大王は物語る
大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや



 試験にレポート提出課題。春の兆しもバレンタインもなんのその、私たち姉妹の通う大学では宿題の季節である。そんなわけで私も靖子も机の上に図書館の本を山積みにして、今日も今日とて紙の山に埋もれる生活。机の上を白く染めるノートにプリント、コピーしてきた資料のかたまり。
 大王がそれを見逃すはずがない。
「フィリップ四世(美男王) シヤンパー=ユ・ブリー、ナヴァルに領土拡大。聖職者への課税を企てボニファティウス八世と対立」
 はらりと落ちた紙を取り、机の端に手を伸ばし、片っ端から咀嚼して読みやがる。
「ああああ私のヨーロッパ文明論があああ!」
「ヤッコちゃんお気の毒う」
 目前の試験に使う大事なノートは既に宇宙の神秘の藻屑。靖子は一気に青ざめて、切れ端だけでも取り返そうと手を伸ばしたが、小さなそれも銀色の体の中にあっけなく呑み込まれる。これこそが我が家に住まう宇宙人、地球在歴三年半の恐怖の大王の特徴だった。
 その銀色の体は手のひらサイズの円筒形で、飲み口のない空き缶によく似ている。それだけならまだ可愛らしいだけで済むのだが、問題は横一文字に切り取ったような大きな口をぱかりと開けて、もうとにかく紙を食べては片っ端からその内容をつらつら音読することだ。無害なようでさりげなく有害な行動。特にこんなせっぱつまった試験前には何よりも恐怖の対象。
 ところで美男王ってなんですか。
「定朝様式。人間臭、官能臭がなくなる。超越的世界。日本独自。国風」
「わー! 私の美術史ー!!」
 唐突に変わった音読の対象に、私は思わずシャーペンを放り出して振り返る。案の定ベッドの上にちょこんと座る大王のお膝元に、しまい忘れた授業ノートが無残な形で散らばっていた。
「あーあーあーあー! それまだ試験あるやつなのにー!」
 だが私の嘆きに反応一つあらわさず、大王はただ淡々と定朝の国風文化を語り始める。
「ややうつろ←ぼーっとしてる。眠そう。/柔和でおだやかな顔つき←ぼんやりさん。/ふっくらとした体つき←小太り。手首とか赤ちゃんぽい」
「……そういう身もフタもないノートの書き方やめようよ。もうハタチなんだから」
 背を向けたままノートをしまう妹にツッコミを入れられた。大王はそれにも構わず更に続ける。
「十一面観音像←顔多すぎ。こわい」
「何言ってんの。友達なんか西洋美術史で、人名に矢印して『こいつらホモ』とか『要するにロリ』とか『デブ専』とか堂々と書いてたよ。ものすごくシンプルな文字でいかにもぼそりと呟くように」
「うわあそれ見たいかも」
 精神的な疲労のままに、レポート作業を中断して喋っていても大王はひたすら続ける。
「九品来迎図←貧乏人にはショボイおむかえ」
「あとその子のスーファミのリセットボタンには『自爆スイッチ』って書いてあった」
「芸人か」
 そんな呑気な会話中にも大王は喋る喋るひたすら喋る。
「社会的な不安や生活の苦しさからこの世に望みを失う→あの世にあこがれる(現実逃避の文化)」
「……なんか楽しそうなんだけど美術史。来年取ろうかな、先生どんな人」
「小泉総理とキダタローを足しっぱなしにしたような人です」
「顔じゃなくて」
「厭離穢土(えんりえど)・欣ボ浄土……この世を捨ててあの世に憧れること」
 現実逃避に会話がどんどんボケ方面に走りながらも、私たちの修羅場期間はまだまだ長く続くのだった。

※ ※ ※

 そんな風にさまざまな締め切りが連続したものだから、言うまでもなく精神的にも肉体的にも厳しい疲労が訪れる。
 だからそれを見たときは、靖子はとうとう壊れたのかと思ってしまった。
「……ヤッコちゃんご乱心?」
「なーにがー」
 十代にも関わらず、妹の目の下には青黒いくまが二つ。寝不足による血走った目で睨みながらも靖子は手を止めなかった。
 漫画や文庫のページを破り、片っ端から大王に食べさせているのは何のためだい妹よ。
 そんな私のもっともな疑問を察してか、靖子は一枚の紙を掲げて見せた。提出課題の要項だ。ワープロの字で記されるのは、提出日と枚数と書き連ねる紙の形式。そして何より重要な、綴るべきその内容。
「……創作童話」
 音読は大王のものとは違い、非常に間抜けな声になった。
「四百字詰め原稿用紙五枚以上で上限なし、オリジナル童話を明日までに一本です」
「地獄か」
 妹は作文の類が何よりも苦手である。
「地獄さ。地獄だともああもうイヤー! なんでこんなの取っちゃったんだろ過去の私ー!」
「読書感想文なのに小説の本文をそのまま書き写して怒られた人が取る授業じゃないよね」
 私はしみじみと小学生時の思い出を口にする。靖子はそういう人だった。
「だって児童文学について学ぶ授業だって書いてたのにー。なのにどうして実践するかー」
 靖子は机に突っ伏して、今にも泣きそうな声で言う。時刻は既に夜の十時。提出が何時までかは知らないが、とにもかくにも明日までに書ききらなくてはいけないのだ。私は呆れた口調で言う。
「でも取っちゃったものはしょうがないしね」
「そう、しょうがないのよ。だから書いてんだけどもう全然進まないし」
 そう言うと、靖子は書きかけらしい原稿を見せてくれた。小さめの四百字詰め原稿用紙が一枚きり。並ぶ文字も半分しか埋まっていない。
 枠外に記されたそのタイトルは……。

  『MATAGI―マタギ―』

「オイ」
 思わず言うと靖子は即座に目をそらす。
「とりあえず読んでみませんかお姉さま」
 そういうことは目を見て言って欲しいものだが、とりあえず読み進めることにした。

  昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
  おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川に洗濯に行きました。
  すると、川のうえからどんぶらこ、どんぶらこと

    くまのしたいがながれてきました。

「怖!!」
 該当箇所を指さしてツッコむと、靖子は目をうつろに彷徨わせる。
「だから書いてあるじゃんマタギって」
「ま、マタギって。ええー?」
 とりあえず続きを読むことにする。

  おばあさんがくまのしたいを引き上げると、その腹の中から男のあかんぼうがでてきました。ちまみれの手には猟銃をもっています。
 「まあなんてかわいらしいことでしょう。」
  おばあさんはそのこどもを家につれて帰り、マタギの五郎と名付けました。

 ……話はそこで終わっている。私は無言で靖子を見つめた。彼女は遠い目をして言う。
「童話って難しいよね」
「ていうか童話じゃないし。猟奇だし。パクリだし」
「私は日本の文化を後の世代に伝えたいの」
「コドモ泣くよ。ていうかこの後どうなんの」
 原稿を返しながら言うと、靖子はどこか熱心に語り始めた。
「マタギの五郎は実は宇宙から来た刺客で、日本中のクマを殺戮することが目的なのね。でもおじいさんがテディベアマニアで家中はクマだらけ。そのベアたちの愛らしさに、五郎はだんだん自分の仕事に疑問を持ちはじめて。で、上司を倒しに行くの。クマ連れて」
「ゴメン微妙に面白そうだけどそれ童話じゃない」
「うん。ていうか書くのめんどくさいから」
 それはそうだろう。時間もないし、そもそもそんなものが創作童話として認められるとは思えない。
「どーすんのー。一から書き直し?」
 というほどの量でもないのだが、とりあえず聞いてみると靖子の目がにやりと歪んだ。
「そこで大王の出番ですよ」
「はい?」
 靖子はびしりと大王を指さした。
「大王にいらない本を片っ端から食べさせたの。他にも新聞とか、あと書く予定だったけど没になったネタ帖もね。それで大王様の素晴らしい消化能力で全部ミックスしてもらい、丸々一本物語を完成させてしまおうと」
 ヤッコちゃん目が据わってますよ。
「いや、えー……無理なんじゃないでしょうか」
「いやできる! 大王、あんたならできる! ていうかやれ私のために。大事な資料を散々食べた罪滅ぼしに私を救ってええええ〜! この授業二単位なのおおお!」
 必死だ。
「大王ー、できるのー?」
 だが問いかけてみても大王は何も言わない。ただ紙の散らばる机の上にぽつんと座り、切れ端なんぞをひたすら咀嚼し続けるだけ。小さな点目はいつもと同じく何ひとつ語らない。
「できぬなら、やらせてみよう宇宙人てね」
 靖子はひょいと大王を掴み上げる。乾いた薄いくちびるが壊れた笑みを形取った。手のひらを大王の天地に置いて、高く高く上へと掲げる。
 そしてそのまま思いきりシェイクした。
「だっ」
 靖子はまるでバーテンのように大王を勢いよく上下に振る。シャカシャカという音の代わりに響くのは空腹のそれと同じようなカタカタという耳慣れた音。カタカタカタカタカタカタカタカタカタ…………。
「ちょっ、大王ー!」
 大王は振られている。思う存分振られている。小さな点目が残像により線へと変わる。
「鬼やー! あんた鬼やー!」
 関西弁で叫んでみても靖子は動かす手を止めず、靖子的に満足と言えるまで大王は振られ続けた。机の上に戻されるが大王は立っていられない。ふらふらと無表情のまま千鳥足でさまようと、コトリとへたりこんでしまった。か、かわいそうなんですけど……。
「よおうし、これで失敗してもそれなりに気が済んだー」
 仕返しかい。
「鬼だ……鬼がいるよオカアサン……」
「さて大王、なんかお話作ってちょーだーい」
 靖子はポンと大王の平たい頭を指で小突く。すると、まるでそれがきっかけになったかのように、大王の口がほんの少し開かれた。いやに渋い、ナレーションのような声で言う。
『これは、とある宇宙船で繰り広げられた、ある戦いの記録である……』
 おお、と思わず二人の声が揃った。それっぽいそれっぽい。童話じゃないけどそれっぽい。大王はそこまで喋って言葉を止めてしまったので、靖子はまたポンと平たい頭を叩く。どうやらそれが奴なりの語り部スイッチのようだった。大王はまた口を開く。
 渋い声は唐突に甲高く変化した。
「ドカーン、バタバタバタバタ……あっ、ごっめーん今ちょっと取り込んでるの。片付くまで待っててね。ガガガガガ、ワーワーワー…………。ふー、やれやれおまちどうさま。あっ、ごめんね自己紹介が遅れちゃった。あたし上杉謙信十七歳! 戦国武将!!」
「待て!!」
 ツッコミは異口同音となった。
「違うだろそれ絶対!!」
「そうだよそれ童話じゃないよ!」
 そこじゃねえ。
 ていうか読ませたんだね、一昔前の少女小説。持ってたんだねそんな本。大王はしばし無表情で私たちを見ていたが、ふと思い出したように口を開いて言い直した。
「あたし上杉謙信十七歳! ぴっちぴちの戦国武将っ! なーんちゃって、アハハ」
 バカ度が上がった。
「ていうかだめだって。その手法は使うなって小説技法の本でも言われてるぐらいなのに」
「そうだよ、もっとさあ……こう、オリジナリティーあふれるやつを」
 お前が言うな。そう言いたいがあえて流すことにした。靖子はポンと大王の頭を小突く。
「はい、やり直しー」
 大王は、その小さな点目を悩むように空中に向けていたが、しばらくしてゆっくりと語り始めた。


   これは、とある宇宙船で繰り広げられた、ある戦いの記録である。
   遥かな宇宙(そら)を物言わず進む巨大戦艦《エン・リエード号》。
   その艦長、小泉・タローはややうつろな表情でぼんやりさんになっていた。
  「時が来たか……」
   呟きはクルーの顔を引き締める。傍らに仕えるフィリップ(美男王)が尋ねた。
  「総力戦ですか」
  「いいや、まだだ。だが今回の任務はあまりにも危険すぎる……あれを使おう」
  「ま、まさかッ! 我が宇宙水軍の秘密部隊、AAA(スリーエース)を使うのですか!?」
  「そのまさかだよ」
   タローは口の端を柔和に上げて、超越的な笑みを見せた。
   秘密部隊、AAA(スリーエース)。それはその存在のみ伝えられていた幻のチーム……。
   今、その全貌が明らかになろうとしている。
   クルーの動揺を煽るように、扉のベルが鳴らされた。
  「入りたまえ」
   タローが答える。自動ドアが静かに開き、三人の男が現れた。
   中央に立つ男は敬礼をして名乗る。
  「AAAリーダー田中邦衛、入ります!」

「待て――!!」
 ツッコミは異口同音となる。だが大王は構わず続ける。

  「永六輔入ります!」
  「田中角栄入ります!」

「入るなー!!」
「大御所! 大御所すぎ!!」
 ていうか死人が混じってる。ありえないドリームチームになっている。
 しかし、それでもさっきのリテイクが嫌だったのか、大王は物語りをやめなかった。

  「頼んだぞ、AAA」
   握手をしてタローは笑う。邦衛はもう一度敬礼すると、後の二人に声をかけた。
  「ハッ。ほた、純、行くぞ!」

 どっちがほたるだ。

  「スケさんとカクさんでもいいな」
  「あら、艦長ったら」
   小粋なジョークに上杉謙信も笑った。

「謙信まだいた!」
「さりげなく続いてた!」

  AAAは戦闘の準備を整えると小型機に乗り込んだ。
  勝機はある。いや、勝たなければならないのだ。
  絶対に行く手を阻む敵を倒さなくてはいけない。
  皆の期待が背にかかる。角栄は意気を奮うように叫んだ。
 「目指せ、極楽浄土っっ!!」

 死ぬのか。

  だが宇宙空間に飛び出した途端、巨大な影が現れる。
  六輔は憎々しげに呟いた。
 「出やがったな、裏切りものめ……」
  無数の子機を引き連れて、敵はいやらしい笑みを見せる。
  彼の名はマタギの五郎。かつての同僚であり、六輔の親友でもあった男だ。

「活用されてる!?」
「有効だった!」

  五郎を取り巻く数百機のテディ・ベア。
  AAAは息を呑んだ。――多すぎる。
  だがその時、AAA各機に通信が入った。五郎からだ。
 『もうやめにしないか、エン・リエードの諸君』
 「なんだと……!」
 『私は戦いにきたのではない。休戦を申し入れに来たのだ』
  がさりと紙の開かれる音がした。
 『ここに、父から預かった手紙がある。平和を願う善き文だ。読み上げよう』
  しばしの沈黙。通信は母艦にも伝わっている。誰もがじっと続きを待った。
  やがて手紙はおもむろに読み上げられる。
 『休戦嘆願書 《テディベアマスター・ピロリン》
  やっぴーv ピロリンだゆんゆんvv』

 待て。

 『更新遅れてゴメンナサイ! 最近仕事が忙しくって・・・』

「あああ!?」
 靖子がいきなり声を上げた。慌ててあちこち部屋中の紙類を探り始める。
「なに。ていうかなんなのこのネットくさい文章は」
「いや、なんていうか……とあるHPの日記で。友達に印刷してもらったやつで……うわあ食べられてる。予備プリント分しか残ってないー」
 何故か言葉を濁し濁し語る靖子。その間にもピロリンの怪文書は延々と続いている。
 靖子は複雑そうに眉をしかめ、見つけだした“予備プリント”分とやらの一枚を差し出した。A4のコピー用紙に並ぶのは『ピロリンのツレヅレなヒビ』というタイトルの、どことなくはっちゃけた文章。大王が現在つらつらと読み上げているのと同じものだ。

 『モウ大変!焼肉で牛肉三昧なーんちゃって(サブッ)』

「地味に寒いよピロリン」
「私たちモウ凍えちゃうよピロリン」
 どこの誰だか知らないがよほどの人物と見たぞピロリン。自分用のパソコンがないので私はインターネットはあまりやらない。なので解らないがこんな人はたくさんいるのだろうかピロリン。
 私は手元にある予備プリント分を見た。大王が読み上げる少し先を目線で追う。『でもでも最近ガンバッテお仕事に励んでるから、更新はもっと遅れちゃうカモ・・・・・うわーんゴメンナサーイ』と来て、その後に続くのは……。
「あれ、これ顔文字どうすんの」
 私は思わず靖子に聞いた。もう少しで大王の音読は顔文字の「(^◇^;」に差し掛かる。これはどうやって読むのだろう。そのまま一つずつ「カッコチョンダイヤチョンセミコロン」とかになるのだろうか。
「さー、どうなんだろう」
 言葉だけは流す形になっているが、靖子の目は輝いていた。面白いものを見つけた時の表情だ。多分私も同じようになっていたに違いない。私たちは素朴な疑問を胸に抱え、解決を求めて大王の語りを待った。さあ、顔文字をどうやって読み上げるのか?

  『でもでも最近ガンバッテお仕事に励んでるから、
   更新はもっと遅れちゃうカモ・・・・・うわーんゴメンナサーイ…………』

 ガリ、と奇妙な音がした。顔文字という難題を目前として、大王の語りが止まる。それだけではなく動き全てが凍りついた。動かない大王はカタカタと音を立て始める。カタカタカタカタカタカタカタカタ…………聞きなれた音が唐突に止んだ瞬間。


 大王の顔が「(^◇^;」になった。


「ふぎゃあ!」
「わぐう!?」
 顔が。銀色の大王の顔に「(^◇^;」が出てきた。表面に印字をそのまま映したように。目の形をぐにゃりと変えて。それはすぐにふつりと消えて、またいつも通りの小さな点目二つに戻る。大王は何事もなかったかのように話を続ける。ちょっと待って続けないでみんなで検証したいんだけど。
「何。今の何」
「か、顔文字になってたよね今。見間違いじゃないよね絶対」
 私はこくこく頷きながら、素早く手元の予備プリントに目を走らせた。ある。顔文字が沢山ある。大王の音読がそれに追いつく。くるくると顔も変わっていく。

 大王の顔が(⌒▽⌒)になった。

 そのまま続けて ( ̄ω ̄;)!! になった。

 結果的には(@^0^@) にもなった。

「…………」
「…………」
 新境地。そんな言葉が脳裏をよぎる。そうか大王アンタにはそんな機能が。そんな不思議な能力があったのか。
「宇宙って不思議だねー……」
「田中角栄が生きてるぐらいだしね……」
 遠い目をして喋り続ける大王を見る。不思議だ。もう検証する気にもなれない。
 だが何気なく読み進めた予備プリントに気になるものを見つけてしまった。文章の最後に記された長い顔文字。

 『ビィーーーーーーーーム!!Σ≡Σ≡Σ≡Σ≡L(`o´L)』

 とてつもなく嫌な予感がした。
 大王の音読がそこに近づく。私は思わず靖子を引いて壁まで後じさっていた。ま、まさかまさかまさか。そう思いながらも大王の語りはつらつらと近づいていく。
 そして大王の顔が L(`o´L) に変わった瞬間。

 大きな口がかぱりと開き、閃光のような白いビームが放たれた。

※ ※ ※

「…………」
「…………」
 白い壁がものの見事に焦げている。壁紙がじゅうじゅうと嫌な音を立てて溶けている。私たちは動けない。腰を抜かして動けない。
 大王はぺたりと机に座り込んでいた。いつも通りの無表情。点目が二つ並んだだけの何も語りはしない顔。ビームを放ったばかりの口で、何事もなかったかのように言う。
「オ シ マイ」
「…………」
「…………」
 終わっちゃったよ。
 ビームの被害は壁を少し焼いただけで、延焼もなく安全に終わったと言えるのだが。
 そういう問題じゃないと思うのは私だけなのだろうか。
「……加奈子さん。私はあなたに言わなければいけないことがあります」
「何かしこまって」
 同じ姿勢で並んでへたりこんだまま、靖子はうつろな声で言う。焼けた壁を見つめたまま促すと、我が妹はぼそりと呟くように言った。
「ピロリンの正体はうちのお父さんです」
「痛ッ!!」
 もう全然関係ないけど重大な事実を知らされて、私はただ壁を見つめながら腕を抱いた。

※ ※ ※

 次の日から父を見る目がずいぶんと変わったり、大王が食べすぎで部屋中を転がり始めたり、その銀色の頭にマジックで『自爆スイッチ』と落書きをして母に怪訝な顔をされたり、靖子が徹夜で仕上げた「テディベア大好きサラリーマンピロリンの冒険」はそこそこにいい点をもらえたりしたのだが、それはまた、別の話。




大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや

大王は物語る
作者:古戸マチコ
掲載:へいじつや
製作:2003年2月