番外編目次 / 本編目次


「お前らさあ、欲しいものとかどうしてんの?」
 唐突にピィスに訊かれ、サフィギシルは眉を寄せた。カリアラも、その隣のシラも同じくきょとんと見つめ返す。ピィスは足りない言葉を継ぎ足した。
「いや、普通の家だとお小遣いとかあるだろ? お父さんやお母さんからお金を貰って、それを貯めて好きなものを買ったりさ。この家の場合はそこんとこどうなのかなー、と思って。欲しいものがあった時、例えばどうする?」
「買う」
 サフィギシルは当たり前のように即答。カリアラとシラはちらりと彼を見て言った。
「そうですね、サフィさんに買ってもらいます」
「うん。おれもサフィに買ってもらう」
「……オレはお前たちの関係に時々疑問を覚えるよ」
 この三人家族の生活資金はサフィギシルが出している。それも、本人が労働で捻出したものではなく、すべてビジスの遺産からだ。元々の金銭感覚が鈍いために、彼はかなり雑に金を浪費している。
「じゃあお前はどうしてんだよ」
 そんな遺産生活者に不機嫌に尋ね返され、ピィスは小さくうなってみせた。
「親父からは小遣い貰ってるんだけどさ、たまーにお金が足りないときとか、それでも絶対に欲しいときはー……とびっきりかわいい格好して、くつろいでる側に寄って、手とかぎゅっと握って上目遣いで『おとうさん』とか言ったらイチコロだな」
「……ペシフさん……」
 サフィギシルはその光景を想像して切なく頭を抱え込んだ。
「いや男親はそうやってオトせって先生に教わったんだよ。今でも文通しながら技を少しずつね」
「どんな学校だよ」
 学校ではなく特殊な施設の話なのだが、ピィスはあえて説明しない。話題の先をシラに流す。
「シラはやらないの? 甘えて買ってもらったりとか」
「そうですね……確かにそれも良さそうですけど、高価なもので欲しいものもありませんし」
「アクセサリーとかさ、かわいい小物とか欲しくない? 化粧品とか服とか」
「そういうものよりも、むしろお酒が欲しいです」
 シラは誰もが見とれるような微笑みを浮かべて言う。もはやそれにも騙されなくなりつつあるサフィギシルが、軽く咎めるように言った。
「この家のアルコール消費量凄いぞ。笑えないぞ本当に」
「どうりで庭の片隅に空の酒瓶が山積みにされてると思った……」
 栄養を摂取するという目的があるものの、元人魚の飲酒量は人の域を越えている。
「俺だって全力でねだられたらつい買うかもしれないけどさ、その対象が酒じゃあな」
「サフィさん、次からは樽で買ってもいいですか?」
「駄目」
 言われたとおりの全力の甘えを見てしまわないように、サフィギシルは背を向けた。
「じゃあカリアラは? 欲しいものとかある?」
「あー。あのな、街でやってるピコピコポンポンしてるやつがほしいな。赤いのと青いのと緑のがひゅわーって出てきてぺひょーって入ってまたペコペコポコポコ回るやつ」
「なんだか全く解んないけどお前はホントかわいいなあ」
 ピィスは優しい笑みを浮かべながら遠い目で彼を見る。カリアラはあくまでも真顔のまま身ぶりを加えて「ひょわーとか言うんだ。出てきてぐるぐる回るんだ」と説明を続けているがなにやらさっぱり解らない。
「あれだろ。道端で売ってるへんなおもちゃ。買ってやれよお財布兄さん」
「財布呼ばわりするな。駄目だ、絶対に買わないからな」
「いいじゃん買ってやれよー。そんな高いもんでもないし」
「安くてもそれを買ったが最後、こいつは朝から晩まで一日中部屋の中でペコペコポコポコ繰り返して遊ぶんだよ。そのまま何日も何日もずっとだぞ? こいつ全然飽きないからな。こっちがイライラして壊したくなるぐらい延々と続けるんだ」
「まあ、脳みそ透明だからなあ。駄目だって。残念だな」
「そうか。あれは赤くて青くて緑で色がいっぱいあるから強いのにな。多分あの中には毒が入ってるんだ。毒があるやつは食われないから、敵が来たときに便利なんだけどな」
「そんな過剰な期待をされてもおもちゃの方が戸惑うよ」
 カリアラの観点では「派手なもの」はすなわち毒を持つ生き物らしい。
 呆れ顔のピィスに向かってサフィギシルが口を開いた。
「そういえば、ペシフさんの収入ってどのぐらい?」
「いきなり下世話なことを訊くなー」
「いや、だって忙しそうにしてるわりには、実質的にどんな職業なのかよく解らないし」
「そういえばちゃんとした職種名って知らないや。今のところは王様の教育係と、なんかお城の中の人事関係の手伝いとか、政治についても引っ張り出されて意見を求められたりとか、図書館で本の整理をしてたりとか、厨房で料理人といっしょにほのぼのと調理してたりとか……なんか、ええと。雑用?」
 ひとつひとつ指を折っていくたびに、ピィスの顔が引きつっていく。サフィギシルはどこか遠い目をして言った。
「ペシフさんって……」
「いや、魔術師が本職なんだろうけどさ。平和な限り派手な出番がないみたいだし。一応城の中の魔術関係は全部ひとりでやってて、あと侵入者が来たら引っ張り出されるし……なんつうか、ご意見番とか用心棒とかそういうのも兼ねてるみたい」
「そういうのを一括した職業ってなんなんだろうな」
「んー、なんだろうなー。帰ったら訊いてみるよ」
 ピィスは疑問を抱えたまま困ったように頭をかく。その後は、カリアラが欲しがっているおもちゃの予想図をそれぞれが描いて遊ぶなどして時間を潰した。

        ※ ※ ※

「親父ってさー、今ここに大金があったらなに買いたい?」
「どうしたんですか、突然」
 夕食後の勉強時間、ピィスは問題を解く手を止めて尋ねる。他の子どもと学習進度が違うため、ピィスは学校通いをしない。代わりに教師役をしているペシフィロは、唐突な質問に不思議そうな顔をした。
「いや、サフィのところがさー。わりとお金を無制限に使う生活してるから。親父がそういう立場になったら、まず何を欲しがるのかなって」
「そうですね……でも、今のままでも足りなくて困ることはありませんし。しいて言えばもっと休みが欲しいですね。そうしたらもっと畑に手をかけられますから。山の中の土地を買って、いつか小さな家を建ててのんびりと過ごしたいですね」
「じゃあ、お金があったら欲しいものってのはその土地とか山ってこと?」
「いえ、でも今のままでも小山ぐらいなら買えますし」
 温和な顔でさらりと言われてピィスは思わずペンを落とす。
「……買えるの? 山」
「ええ。今買っても手入れできないので買いませんが」
「そういえば魔術用品とか、特殊な石とか道具って本当はすごく高いんだよね? そういうのもしょっちゅう買ってるけど、家計に響いたりとかは……」
「大丈夫、ありませんよ。大抵のものは趣味ではなくて公用なので、国がお金を出してくれます」
 平然とした回答にピィスの顔はまたもや引きつる。あくまでも穏やかな態度のペシフィロに、おそるおそる訊いてみた。
「……親父さあ。お城で働いてるけど、正式な職名ってなんなの?」
 ペシフィロは少し悩む気配を見せたが、あっさりと問いに答える。
「職名は色々とあるんですが……そうですね。正式には“国家資産”ということになっています」
「こっ」
 ピィスは今度こそ本当に絶句して、父の顔をまじまじと見た。
「書類にもきちんと記されているんですよ。槍や剣や宝石の類と一緒に『変色者:数量一』とかなんとか。この家の生活費は全部“維持費”として国家予算から出してもらっていて……」
「物扱いじゃねーか! いいのかよそれで!」
 思わず身を乗り出すが、ペシフィロは大らかに笑って言う。
「慣れました」
 そこには何もかもを乗り越えてきた人間の、諦観と慣れがやわらかく同居していた。
「…………」
「さ、早く終わらせてしまいましょうか」
 命ある国家資産は進まない文章題の先をうながす。ピィスは血の繋がった父親の人生やら扱われ方に遠く思いをはせながら、なんだかとても疲れた気分で取り落としたペンを握った。


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