大王と言葉遊び
大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや



「真夜中、お前の額に『こんさば』と書いてやる……」
 私を昼寝から起こしたのは、こんな珍妙な台詞だった。
「……大王」
 私は上半身にちょこんと座り込んでいる、空き缶にそっくりな地球外生命体をつまんで下ろす。
「どうしよう、メル友を本気で好きになってしまいました。長野県の『たっくん大好き』さん」
「今度は何食べちゃったの〜も〜」
 汗だらけの体を手のひらで拭きながら、私は大王の正式な餌を取りにトイレに向かうことにした。

※ ※ ※

 皆さんは覚えているだろうか、一九九九年七の月、恐怖の大王が降ってくるとかいう話。結局何事も無かったと忘れているかもしれませんが、ちょっと話を聞いてください。大王は二年前からここにいます。いやどう見てもフタのない空き缶にしか見えない姿でありますが、なんか本当に恐怖の大王らしいです。それでですね、この大王。特に害はありませんが重大な欠点が一つ。
 紙を食う。
 そしてその食った紙の内容を、バカみたいにつらつらつらつら喋るのです。しかも燃費が非常に悪く、うるさいったらありゃしない。他は別に無害です。
 いや、一つだけ恐怖っぽい仕事がありました。一時間に一回ぐらい、奇妙な脅しをやるのです。脅し。いや脅しのつもりらしいんですが。
「真夜中、お前の目元に『目力超アップ』と書いてやる……」
 こんな感じで全然怖くありません。駄目じゃん。
「大王〜あんたここに積んでたいらない雑誌食べたでしょ〜」
「春メイクはこれで決まり」
 確かあれは、去年の冬から先々月までの号だった。だから何だか古いのか。
 私は空っぽの買い置き棚から帰還して、いつものように食べた言葉を連呼している大王の近くに座る。私はソファで、奴は机。
「エサ」
「あ!?」
 大王の糸の様な細い手が、何かチラシを掴んでいる。今にも食べんとばかりに口を開いたその瞬間に、私はチラシを救出した。
「あー……特売」
 チラシについての事ではない。その裏に書かれていたお母さんの書き置きだ。
「ただいまー」
 妹が帰ってきた。私はお帰りと言って目線だけで出迎えるが、
「美男料理自慢、バトル8」
 大王はこの調子で迎え撃つ。
「は? 何また誤食したの?」
 手持ちの鞄を私の隣に投げ込んで、靖子はその場に座り込む。丁度クーラーの真下だった。
「あっつー」
「春野菜のファルファッ……ファッ……」
 カタカタと大王自身が音をたてる。エサ切れの信号だ。
「ティッシュあげなよー」
 いや、それがね妹よ。
「きれてんの。カラッポなの。特売で安いからって、今お母さんが買ってきてるとこみたい」
「えええええー」
 嫌そうにだるそうに、靖子は机に倒れこむ。私も同じ気分だった。

※ ※ ※

 お母さんが「あらカワイイ」と大王を拾って二年になるが、奴は何も変わらない。相変わらず紙を食べてうるさくウザく喋るだけだ。そのどこら辺がカワイイのかはお母さんにしかわからないが、とにかく喋りは勘弁だ。というわけで、大王のエサはもっぱらシングルサイズのトイレットペーパーなのである。ぐるぐると解きながらもそもそと食べる姿はどことなく嫌そうで、やっぱりインクが無くちゃだめなのヨーと母は言うがそんならアンタが飼ってくれ。と言っても無駄なことなので、今日も彼はティッシュを食べる。……筈だった。
「なーんで箱ティッシュも無いかなぁ」
「お母さんがふきん無くして全部ティッシュで拭いてるから」
 駄目主婦だ。
「エサをくれないと、お前の背中に小泉総理と書いてやる〜」
「新聞食べさせるのやめてよー。頭痛くなってくる」
「ヴィッツ・トクベッツ」
 うるせー。
「なんかもうちょっと娯楽っぽい紙はないの?」
「でもなー、要らなくなった漫画喋らせてもうるさいし」
 以前一度だけやった事があるのだが、効果音まで熱狂的に喋るのだ。しかも食べさせたのは『ジョジョの奇妙な冒険』で、もう凄い事になっていた。あれを繰り返すつもりはない。
「要らない紙要らない紙ーっと」
 現在、姉妹二人で押入れを探っているのだが、古新聞すら片付けられて見事なまでに綺麗な状態。
「今朝資源ごみだったんだよね、そういえば」
「最悪ぅ」
 さらにその後ろでは、大王がマイペースにテレビ欄の番組名を連呼していて耳障り。
「車椅子の弁護士・水島威8・死体の口からダイヤモンドが!」
「は!?」
「反応しない反応しない」
 サスペンスにはよくある変なサブタイだから。などと言っていると、奥のほうに見覚えのある段ボール箱を発見した。これは確か受験が終わった時に封印した……。
「ヤッコ、あの奥の箱取って」
「何か紙が入ってんの?」
 聞きながらも靖子は素早く小柄な体で奥に入る。
「多分ためにはなるんじゃない?」
 大王が、カタカタとエサ切れを知らせだした。

※ ※ ※

「こんにちは、北条政子です」
 開口一番変な台詞で靖子はその場に倒れこんだ。
「もう、夫が死んでおおわらわ! でもワタクシの素晴らしい演説にかかれば誰もが涙を隠せません」
「なんでよりによって進研ゼミぃいい」
 私があげると言ったのに、受け取らなかった古いテキスト一式だ。ちなみに現在歴史を消化しているらしい。
「イヤー、テスト終わったばっかりなのにイヤー」
 ぶんぶんと首を振るが、今度はあなたが受験生。せいぜい学んで頂きましょう。
「農民。『わしらも一生懸命米を作っとるのに結局暮らしは楽にならん。一揆じゃ!』」
「イヤー、時代が混ざるぅう」
 なにしろ総集編だから。まとめの追い込み編だから。
「穴埋め最終確認テスト!!」
「イヤー、その言葉はもうイヤー!」
 高三の夏はこれからだ。

※ ※ ※

「いやー、ごめんごめん買いすぎちゃって」
 そう明るく言いつつ帰ってきたのはお母さん。両手いっぱいに安売りのトイレットペーパーを抱えて置いて、また車に取りに行って三つ抱えて……って
「まだあるの!?」
「それが一人二つまでって言うのよー! だから知らないコに手伝って貰っちゃったワハハハハ」
 いや、それあんまり笑い事じゃないような。
 まぁいいかと一つ取って、私はその半透明のビニールから透けた中身を見て絶句する。
「あ、カワイイでしょそれ! 一つ一つに星占いが付いてるの!!」
 アハハと笑うこの母は、実はとんでもなく頭が悪いのではないかと疑いながら首を振った。

※ ※ ※

「やったね! 道でお金を拾うかも!」
 もそもそとカレーを食べる午後七時。女三人テーブル囲んで無言で食事を進めつつ、
「ちょっぴり素直になれないかも……ラッキーアイテムはカキ氷」
 壊れたように延々と占い続ける大王を、一所懸命無視に励もうとする。
「水族館で昔の彼とバッタリ!」
「うるっせー!!」
 だが無理があったようで、靖子はその辺に転がっていた紙を丸めて大王に投げつける。そしてそれはそのまま奴の食事になってしまう。
「倒・産・覚・悟!」
 ブランド名をつらつら綴る空き缶のような恐怖の大王。イン二十一世紀。

 世界は平和だ。


大王と言葉遊びシリーズ / へいじつや

大王と言葉遊び
作者:古戸マチコ
掲載:へいじつや
製作:2000年7月