発案がとんでもなく素晴らしいものに思えて、ぴょんぴょんと浮かれた足で跳ねていく。入れ物はふたつある。金が入っていたもの、干物が入っていたもの。両方ともかなり破れが激しかったが、とりあえず形にはなりそうだった。少なくとも、この元ピラニアはそう考えた。
 飛んでいた足がぴたりと止まる。カリアラは、ふと重大なことに気がついた。お年玉には何を入れればいいのだろう。シラはカリアラと同じで魚が好きだから、干物でもいいだろう。だがサフィギシルはそういうものは特には好まないようで、食卓でも積極的に食べていた覚えがない。第一、干物はどうやって手に入れればいいのか。よその家の庭に干してあるものも、海辺に並べているものも、勝手に食べてはいけないとピィスに言われてきたではないか。
 カリアラは見るからに困り果てた様子で首をかしげる。飛び出してはみたものの、これでは何にもなりはしない。どうするか。どうしよう。困った、困った、困った…………。
 かしげすぎた首が地面に近づいたところで、カリアラは重心を崩して転ぶ。そのまま、ごろごろと坂道を流れ落ちて頭を打ってようやく止まった。ぐらりぐらりと首を回して勢いのままに体を揺らす。くらくら。くらくら。くらくら。そうして思う存分ゆらいだところで、目の端にあるものが映った。カリアラはそれをじっと見つめる。そして、満面の笑みになった。



「ただいまー!」
 元気よく飛び込むと、奥からシラが走り寄る。カリアラはそのまま強く抱きしめられた。
「どこに行ってたの! もう、気が付いたらどこにもいないし。庭も外も捜したんだから……」
「ごめんな。いろんなとこ行ってたんだ」
 言葉を裏付けるように、カリアラの全身は土や砂でよごれている。汚いそれらをサフィギシルが手で払った。
「いろんなとこってどこだよ。馬鹿、出かけるときは一言言えって教えただろ」
「なになに、何してたの?」
 ピィスとペシフィロも現れたところで、カリアラは笑顔のまま戦利品を取り出した。うす汚れてしまったポチ袋は、限界までふくらんでいる。カリアラは両手でその口を封じたまま、サフィギシルとシラに差し出した。
「お年玉だ!」
 サフィギシルの顔面が、瞬時にいやな予感に染まる。だがカリアラはにこにことポチ袋を押し付けた。異様に膨れたその端が、じり、と震える。
「……もらっとけよ。愛がいっぱい詰まってそうだぞ」
 同情と愉しみの混じる微笑みで、ピィスがサフィギシルの肩を押す。シラが先に受け取った。サフィギシルも気味悪そうに筒状のそれを手にする。そして、開いた口から中身を確かめた。
 声のない悲鳴が上がった。
 彼らの手のひらが腕が全身がざわりと波立つ。封筒が落とされると大量の黒い珠がこぼれ出して廊下へと広がった。ひゃあ、とピィスがペシフィロの腕にすがる。爪先立つ足元に散らばるのは、大量の虫だ。
「だ、だだダンゴ虫――!!」
「なっ、ばっ、広がっ、うわあああ! なんだこれ気持ち悪! 動いた、動いた!!」
 衝撃で珠状に硬直していた数十匹のダンゴ虫は、何事もなかったかのように雑多な行進をはじめる。群れを愛するカリアラが嬉しげに頬を染めた。
「おおー。すごいな。いっぱいが動いてるぞー」
「いっぱいにもほどがあるだろ! ど、どうしよう。どうすんだこれ!」
「これはお年玉だから、少しずつ食べていくんだ。そうすれば半年ぐらいは暮らせるんだ」
「誰かさんが変なこと言うからうまいこと曲解してるぞこらー!」
「うーん。まさかオレもこんな風に繋がるとは」
 感心するピィスはすでに、ペシフィロの背に避難している。ペシフィロはピィスを背負ったままわあわあと足を踏み踏みほうきなどを取り出した。
「あ、そうだな。集めなきゃ食えないよな」
「こんなもの食えるわけないだろ!」
 反射的に叫ぶサフィギシルに、カリアラはきょとんと答える。
「そうなのか? けっこう旨かったぞ」
「食ったのかよ!!」
 ピィスと重なる絶叫に真顔でうなずいたものだから、サフィギシルは今まで以上に青ざめた。
「お前、絶ッ対自力で出せよ! 詰まっても掃除してやらないからな! 一匹たりとも残すなよ!!」
 腸内で虫が混雑を極めれば、その濃縮された塊を取り出すのは技師であるサフィギシルの仕事なのだ。カリアラはよく理解できないまま、がんばってみると了承した。
「……サフィさん」
 掃除を手伝っていたシラが、急に真面目な顔をする。
「これ、お年玉なんですよね。そして、私たちこの虫を落としましたよね。そしたら虫は丸くなった、玉になった! これ、もしかしてものすごく面白くありませんか!?」
「面白いわけがあるかー!」
 彼女の衝撃的な表情に思いきり怒鳴りつける。シラはそれでも食いかかる。
「いやでもお年玉ですよ? それで落として玉ですよ? 画期的です! カリアラさんお上手!」
「なにひとつ巧くねー!!」
「シラ、人魚人生が長いと新鮮かもしれないけどね、こういうのは人間ではよくあることだから。古典的なお笑いだから」
 そうなんですかと驚くシラに、サフィギシルは頭を落とす。その目前に、ダンゴ虫を詰め直されたポチ袋が突きつけられた。
「お年玉。いらないのか?」
 とっさの怒りは、差し出すカリアラを見て鎮まった。元ピラニアは、相変わらず透明な動物の目でまっすぐに見つめてくる。嘘も冗談も悪ふざけもこの男にはないのだろうと、幾度となくした実感をまたしても胸に落とし、サフィギシルは息をした。ため息にもにた深い息を。
「……あのな」
 差し込む光を覗くように、うっすらとカリアラを見る。
「お年玉とか、そういうのはいいんだよ。お前が元気で問題なく過ごしてくれれば、俺たちはそれでいいんだ。だから、ダンゴ虫とか品物とかそういうんじゃなくて……気持ち。そう、気持ちだけで十分だから。お年玉には、お前の気持ちをくれればいいんだ」
 カリアラは、きもち、と呟いた。きもち、きもち、と口の中で繰り返す。彼は何気なく手を伸ばして、傍にあった観葉植物の枝を折ってポチ袋に押し押し込んだ。
「きもちって、これか?」
「そうじゃねえー!」
「あっサフィさん、木を持って気持ちですよ! すごい、カリアラさんすごい!!」
 シラが手を叩くとカリアラはそうかと笑う。サフィギシルは首を振る。
「だから巧い冗談にしてどうする! 大喜利かこれは!!」
「ああ。そういえばお正月らしいですね」
「うーん。お前なかなか筋がいいな。この調子で今年もガンバレ」
「のんきさは遺伝するのか!?」
 ほのぼのと笑う親子は笑顔で虫を転がしている。掃除にあぶれたダンゴ虫に挿した枝が、目の前で揺れているのでサフィギシルはどうしていいかわからない。カリアラは首をかしげて、これも違うのか。じゃあきもちってなんなのだろうと家中を探し始め、面白いことになりそうだとシラやピィスがそれを追う。
 結局、カリアラは夜までに二十種類の「おとしだま」「きもち」候補を発見し、ことごとくポチ袋に詰めてサフィギシルに提出した。サフィギシルたちは審査員のごとくに評価しながらカリアラの動きを見守る。こうして新年一日目は、叫び声と想像外の驚きのままに過ぎていった。


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