十二月二十四日の夜は、俺にとっては恋人同士の聖夜ではなく、ましてやクリスチャンではないのだから静粛な夜でもない。俺にとってクリスマスイヴの夜というのは、ひたすらに眠い一夜だった。 ある年のクリスマス、俺たちはそれぞれ毛布に包まりながら遠い夜空を眺めていた。ふと、隣を確認すると、あきらは首を落としている。むかついて頭を叩くと、ひゅっと気持ち良さそうな息を呑んだ。 「……今寝てただろ、お前」 「ね、寝てないのだ。起きてたのだ」 「嘘だ。ったく、まだ一時だぞ? ここで脱落してどうすんだ」 俺は毛布を巻きなおし、白い白い息を吐く。 「このままじゃ、サンタクロースが来てもわかんねーだろうが」 あきらはそうだと声を引きしめ、両手で自分の頬を叩いた。 信じられないことに、今時の小学生の中では、サンタクロースなどいない派が大多数になっているらしい。二学期の最終日に調査してみたところ、クラスの中でサンタクロースを信じているのは俺とあきらの二人だけ、という驚愕の結果となった。五年生にもなって、だの、本気でいると思ってたの、だのと嫌味ではなく真剣に驚かれてはこちらとしても不満である。俺はあきらと共に、今年こそは本物のサンタクロースを目撃すると宣言し、俺の部屋でサンタクロースの出現を待っているのである。明かりがあると起きていることがばれてしまうので、部屋の中はまっくらだ。ヒーターもないので、俺たちは毛布とカイロと湯たんぽでなんとか冷えを凌いでいる。 しかし、嘆かわしい現実である。サンタクロースは一生懸命飛び回っているというのに、子どもたちのほとんどがそれを信じていないとは。俺たちはそんなサンタの名誉のために、必ずやこの目で確認すると誓ったのだ。俺は冷えていく足をこすりながら、冷たい窓の奥を見つめた。もう、この時間では明かりのついた家も少ない。だが月が鮮やかなので、人影ぐらいは見えるだろう。俺は遠くに見える集合団地や、向かいの家の並びを捜した。サンタクロースは、まだ、来ない。 「けーいち……」 あきらが俺の毛布を引いた。 「なんだよ」 「サンタさんは、本当にいるのか?」 何を言うかと思えばそんなことか。心配そうなあきらに向かって、俺は堂々と言い放つ。 「いるに決まってるだろ。何だよ今さら」 「でも、圭一のうちには来たことがないのだ」 痛いところを突いてくれる。そうだ。たしかに俺の家にはサンタクロースなど来たことがない。それどころか親からも、まともなクリスマスプレゼントなどはもらったことがないのだった。せいぜい、菓子類の詰められたクリスマスブーツがいいとこだ。そんな俺とは違い、毎年プレゼントをもらっているあきらは不安に呟いた。 「我の家のサンタクロースも、本当は、お父さんかもしれないのだ……」 「いや、それはそうだろ」 言い切ると、あきらはええっと俺から離れる。 「な、なんでなのだ!? 圭一もサンタはいるって言ってたじゃないか!」 「ああ。だがお前の家のプレゼントは、お前んちのお父さんが買ったものだ。だってそうだろ? お前んちはホームセキリュティーだかなんだかでばっちり防犯してあるし、番犬も飼ってる。そんな中プレゼントを置けるのは、お父さんぐらいのもんだ」 この金持ち一家には、通いのお手伝いさんまでいるのだ。だからこそ親からのプレゼントと、サンタからと嘘をついた贈り物の二種を買うお金もある。ついでに言えば、いつも遊んでくれてありがとう、と俺にもお菓子をくれるのだ。そんな豪勢な家庭でサンタクロースを迎えようとは甘いにもほどがある。あきらは見るからに落ち込んだ顔で膝を抱えた。 「……サンタじゃなかったのか……そっか……」 「あったりまえだろ。サンタってのは親のいる子の所には来ないもんなんだよ」 ぴょこん、とあきらの顔が上がる。俺は呆れた気分で続ける。 「そんなことも知らないのか。サンタクロースってのは、世界の恵まれない子どもたちに、食糧やお菓子を配る人のことなんだぞ?」 「え、え、じゃあ、おもちゃじゃないのか?」 「そう。いや、所によってはおもちゃだって配るかもな。でもそんな大層なものじゃないだろ。何しろボランティア団体みたいなもんだから」 ぼらんてぃあ……と狐につままれたようなあきらにため息をつく。こんなにも無知だったとは、同じサンタクロースを知る同志として恥ずかしい。 「お前、まさか本当にソリに乗ってやってくるとでも思ってたのか?」 「違うのか!?」 「ばーか。空飛ぶソリなんてあるわけないだろ。あれは伝説。実際のソリは雪国でしか使わないんだ。このへんじゃ雪なんてほとんどないから、歩いたり、バイクとか車で配るんだよ」 「ええっ。じゃあ、じゃあ、エントツから来るっていうのは」 「あれも嘘。エントツなんてどこにもないだろ。サンタは窓をこじ開けるんだ」 「それじゃ泥棒なのだ!」 「泥棒じゃないよ。サンタクロース」 まったく、飲み込みの悪いやつだ。さすが元魔獣だけはある。 「まあ、そもそも窓のある家にはあまり来ないのかもしれないな。サンタクロースはな、食糧も水もなくて困ってる子どものところにやってくるんだ。恵まれない子どもに愛の手を、ってよく募金してるだろ? あれがサンタクロースの活動費用だ」 「ええ! じゃああの駅の所の人たちはサンタクロースだったのか!?」 「どうだろうな。手伝ってるだけかもしれないし。とにかくサンタ関係の団体に間違いないだろ」 だって恵まれない子どもたちのためにお金を集めているんだから。常識だと思っていたのに、もしかして知らない奴は多いのだろうか。 「なんだっけ、NGO? そういう人たちがサンタクロースをやってるんだ。あとは日本だと、そうだな……自衛隊か? うん、自衛隊の人たちもあちこちを回ってるんだ。ああいう人たちはソルジャーだからな。鍵なんて簡単にこじあける」 「自衛隊すごい!」 「そう。無線機とか使うんだぞ。はいこちらサンタA1-205です。とか言っちゃうんだ」 「か、かっこいい……」 あきらは新たなヒーローを見つけてきらきらと目を輝かせている。俺もまた同じようにわくわくと頬を緩めた。 「かっこいいよな、サンタ。今年こそは絶対に目撃するぞ」 「うん、絶対見るのだ! それまでは寝ないのだ!」 時刻は深夜一時半。俺たちはくだらない話をしながら、どのぐらい粘っただろうか。だがいつの間にか眠っていたようだった。体は絨毯と仲良くしていて、重ったるくて動けない。背中の方からあきらの寝息が聞こえてくる。俺は、ああだめだ、起きなくちゃ。と目を開けようとしたが眠くて眠くて眠くて眠くて。とうとう目を閉じてしまったとき、ドアが開く音を聞いたような気がした。 「圭一、圭一、起きるのだ!」 目覚めると、部屋はもうすっかりと明るくなってしまっていた。眩しい昼間の景色の中、あきらが興奮して床を叩いている。俺はうんざりと目をあけて、そのまま弾けんばかりに丸くした。 眠っていたすぐそばに、赤い包みが置いてある。あきらはもう開封してしまったようだ。お菓子の詰まった小さな箱が手の中で踊っている。浮かれた調子で揺らすたびに、中のチョコレートがひょんひょん飛んだ。 「サンタさんが来たのだ! やっぱりちゃんといたのだ!」 「サンタクロースが……?」 本当なのだろうか。もしかしたらうちの親が持ってきただけかもしれない。このお菓子の箱だって、近所のスーパーで売っていてもおかしくないし……。だが、だが、だが。 「やっぱりいた……!」 俺はプレゼントを抱きしめた。細かいことはどうでもいい。サンタクロースはやはりいたのだ! 「そうだ! 自衛隊が来てくれたのだ!」 「ああ! よし、みんなに言う……いや、黙っておこう。どうせあいつら信じねーし、俺たちだけの秘密にしよう」 「うん! 我と圭一だけの秘密なのだ!」 あきらはプレゼントを手ににこにこと笑っている。俺もまた包みを抱いてにこにこと笑っている。俺たちは来年こそはサンタに逢おうと約束をした。そうして、次の年も、その次の年も夜更けまで過ごすことになる。中学生になっても。高校生になった、今でも。 「……けーいちー、眠いのだ」 「お前、毎ッ年同じこと言ってるな。学習能力がないのか」 「だって眠いものは眠いのだ!」 あきらはやけのように腕を振る。その攻撃を避けながら、俺はふふんと笑みを見せた。 「俺なんて、今日のために昼寝までしたからな。今年も俺の勝ちだ」 「ま、負けないのだ! 今年こそは我が勝つのだ!」 『そうですよ盟主様! ご安心ください、眠たくなったらわたくしめがその鼻に噛み付いて赤鼻にして差し上げます』 「それは嫌なのだ、痛いのだ!」 『何をおっしゃりますかこのレトロ幼児。どんな手段を使っても勝つのがあなたの定め。勝ちなさい! そして鼻を差し出しなさい!』 ルパートはこたつに入りながら今日も元気に騒いでいる。俺たちのクリスマスイヴは、いつしかどこまで起きていられるかの徹夜勝負となっていた。同じことを年越しでもやるのだが、俺はこれまで一度もこいつに負けたことがない。今年も余裕で勝てると思っていたが……ルパートまでやってくるとは。これでは勝敗の行方はわからない。わからないが、だからこそ面白い。 「よーし、あと五時間。今年こそは乗りきるぞ」 「そうだ! 今日こそお前を眠らせてやる!」 あきらがフンと目をこじあけて、俺たちの戦いは佳境へと進んでいく。十二月二十四日は俺たちにとって聖夜でもなくキリストの生誕日でもなく、ひたすらに眠い夜。俺たちはくだらない遊びを繰り返しながら、サンタクロースが来るのを待った。もう真実を知りながらも、ひたすらに夜を明かした。 俺と魔王の四十七戦 |