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暑い夏、日焼けの夏。私は直射日光ふりしきる外に出る気力がなくて、クーラーの冷気に満ちたリビングでだらだら中。ソファに寝転びながら通販番組を横目で眺め、つまらないので思わずあくびなんかして、疲れた目を閉じとろとろと開いてみると。 「エサ」 大王がいた。三年前から我が家に住まう、空き缶似の地球外生命体。ひたすらに紙を食べてはその内容を音読する迷惑な恐怖の大王。この物体のどこらへんが恐怖の大王なのかというと、お腹が空くと脅しをする。ただその脅迫法があまりにワンパターンなので、私たちはもう全然気にならなくなっていた。 大王はカタカタと音を鳴らして空腹の合図を送る。だが、今は暑くて面倒なので無視してしまうことにした。私だってお昼ごはんまだなのに。家族全員留守中で、自力で何か調達しなくちゃいけないのにさ。というわけでカタカタしてても脅してても無視無視無視。 「昼寝中、お前の頬に『シミ爆弾在中』と書いてやる……」 思わず窓から差す日光を見てしまったけど、気にしてないふりをする。 「夕方、お前のわきに『芽が出ます』と書いてやる……」 なんかすごくいやな脅迫だけど聞こえなかったフリをする。 大王はしばし考えるような間を置いて、あらためて口を開いた。 「明け方、弱気なあなたに幸福の壷を売り込んでやる……」 新ネタだけど無視してみる。 「分け方、七三のきわにリアップをぬってやる……」 親切な申し出だけどいらないので無視してみる。 「サバンナ、トコロビッチプロンプト……」 もうわけがわからないけど無視してみる。 「…………」 大王のカタカタ音がぴたりとやんだ。私は思わず横目で奴を見てしまう。 大王は、細く口を開いて言った。 「エサ……」 異様なまでに哀愁を感じる声だった。私は思わず生暖かい眼差しをやる。 「うん……ごめんね、今なんかあげるからね……」 そしていらない紙を探すため、だるい体を起こすのだった。 ※ ※ ※
「どうしてこんなに安いの!? その秘密は簡易包装!」 手のひらサイズの宇宙人が、チラシの言葉をつらつら喋る午後一時。私は起き上がったついでに昼ごはんを探しましょう、と台所に向かうところ。 「更にコネあり入荷ルートの確保、部品の厳選、手作り品質、社員の給料も激安!」 この店そろそろ潰れそうだなあと思いながら歩いていると、玄関に人の気配。 「倒産覚悟の大セール!」 「ただいまー」 妹の靖子が帰ってきた。暑そうに部屋に駆け込み、クーラーの恩寵を得る。 「これで駄目なら私たちは首をつるしかありません!!」 「あ〜、涼しいいい。お腹すいた、なんかない?」 全身をだらりとソファになげだして、ふにゃふにゃの声で言う。 「おかえり。ごはん食べてないの?」 「わけありバーゲン実施中! わけは聞かないで下さいわけは聞かないで下さい」 「うん、食べ損ねた。お母さんは?」 「留守。冷蔵庫になんかあるかなーって今探そうとしてたところ。手伝え」 「えええええ〜」 靖子はとてもとても嫌そうな声を出す。だが私だって空腹でふらふらなのだ。朝食も取っていないし、ここは二人で苦労を分かちあいたいところ。 「ブランド品大放出! バッグ・婦人小物・化粧品などなど」 「文句を言う人にはご飯はあげられません。さ、立った立った」 靖子はしぶしぶ立ち上がり、私たちは二人で台所に入り込む。 とりあえずはここからでしょうと冷蔵庫の扉を開けて、私の動きはそこで止まった。 「安さに驚き大満足! プールもあるよ」 「プール?」 靖子による大王へのツッコミを無視し、私は彼女の腕を引く。靖子は何よと文句を言いつつ冷蔵庫の中を見て、私と同じく全ての動きを止めてしまった。 がらんとした空洞じみた冷蔵室の真ん中に、一袋のなめこだけが寂しげに寝そべっていた。靖子が呟く。 「……プール?」 現実から逃げたくなる気持ちはよく解った。 ※ ※ ※
「すごい。すごいショッキング。やばいぐらい印象的」 「写真撮ったろかこのなめこ」 あまりにも空腹なのとびっくりしたので一気に荒んだ一時五分。 どうしてどうして今日に限って冷蔵庫の大掃除をしているのかあの母は。 どうしてどうしてなめこだけが取り残されているのだろうかこの台所。 「私時々お母さんの計画性が解らなくなる」 「そんなもん最初からないんだよきっと」 残された娘二人は取り出したなめこを前に暗い面持ち。存分に喋り終わって満足した大王が、表情のつかめない小さな目でこちらを見つめる。何気なくまな板の上に乗せたが食べるわけにはいかないだろう。 仕方がない、とりあえず何か食べましょうと、鍋を出してなめこの袋を手に取った。 「みそ汁でも作ろうか」 諦めモードで呟きながら切り口に指をそえ、一気に開こうとした時。 「みそないし」 靖子の冷たい呟きに動揺して思いっきり変な向きに力を込めて開けてしまい、なめこの袋は勢いよく大破した。 「…………」 大王がなめこまみれになった。 「ご、ごめ」 異常なまでに高速なカタカタ音を鳴らすなめこまみれの恐怖の大王。 「ごごごめん! ごめんホントごめん大王!!」 何故かとても怖かったので謝るが、カタカタ音はますます早く、フル回転のエンジン音のようになる。もうカタカタではなくタタタタタから空気の唸るような音になり、大王の体自体が小刻みに震え始め、足元のまな板から調理台まで余波を受けてぴりぴり震動し始めて、私たちは思わず身を寄せあって数歩下がる。だが狭い台所では逃げ切れず目も大王から離せない。機械のように震える奴から目を離せない。 大王がこちらに一歩を踏み出した。震動の足とまな板が擦れ合い、耳障りな音がする。白いプラスチックが薄く削れ、煙のようにサッと舞った。踏みしめた足場に削れの跡。 「だ、だだだ」 すごい怖いすごい怖いすごい怖い。ごめんなさい脅迫よりも数百倍怖いよ大王。すごいよすごいよ今までで一番恐怖の大王らしいよと、早口でまくし上げたい気分になるが、おそろしすぎて言葉にならない。うわああ怖い、怖いよ大王。あんた今すごく怖いよ。 なめこまみれだけど。 平べったい頭の上から震動を受け、つるりつるりとなめこが落ちる。大王の銀色の体を伝い、しずくのように垂れ落ちる。ああ、大王あんた今すごく怖いけど、同時に異常なぐらいぬめぬめしてるよ。てらてらと輝いてるよなめこ汁で。 そんな銀色を最大限に光らせた大王が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。表面を削り足跡をつけては煙を立てて、まな板の上を歩いてきた恐怖の大王。そのまな板ロードも終わりを向かえ、奴はとうとうステンレスの調理台に足を下ろした。 滑った。 大王はなめこ汁で足を滑らせ思い切り転倒し、頭を打ちつけ横になり、更にそのままつるりつるりと台の上を滑っていく。なめこ汁とステンレスと宇宙人の体の摩擦はどうやらゼロに近いらしい。なんかもう滑って滑って滑って滑って、とうとう端に辿り着く。 「落ちる!」 思わずそう叫んだ瞬間。 大王は、空中でくるくる舞った。 「トリプルアクセル!!」 靖子が叫んだ。 「えっ」 なんであんたこぶし作ってガッツポーズ決めてるの。 大王はブーメランのような恐ろしい制御力で調理台に舞い戻り、しっかり足から着地する。しかし滑りはまだ終わらずにくるくる回転したままだ。それはもうフィギュアスケートの選手のごとく華麗な調子で回っている。というかもう踊っている。明らかに手の振りが加わっている。 滑りながら、大王は芸術的に踊っていた。 手の振りだけが盆踊りに酷似していた。靖子がすごい興奮して誉め言葉を浴びせている。大王はそれに乗せられるように、ますます華麗に踊っていく。大王は細い手を回転に任せるままに、後ろ向きにくるりと跳んだ。 「バック・トゥザミラクルスピン!」 靖子が叫んだ。 「えっ」 なんであんた嬉しそうにバチンと指鳴らしたの。 「知らないの、伝説の技だよ! オリンピックでロシア代表が使ってたじゃん!!」 「嘘オ!」 思わず叫ぶと靖子はあっさり言いのけた。 「うん。嘘」 待て。 「どうりで嘘くさい声色だと思った……」 「嘘でもつかなきゃやってらんないよこんな状況」 靖子は今までとうって変わったぞんざいな声で言う。誉めまくっていた興奮感はどこへやら、雰囲気が極端に荒んでいた。 ああもう、なんなんだこの人材。そう思いつつため息をつこうとしたその時。 大王の滑りがぴたりと止まった。 「…………」 こちらに背を向けたままただ無言で立っている。くるりと回転するように、奴の顔が体ごとゆっくりとこちらを向いた。 大王は哀愁に満ちた声で言う。 「ウ ソ?」 ものすごく哀しい空気が漂った。 それから一週間、靖子はバリエーションの増えた大王の脅迫を延々聞かされることになるのだが、まあそれは別のお話。 大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや |