番外編目次 / 本編目次


※パラレルですのでクリスマスが存在するという設定でお読みください。

 誰かの手に体を揺すられ、サフィギシルはぼんやりと目をあけた。まぶたの重さに知らずと眉が寄せられる。部屋の中には暗い闇が降りていた。どうやらまだ夜らしい。体がやけに重かった。一体今は何時だろう、どうしてこんなに疲れているんだ。手近にあるランプを探って思い出す。そうだ、クリスマスだからといって色々と料理を作り、相変わらず騒ぎに騒ぐピィスにつられてくたくたになったのだ。そんなことを考えながら術を使って火を灯し、そのままぴたりと固まった。
 淡い明かりに照らされたのは、満面の笑みを浮かべるカリアラ。
 ベッドの側に座る彼は、白い縁取りのついた赤い服に赤い帽子に黒い靴を履いていた。
 彼はやけに嬉しそうに自分を指差して言う。
「サンタだ」
 自己紹介を聞くまでもなく解りやすい扮装だった。サフィギシルはどうにもこうにも何も言えない気分になって、深く目を閉じてみる。カリアラの手がまたしても疲れた体を揺さぶった。
「サンタだ。サンタが来たから起きなきゃだめだ」
「……サンタクロースってのは寝てるうちにこっそりと来るもんじゃなかったのか」
「えっ、そうなのか?」
 カリアラは驚いた顔をする。どうやら本当に知らなかったようである。それはともかく何がどうしてサンタなのか解らない。サフィギシルは起き上がり、珍妙な魚のサンタクロースを眺めた。こんな衣装をどこから持ってきたのだろう。解らないが、とりあえず額に貼られた付けひげを正しい位置に直してやる。
「なんでお前がサンタなんだよ」
「だって、クリスマスの夜にはお父さんがサンタになって、子どもにいいものをあげるんだろ? この家はお父さんがいないから、おれがサンタをやればいいんだ。ピィスから聞いたんだ」
「やっぱりあいつか……」
 こういうことを嬉々として吹き込むのはいつもピィスのしわざだった。だがしかし、まさか子ども扱いされてプレゼントを配られるとは。カリアラが格好まで整えて実行するとは、思ってもみなかった。
「じゃあ、いいものやるから靴下くれ」
「嫌だ。ここに出せよめんどくさい」
「そうか」
 カリアラは素直にうなずいて、大きな白い袋を開けた。そしてベッドの空いた場所に、ひとつひとつ“いいもの”を乗せていく。魚のすり身の肉団子、こんがりと揚げたじゃがいも、鶏肉の足がひとかけら。その他にも、夕食の席に出した料理が少量ずつ並べられる。ひとかけら分ではあるが、クリスマスケーキの残りもあった。サフィギシルは不機嫌な目でそれらを見つめた。手間と時間をかけて作り上げたものばかりだ。前の晩から下ごしらえをしておいたものもある。苦労してわざわざ作ってやったのに、これでは突き返されるのと同じじゃないか。
(……どうせ、魚には味なんて解らないんだ。人の苦労も知らないで)
 並ぶ料理はどれも時間が経ったせいで冷えて硬くなっている。しかも、そのほとんどが一口ずつかじられていた。こんなにも無遠慮で無神経なプレゼントを出されるとは思わなかった。
「プレゼントだ。これ全部食っていいぞ」
「いらない。誰が食うか」
 突き返すと、カリアラはきょとんとする。
「なんでだ? これ、すごく旨いんだぞ。すごくすごく旨いんだ。これはすごくいいものだから、あげようと思ってちょっとずつ取っておいたんだ。でもな、我慢しようと思ったんだけどな、すごく旨いからどうしても食いたくなって、ちょっと食った。ごめんな。我慢したんだけどな、無理だった」
 カリアラは真剣な表情で、この料理がどれほどまでに美味しかったか、置いておくのにどれだけ我慢が必要だったかを語りはじめた。ひとつひとつ手に取っては彼なりの感想を言う。これは小さくて丸いのに魚の味がして驚いた。この肉は表面のぱりぱりとしているところがすごく旨い。これはなんだかやわらかくて、すぐに溶けて美味しいから何個も何個も食べたくなった。カリアラは最後のひとつに至るまでその良さを力説し、心配そうな顔で言った。
「でもな、こんなに旨いのにお前あんまり食ってないだろ。だから取っておいたんだ」
「…………」
 サフィギシルは言うべき言葉が見つからなくて、ただ並べられた料理を見つめる。当たり前だ。長時間調理ばかりをしていれば、できあがった食べ物には食指が動かなくなってしまう。特に今回は揚げ物の類が多く、味見のために何度も口にしていたせいで、いざ本番となった時には満腹になっていたのだ。そもそもパーティをすると決まった時から何度もレシピを確認し、頭の中で組み立てて、試作をして準備をして……と手間をかけているうちに、これらのメニューに飽きが来ていた。
「食わないのか? もったいないぞ。すごくすごく旨いんだ」
 カリアラは困ったような顔をして、飾りのついた鶏肉の足を差し出した。
 サフィギシルは何も言わずに受け取って、きれいな箇所を一口かじる。皮は湿ってパリパリとはしていない。肉のほうも冷えてしまって随分とぱさついている。だがそれでもしなやかな肉と塩気の効いた皮の味が混じり合い、少しの脂と肉汁がほどよく口に広がった。
「……旨い」
「うん、旨いんだ」
 カリアラは嬉しそうに笑う。サフィギシルはまた一口かじった。もう一口、さらに一口。他の料理もひとつひとつ口に入れては味わっていく。こうやって、改めて出された料理を食べるなんて久しぶりのことだった。他人事のように言う。
「……俺、料理上手いよな」
「うん。サフィは料理が上手だ。いつも旨いのを作ってくれる。ありがとう」
 笑顔で言われて手が止まり、照れくさい気分になってまたもくもくと食べ始める。カリアラは嬉しそうに見ていたが、ふと思い出したように立った。
「そうだ、おれまだあげなきゃいけないところがあるんだ。行ってくる」
「行ってくるって……ああ」
 どうせシラの所だろうと考えて、質問を取り下げる。大きな袋を抱えるサンタに応援の言葉を贈る。
「まあ、頑張れよ」
「うん、がんばる。行ってくる」
 カリアラはいかにも仕事に忙しいサンタクロースといった風情で、小走りに出ていった。廊下を駆ける足音がたちまちに遠ざかる。玄関の開く音がして、それは土を駆ける音に変わった。サフィギシルはぎょっとして窓を開ける。赤と白の派手な服が闇に消えていくのが見えた。
「行ってくるって……ピィスか!?」
 明かりを掲げて時計を見れば、時刻は二時を少し過ぎたところ。非常識な訪問の結果を思い、サフィギシルは呆れたため息をついた。


 カリアラは寒い寒い真夜中の道を懸命に駆けていき、ピィスの家にたどり着いた。結構な距離を走ったために、体は熱を持っている。木の肌が内部の石に温められるのを感じつつ、小さな家の庭に回った。二階にあるピィスの部屋は明かりが消えているようだ。だが一階にある居間からはほのかな光がもれている。カリアラは手近な雨戸をこじ開けて、ガラス越しに中を覗いた。
 食卓の端にうつむいた人の影。それは小さなランプでほそぼそと照らされながら酒を呑む、うちひしがれたペシフィロだった。どうしてだろうか、とてつもなく落ち込んでいる。力なく垂れた肩が痛々しい。
 幸いにも鍵が掛かっていないので、窓を大きく開けてみる。騒がしい音につられてペシフィロがこちらを向いた。カリアラはとりあえず笑顔で自己紹介。
「サンタだ」
 ペシフィロは目を丸くしてカリアラを見つめていたが、すぐにしくしくと悲しげに泣きだした。
「ど、どうしたんだ? 痛いのか?」
「いえ……すみません、ちょっと個人的な感傷で……」
 カリアラは窓枠をよじ登り、袋を抱えて居間の中に入り込む。涙を拭うペシフィロの向かいに座って心配そうに覗き込んだ。酒の匂いが鼻につく。顔が赤い。だが酔いのためだけではなく、外傷からもきているようだ。こめかみのあたりがぷっくりと腫れている。
「怪我したのか? 敵がきたのか?」
「いえ、これは…………ピィスに」
 カリアラはきょとんとして派手に目立つ傷を見つめた。ペシフィロは悲しい声で語り始める。
「今夜はクリスマスですから、プレゼントをあげようと思って部屋に入ったら……がつんと。解ってはいたんです、あの子の寝相がどうしようもなく悪いことは。でもまさか工具を持ったまま眠るとは思わないじゃないですか。あげくの果てに半分以上寝言ながら『うるさい出てけ』とか言われましたよ! そうなんですよあの子は寝覚めが悪いんですそんなことは解っていたのに……! 私はね、カリアラ君。以前からずっと子どもができたらクリスマスにはプレゼントをあげようと思っていたんですよ。それが私の夢だったんです。うちは七人兄弟で裕福ではありませんでしたから、プレゼントなんてもらったことがなかった。だからこそね、自分の子どもには夢を持って欲しいなと、もう、ずっと……」
 またしても泣きだしかねない雰囲気に困り果て、カリアラはとりあえずグラスに酒を注いでみた。半分以上減っていたものがひたひたまで満たされる。ペシフィロは小さく鼻をすすりながら礼を言った。そしてそのまま一息にあおってしまう。
「おきゃくさんいいのみっぷりですねー」
「どこで覚えたんですか、それ。すみません、あちらのグラスにも注いできてもらえますか?」
 指さす先を見てみると、部屋の隅のほとんど死角に近い場所に、ひっそりとグラスだけが置かれていた。カリアラは酒の瓶を持って行き、ひとかけらしか残っていない酒を十分に満たしてやる。部屋の奥で何かがごそりと音を立てたような気がした。
「それで、カリアラ君はどうしてサンタなんですか?」
「あのな、おれはサンタになるからな、サンタなんだ。だからピィスにも持ってきたんだ」
 説明になっていないが、ペシフィロはもはや気にしない。どことなくゆるんだ顔で、そうですかあ、と呟いた。どうやら大分酒が回ってきたようだ。ぐったりと食卓に顔を伏せていく。
「でも、渡しに行くのはやめた方がいいですよ。私と同じように殴られてぼろぼろに壊れて廃棄処分で拾われて修理して大変ですから。明日の朝になったらどうせ気がつくんですから、ここに置いてそっとして風邪を引かないようにさせてプレゼントしたらどうですか?」
 言葉がいやに継ぎ足されるのは酔っているせいだろう。カリアラは素直に承諾することにした。
「じゃあ、ここに置いとく。ペシフも食っていいぞ。これはすごく旨いから」
 そう言って食卓に置いたのは、瓶に入った野菜の漬物。薄味で塩分を控えたそれは、日持ちは悪いがカリアラの口に合う。言うまでもなくサフィギシルが漬けたものだ。
「ピィスがな、前これが好きだって言ってたから。だからプレゼントだ」
「ありがとうございます、渡しておきます。……あ、ちょっと待ってください」
 ペシフィロはふらつく足で台所の奥に消えると、ちょうど同じぐらいの瓶を小脇に抱えて戻ってきた。中にはペシフィロが作ったらしい漬物が詰まっている。
「これ、お礼に。お口に合うかどうか解りませんが、どうぞ」
「ありがとう」
 カリアラは漬物を袋に入れた。こうして一家の主夫と主夫は間接的に交流している。
「ピィスは終わったな。じゃあ、次のところに行ってくる」
「これからどこかに行くんですか? 今時分は寒いでしょう」
「大丈夫、あとは家に帰るだけだ。シラにプレゼントするんだ」
 カリアラはよいしょと袋を肩に担ぎ、疲れた様子も見せずに言う。ペシフィロは何気なく尋ねた。
「何をあげるんですか?」
「おれだ」
 あっさりと言われた答えにペシフィロは固まった。
「……え?」
「シラにな、何が欲しいかって聞いたら、『あなたが欲しいわ』って言ったんだ。だからおれをあげるんだ」
「ちょっと待って下さいカリアラ君冷静になって下さい。あの、ええと……解ってます?」
「何がだ?」
 ああこれは絶対解ってない。ペシフィロはそんな言葉を顔に浮かべた。
「ということはですね、シラさんが眠っているところにあなたがプレゼントとして待っておくんですか?」
「ううん、シラは起きて待ってるぞ。寝ないでおくから絶対来てねって言ってた」
「…………」
 ペシフィロはどうしたものかと酔いすら忘れて頭を抱え、神妙な顔つきでまた台所へと消えた。
「カリアラ君、これを持っていきなさい」
 戻ってきた彼の手には、一本の果実酒がある。ペシフィロは瓶の首にリボンを結び、色ガラスがきらきらと輝くようにちょっとした術をかけた。茶色だった表面はさまざまな色に変わり、細やかな光彩の粒が雪のように舞っている。
「これを代わりにあげてください。悪いことはいいません、そうした方が身のためです」
「でも、シラは酒よりもおれが欲しいって言ってたぞ」
「いいから。持って行きなさい」
 ペシフィロは押し付けるようにして酒を渡す。納得がいかないカリアラに、説教のように言い聞かせた。
「もっと自分を大事にしてください」
「……そうか?」
 カリアラは意味がよく解らないが、とりあえず酒はシラが喜びそうだと思ったので持っていくことにした。
「ありがとう。じゃあ、またな」
「はい。くれぐれも気をつけて」
 すっかりと酔いが覚めたらしきペシフィロに別れを告げて、またもや窓から去っていく。ふと部屋の隅に目をやると、満たしたはずのグラスの中身はすっかり消えてなくなっていた。不思議に思って窓を降りると、力いっぱい雨戸と窓が閉じられる。カリアラはペシフィロは遠くにいたはずなのに、と思いながら鍵のかかる音を聞いた。


 あまりにも外が寒かったので、体はすでにあちこちが硬くなっている。家に入るとほんの少し暖かくなり、シラの部屋の中に入るともっと暖かくなった。カリアラは自然と笑顔になる。ベッドの中で待ち構えていたシラも、輝くような笑みを見せた。
「いらっしゃい。寒かったでしょう。ほら、こっち」
 シラは掛け布団を軽くめくり、寝そべる自分の隣を示す。カリアラは何の疑問もなく彼女の隣に潜り込んだ。足元には湯たんぽが転がっていて、布団の中は息をつくほど暖かい。カリアラはしばしの間役目を忘れて目を閉じた。
「寝ちゃだめよ。プレゼント」
「あ、そうか」
 そうだ、今日はサンタだからプレゼントを渡さなければ。シラは嬉しくてたまらないと言うように笑っている。プレゼントだプレゼント。プレゼントは何だっただろう。ええと、そうだ。
 カリアラは抱きついてくるシラの腕を剥がして言った。
「うん、プレゼントだ。でもな、片方だけにしてくれ」
「え?」
「足と腕、どっちにするんだ? あのな、足がなくなると歩けないから、腕のほうがいいかもな。でもサフィが手は高いから怪我するなっていつも言うし、足の方でもいいかもしれない。どっちかの片方だけだぞ。二本はだめだ」
 シラはぽかんと口を開く。カリアラは不思議に思って自分を指さしてみた。
「おれの体。いらないのか?」
 シラの口が弱々しく閉じられた。
「大丈夫、痛くても今日だけは我慢するから。死なないから大丈夫だ。……どうした?」
「自分の中の汚れた部分があなたの純粋さに打ちひしがれているところです」
「大丈夫か? 痛いのか」
「心がちょっと」
 シラは疲れてしまったように、うつむいて顔を覆う。心配そうに覗き込むカリアラの顔を悔しげに見つめると、彼の頭を抱き寄せてくちびるをひと時重ねた。きょとんとする彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でさする。
「あーもういいわよこれで! はい大変おいしゅうございましたっ」
「そうなのか? これでいいのか?」
 カリアラは髪の毛をくしゃくしゃにされ、ぎゅうっと体を抱きしめられて、まったくわけが解らない。だがシラがそれでも嬉しそうに笑っているので、これでいいことにした。暖かい布団に名残惜しさを感じながらベッドを降りる。シラが文句を言いたげな顔をしているので、ペシフィロに貰った酒を出してみた。
「これもプレゼントだ。あんまり呑みすぎちゃだめだぞ」
 シラはとたんに現金な笑みを浮かべ、にこにこと酒を受け取った。カリアラはほっと安堵の息をつき、手を振って部屋を出る。シラもまた嬉しそうに手を振り返してくれた。


 廊下に出ると、またもや寒気が足をすくう。カリアラは急いで向かいにある自分の部屋に入ろうとした。だがドアの前に置かれたものに気がついて、手を止める。いつも食卓で見かけるトレイだ。その上には魚のスープが載っている。カリアラは慎重に中に運び込んだ。
 澄んだ色のスープの中に、小さく切られた魚と野菜が入っている。両手で持つとそれはほどよく温かかった。熱すぎず、冷たすぎない彼が一番好きな温度。ごくごくと飲み込むと、口の中で魚の身ととろけた野菜がほろほろと崩れていった。浮かんでいた薬味を噛めば、爽やかな香りがする。カリアラは嬉しそうに笑いながらとても美味しいスープを飲んだ。体が中から温まる。
 すっかり皿を空にしたところでトレイに置かれた紙に気付く。そこには見覚えのある筆跡で、『おつかれさま』と書かれていた。カリアラはさらに笑う。顔中を笑みにほころばせる。彼は身も心もほかほかにして、笑顔のまま布団に潜った。仕事の終わったサンタクロースは、そうしてゆっくり眠りについた。

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