ファーストコンタクト
大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや



 唐突な話だけど、お隣の島袋さんは宇宙人だ。
 何故それが分かったのかというと、初めて顔をあわせて自己紹介をした時に、僕が
「沖縄の方ですか?」
 と聞いたのに、島袋さんはなにか聞き間違いをしたらしく、随分と驚いて
「えっ、いえ! あんな凶暴な星ではなくっ、私は善良なハナサ星からッッ」
 とうっかり口走ってしまったのだ。そしてその場には犬の散歩をする人だとか、街角で雑談に興じる歳のいった奥様方がいたものだから、今では皆、島袋さんの正体を知っている。
 しかしまぁ、現代人も社交的になったものだ。遠い星から遭難して辿り着いた宇宙人に、毎晩交代で晩御飯を差し入れてくれるとは。
 まあ僕もその一員として、カップラーメンだのお持ち帰りの牛丼だのをプレゼントしていたり。ただ、牛丼は吉野家のだとダメなようで、何故か牛丼太郎が大好きなのは頂けない。まぁそれは個人の自由といったところ。

 そんな島袋さんが、ある日を境に一切外に出なくなった。安アパートなものだから、隣の音はよく響く。明らかに何かの工具を使い、明らかに何かを作っている島袋さん。
「もしかしなくても、宇宙に帰るために宇宙船を修復してるんですかね」
 なんて言ってみると、大家さんは何かとても納得のいったような表情になり、
「ああ! そうですよね。ええ定石どおりに帰ろうとしてるんでしょうね。これでなんだかスッキリしました」
 と結論を出して晴れやかな笑顔で去っていった。
 僕としては、この安易な想像が本当に当たっているのかどうか定かでないし、もし外れていたら大家さんの頭の中では僕がホラを吹いたなんて勝手に改ざんされるのだろうかと不安になったが、島袋さんは今日もノックに応じない。謎は晴れて行きはしない。
「帰るとき、部屋の片付けするのかなぁ」
 あの善良な宇宙人なら、きちんとやってくれるだろう。
 僕の中のどこか一部が答えを出して、ああそうだねと納得をした。よく考えればこれだって正解とは言えないな、と心のどこかで考えながら。


 そして、どうやら今日が出発当日のようだ。
 深く澄んだ青い空は、どこまでもどこまでも続いているように見え、そして遠くに旅立つための宇宙船はここにある。僕たち島袋応援団と、本日の主役である島袋さんは銀色で流線型で、だけど何故かのぞみ700系にそっくりな宇宙船の前で記念写真を撮っている。
 この後、島袋さんは







「……え?」
 私よりも一瞬早く、妹の靖子が声を出した。それに続くように今度は私が奴に尋ねる。
「大王、続きは?」
 大王は動かない。動かないし喋らない。その空き缶によく似た体でテーブルの上に居座りながら、いきなり動きを止めたままだ。
「ちょっと! 島袋さんはどうなったの!!」
 靖子が手のひらサイズの大王を上下に揺する。一体何が入っているのか、ころころとかわいい音がした。


 大王が、唐突にラジオを受信し始めたのはおとといのことだった。未だに無くならない、悪魔のような占いつきのトイレットペーパー。それを食べて一通り占いを暗唱したあと、何の前触れもなく全ての動きを止めたのだ。そしてこれまた唐突に、天気予報を喋りだした。その後は音楽番組だった。その後はリスナー番組だった。部屋に戻ってラジカセをつけてみると、全く同じ番組が流れ出した。ようするに大王は、ラジオの電波を拾ったのだ。

 原因は分からないが、その間だけは紙を食べることは無い。喋っているのも、まあラジオをつけっぱなしにしているのだと考えれば、どことなく許せてしまう。というわけで最近の我が家の居間は、テレビを消してラジオづくしになっていた。平和である。


 それなのにこの中止。しかもラジオドラマの途中じゃないか。私は腹を立てつつも、居間の隅に置きっぱなしにしてあったラジカセに電気を入れて、さっきの続きを聞く事にした。
「あれ?」
 しかし事は収まらない。
「ちょっとー、もう終わったの? どこの局でもやってないよ」
 違う番組しかやっていないのだ。
「えー、でもMBSしか受信できないはずでしょ? ちょっと待ってラジオ欄……」
 そうして靖子が大王を机上に置いて、新聞を漁って見つけた事実はというと。
「……今、ラジオドラマやってそうな局って一つもないんだけど」
 といういかにも宇宙人・大王のやらかしそうなことであった。
「嫌ー、なんか変なもん受信してるぅ」
「大王あんた何やってんの」
 顔をしかめて言ってみても、ぴくりとも動きゃしねぇ。
「大体ねぇ、あんた二年も居座ってたら犬でも猫でも意思の疎通ができるように……」
 外から何か物音がして、声を止める。窓を見たまま動きも止まる。靖子も止まる。
 二人して口をぽかりと空けたまま、晴れた空に釘付けだ。いや、晴れた空にというのは正しくない。私たちの視線と関心を一挙に引き受けているのは、まさにさっき聞いたもの。
 銀色で流線型で新幹線ののぞみ700系にそっくりな、宇宙船らしきものだった。
 それは音もなく、カモノハシのような口先を直角に上に向けて、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。本当に真っ直ぐに。僅かな揺れも感じさせず。
 遠くから、大勢の人が「おめでとう」とか「さようなら」と口々に叫んでいるような音が聞こえたような。それとも空耳かもしれない。
 しかし私も靖子も大王を見て、その後顔を見合わせて、
「……島袋さん?」
 と異口同音で喋ったので、事実なのかもしれなかった。
 気が付くと、大王がカタカタといつもの音を再開している。
「エサ」
 あるのか無いのかよく分からない、小さな点目をこっちに向けて。
「あのさ、さっきの……なんだったのかな?」
 新聞紙を手渡して、まず一枚を食べさせながら聞いてみた。すると大王は半分までむしゃむしゃ食べて、ふとそれを口から離し、なんだか投げやりな喋り方で
「ニッキ」
 と言い捨てた。ちょっと待て、一体誰の日記なんだ。そしてどうやって受信したんだ。なによりも、その無いに等しい顔のパーツで「やさぐれ」とか「けっ」だとか名づけたくなる表情をしているのは何故なんだ。
 大王はもしゃもしゃと新聞を食べている。私も靖子もなんとなく見守っている。
「……もしかしてさ」
 見守ったまま、目線を合わせず靖子は言った。
「拗ねてるんじゃない? 犬猫以下に決め付けたから」
「…………」

 大王と暮らし始めて2年ちょっと。
 初めてのコンタクトであった。


大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや

ファーストコンタクト
作者:古戸マチコ
掲載:へいじつや
製作:2000年9月